7話―コリンくんのおうち

 無事レッドドラゴンの解体を終え、肝を三つ手に入れたコリンたち。さらなる肝を求めて、二人は渓谷の奥地へと歩を進める。


「ギシャアアアアア!!」


「来るぜ、コリン! 背後に気を付けろ! フレアストライク!」


「ふっふっ、抜かりはないわい。おぬしこそ死角には気を付けい! ディザスター・ランス!」


「グギャアアアア!!」


 次々とレッドドラゴンを仕留めては解体し、肝を集める。とはいえ、巨体ゆえに解体完了まで時間がかかることもあり、日が暮れるまでに十体程度しか狩れなかったが。


「むう、肝を集めてたらもう夕暮れになってしもうたのう。あらかた解体し終えたからいいものの、もう狩りは無理じゃな」


「そうだな。とりあえず、全部アタイのマジックバッグに突っ込んどくか。コリン、剥ぎ取った鱗をこっちに」


「うむ。……それにしても、空間拡張と重量相殺の魔法が施されたカバンか。大地の魔法技術も、侮れんものじゃな」


「ん? なんか言ったか?」


「ほっほ、なんでもないわい。ほれ、これで全部じゃよ」


「よしよし、これくらいでいいだろ。残りは土に還すから、そのままにしといていいぞ」


 アシュリーが肩から下げていたカバンを見つめながら、コリンはそう呟く。納品するための肝の他、爪と牙に骨と鱗、脇腹や尾の肉をカバンに詰める。


 残りは恵みを授けてくれた大地への礼として、そのまま残すこととなった。アシュリーは解体された竜の亡骸に向かい、手を合わせる。


「アタイらの都合で狩っちまって、悪かったな。でもよ、これも生きるためだ。剥ぎ取ったモンは、大事に使うからな。なむなむ」


「なむなむ……。ところでアシュリーよ、これからどうするのじゃ? 夜道……それも悪路をシューティングスターに乗って帰るのは危ないぞよ?」


「ああ、任せとけ。こんな時のために転移石テレポストーンをだな……ん? あれ? ない!? しまった、ギルドに忘れてきちまった!」


 帰りは楽々ひとっ飛び、と予定していたアシュリーだったが、痛恨のミスをやらかしてしまったようだ。面目なさそうに、ガックリと項垂れる。


「すまん、コリン。やらかしちまったぜ……。転移石テレポストーンで帰る予定だったから、野宿するための道具持ってきてねぇし……困ったな」


「やれやれ、肝心なところで抜けておるのう。……仕方あるまい、こうなればをする他ないか」


 帝都には帰れず、野宿も厳しい……という状況の中、コリンはやれやれとかぶりを振る。よっこらしょと立ち上がり、魔力を両手に集め始めた。


 何かを創り出そうとしているようだ。テントや寝袋を創るのか、と予想していたアシュリーだったが……?


