黒き星持つ龍は無意識な番様に溺愛される【一章暁完結】

東川善通

暁 星が宿り、縁が交わる

虚/洞の少女

 少女の朝は早い。何故ならば、誰かが起きる前に誰かに見つかる前に素早くやるべきことをこなさねばならないからだ。そんな少女は屋敷傍の森にある大きな木の洞から這い出るとぼさぼさの髪とかつては可愛らしかったボロボロのエプロンドレスを気持ち程度整える。そして、唯一の宝物であるボロボロのドラゴンのぬいぐるみを洞の天井へと隠し、屋敷へと急ぐ。


「キレイ、キレイ」


 屋敷に到着するとそっと中に入る。そして、言葉の意味は分からないながらもそう言って、とんとんと手のひらで廊下を叩いた。するとどうだろうか、薄く汚れていた廊下が新しく変えたように綺麗になっていく。それを数か所終えると、少女はすぐに屋敷を出る。なにせ、屋敷には怖い人達が沢山いるのだ。見つかったら大変な目に遭う。


「あはっ、みーつけた」

「!!」


 ぎぎっと錆付いたブリキのように声のした方を振り向けば、キレイなドレスを着た金髪赤目の少女。その手の上では火の玉がくるくると回っていた。


「さぁ、ムーサル、わたくしに早起きさせた罰よ」


 精々逃げ惑いなさいと言葉と同時に火の玉を少女に向かって投げつける。少女は火の玉から逃げるもその体は痩せ細りボロボロのため、すぐに足が縺れ、倒れてしまう。


「ふふふ、いいわ、畜生のように醜い虫のように這いずりなさい」


 そう言うと、火の玉や水の玉、挙げ句の果てには電気を帯びたものまで這いずって逃げようとする少女に笑いながらぶつけていく。


「ア゛ァァァアアア!!」


 痛みから叫びながら転がり、逃れようとするものの、それすらも許さないとばかりに魔法が飛んでくる。そうしていると、ぴくりとも少女は動かなくなった。追加で魔法を飛ばすもぴくりと微動するだけで声もあげない。

 チッと愛らしい顔に似つかわしくない舌打ちをすると侍女を呼ぶ。


「お呼びでしょうか、スネジャーナ様」


 スッと現れた侍女は頭を下げ、攻撃していた少女――スネジャーナの指示を待つ。それにスネジャーナは満足そうに笑みを浮かべると倒れている少女を足蹴にしながら、指示を出した。


「これ、森に捨てておいて」

「はい、かしこまりました」


 顔を上げ、ちらりと少女を見ると汚らわしいとばかりに顔を歪めるもすぐに表情を戻し、恭しく頭を下げる。


「……ねぇ、これ、まだ生きてるわよね」

「はい、呼吸はしているようです」

「そ、それならいいわ。もし、明日出てこなかったら、引っ張り出しなさい」

「かしこまりました」


 ここで死んでしまったら面白くないものと侍女に生死を確認させ、辛うじて呼吸はしているようでスネジャーナは満足したように屋敷へと足を向ける。


「あぁ、そうだ、あとでこの靴処分しておいて」

「はい、かしこまりました」


 思い出したかのように立ち止まり、侍女に追加の指示を出す。それにも侍女は否ということなく了承を返した。

 どこも汚れていないような綺麗な靴。それでも、スネジャーナは少女に触れたものは全て処分していた。勿体ないと思うことはない。なにせ、おねだりをすれば、彼女の優しい父親が喜んで買ってくれるのだから。


「それから、また少し寝るわ」

「はい、いつもの時間でよろしいでしょうか」

「えぇ」

「かしこまりました」


 それだけ言葉を交わすと、あとはもう用はないとさっさと屋敷の中に入って行った。残された侍女は少女を見下し、私たちの手ばかりかスネジャーナ様の睡眠時間まで奪うとはと苛立ちを顕わにする。けれど、それも無駄な時間と悟ったのか侍女はすぐに下男を呼ぶと、彼らに少女を森に運ばせ、自身は持ち場へと戻っていった。


「あぐっ」


 森に放り投げられた少女は背を打ち、呻く。けれど、運んだ下男たちはそれを気にすることなく、森に背を向けた。


「なんだって、あんなものを住まわせてるんだか」

「なんでも、旦那様の『愛しのクラシー』の娘だとかなんとか」

「あぁ、だから、奥様もお嬢様も気に食わないわけだ」

「ま、旦那様も娘には興味ねェみたいだがなァ」


 虚のように真っ黒の目に龍の血が入ってるとは思えない黒い髪。それを見た瞬間に旦那様は出来損ないがと吐き捨てたらしいと下男たちは言葉を交わす。

 屋敷の主人もその奥方、娘も森には近づかない。その為、ちょっとした用事で来ることになればいい機会だとばかりに話をする。近くに少女が居ようが関係はない。例え、悪口を言っていようが少女が主人に報告することはないのを知っているからだ。そもそも、少女は言葉が不自由で、話も理解しているかすら、わからないというのが屋敷にいる人間の認識だった。

 そして、ひとしきり話し終えると下男たちは少女に一瞥もくれることもなく自分の仕事場へと戻って行った。





「……まぁま」


 意識のない少女は母との記憶を夢に見る。

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