「闇魔法、クリエイション・ドア!」


「……ドアなんか作って、何するんだ?」


 コリンが創り出したのは、樫の木材で出来た立派なドアであった。モダンなデザインの、センスの良さを感じさせる逸品である。


「ふっふっふっ。ここからのう、わしのに直帰出来るんじゃ。これまで、家族と従者以外は誰もあげたことがないんじゃよ。つまり、そなたがお客さん第一号というわけじゃ!」


「は? おうち? いやいや、こんなドアだけで……っつってもな、まあコリンのことだしなぁ。ま、そこまで言うなら厄介になろうかな!」


 否定から入ろうとするアシュリーだったが、コリン相手に常識は通用しないということを思い出す。開き直り、コリンの家に泊まることにしたようだ。


 あぐらをかき、コリンの行動を見守る。


「うむ、素直なのが一番じゃ。では、おうちに帰ろうかのう。こほん……『ただいま』!」


 コリンはドアを二回ノックした後、元気よく帰宅の挨拶を口にする。そして、ドアを開ける。すると、向こう側には豪邸の玄関が広がっていた。


 予想を越えた光景に、アシュリーはフリーズしてしまう。精々、普通の家の玄関と繋がるんだろうなと思っていたからだ。


「え? は? ちょ、なんだその豪邸は!? え、こんなイイトコに住んでんの?」


「うむ、そうじゃよ? 魔王の息子じゃからの、これくらいのおうちに住むのが普通じゃろうて。ささ、遠慮するでない。はよう入ろうぞ」


「え、あ……お、お邪魔します」


 そういえば魔王の息子だったな、と思い出しつつ、アシュリーはコリンに着いてドアをくぐる。豪華な調度品がこれでもかと置かれた玄関に、圧倒されてしまう。


「靴はそこにしまっておくれ。来客用の靴入れがあるでな」


「へえ、にしてもまあ……。純金か? これ。ずいぶんと立派なモンだなあこ」


「おかえりなさいませ、お坊っちゃま。昨夜はお帰りになられなかったので、心配していましたよ?」


 金ぴかに輝く靴入れをアシュリーが見ていた、その時だった。玄関の奥から、音も無く一人のメイドが現れたのだ。


 プラチナブロンドの長い髪と、ツヤのある紫色の肌と大きな胸、そして頭の両脇に生えたツノが特徴的な、人目で人間ではないと分かるメイドさんであった。


「うむ、済まんのうマリアベル。色々ゴタゴタしておっての、連絡出来んかった」


「おあっ!? び、ビックリした!」


「そうでしたか。わたくし、心配して……あら、こちらのウジムシ……こほん、女性は?」


「おい、今ウジムシっつったよな? 聞こえたぞ? バッチリ聞こえたからな?」


 メイド――マリアベルは心底ホッとした笑みを浮かべコリンを見つめる。その後ろにいたアシュリーに気付くと、とても冷めた目付きになった。


「うむ、パパ上の故郷で出会った友人、アシュリーじゃ! だーいじなお客さんじゃからの、丁重にもてなしてやっとくれ」


「なるほど、かしこまりました。お坊っちゃまの賓客であれば、ウジムシと言えど最高のもてなしを致しましょう」


「もう取り繕うことすらしねぇな!? 初対面なのに目の敵にしすぎじゃねえかオイ!?」


「では、奥に参りましょう。まずはお風呂に入り、疲れを癒してくださいませ」


 アシュリーに対して凄まじい毒を吐きつつ、マリアベルは二人を奥へ案内する。廊下を通りながら、メイドは何回か手を叩く。


「さあ、一日ぶりにお坊っちゃまが帰宅されましたよ。すぐに風呂を沸かし、食事の用意をしなさい」


『了解したわ、わたくし』


「え? は? え!? お、おんなじ顔した奴がいっぱいいやがるぞ!?」


 マリアベルの言葉に反応し、廊下に面する部屋のドアが一斉に開く。その中から現れたのは……マリアベルと全く同じ見た目をした、メイドたちだった。


「こ、こ、コリン!? 一体どうなってんだこれ!?」


「後で説明しようと思っておったが、今した方が良さそうじゃの。アリマベル、自己紹介するがよい」


「かしこまりました、お坊っちゃま。わたくしの名はマリアベル。偉大なる魔戒王、フェルメア様によって、異空間に浮かぶ城……それがわたくしです」


「し、城? 冗談だろ、あんたどう見ても普通の闇の眷属? じゃねえ……いたっ!」


 いやいやと否定するアシュリーの後頭部にらどこからともなく飛んできたツボがぶつかった。壁に掛けられていた絵画や、カーペットが浮かび上がる。


 それらが空中で混ざり合い、大きな顔に変化する。さらに、目の前にいたマリアベルが雪のように溶けて消えてしまう。


『お分かりいただけましたか? この城にあるものは、わたくしの分身。メイドも、数々の調度品もすべて。わたくしの手であり足なのです』


「な、なるほど……よく分かったから、元に戻ってくれ。そのビジュアルはちょっとキツい……」


「かしこまりました。わたくしの正体をご理解いただけたようなので、応接間にご案内します」


 宙に浮かぶ顔の状態で説明をした後、またメイドの姿に戻りコリンたちを廊下の先にある応接間に連れていく。


「到着しました。存分におくつろぎくださいませ」


「おお、広いな! おまけに暖炉まで……すげぇ金かかってそうだな、ここだけでも」


「ふっふっふっ、そうじゃろうそうじゃろう。マリアベルはわしの自慢のおうち兼従者なのじゃ!」


「お坊っちゃま……♥️」


 暖炉を備えた広い応接間を見て、アシュリーは感嘆の声をあげる。自分を誉めてくれる主を見て、マリアベルはうっとりしていた。


「失礼します、お坊っちゃまにわたくし。お風呂の用意が出来ました、夕食の前に汗を流されてはいかがでしょう?」


「む、気が利くのう。では、ありがたく入らせてもらおうとするかの。ドラゴンを解体してだいぶ汚れたしのう」


「ええ、ではわたくしと入りましょう。さあ、こちらへ」


 少しして、応接間の奥にある別の扉からマリアベルBが現れた。風呂が沸いたことを告げ、コリンを伴って去っていく。


「コリンが出たら、次はアタイだな。それまではここでのんび……おい、なんだその顔。死にかけのゴキブリを見るような目はなんだ!?」


「ふふふ……待っていたのですよ、こうして二人きりになる時を。わたくしには、お坊っちゃまに近寄る悪い虫を排除する使命があるのです。さあ、あなたとお坊っちゃまの関係……聞かせてもらいましょうか」


「うおっ!? ソファの方から座らせに来やがった!? ま、待てって。アタイは別にコリンとそういう関係じゃ……ああああ待て待て待て! 来るなぁぁぁぁぁ!!」


「さあ、たぁぁぁぁぁっっっっっぷりと……尋問、させてもらいましょうか♥️」


 その後、コリンが戻ってくるまでの間……アシュリーは大量のマリアベルに囲まれ、これまでの出来事を根掘り葉掘り尋問されるのだった。

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