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          💐お母さんに捧げる子育てアドバイス🌈

            日記のすすめ。

            日記はあなたの一番身近なカウンセラー

            どんなささいなことでも構いません。

            文にすることで自分の悩みが客観視

            出来て楽になります。

            書く気力が無い時は、ただ思い返すだけ

            でも📔 🖊

            #伊吹真由子

            #子育て悩み相談

             2022/7/22 ♡756


           みか@rusi_f_24時間

           返信先:@mayuibuki123さん

                ラジオ聞かせて頂きました。

                とっても参考になるお話ありがとうございます。

                フォローさせて頂きます。

                                 ♡1

                  

           伊吹真由子@傾聴保健師@mayuibuki123_24時間

           返信先:@rusi_fさん

                ありがとうございます😊

                最初の喋りがつたなくて、すみませんでした。

                フォロー、大変光栄です……!!                                                                                                                                                                          

                                 ♡4


           lily@フラワーアレンジ💐勉強中@_LoF_4時間

           返信先:@mayuibuki123さん

                伊吹先生のアドバイスとても参考になります。

                日記、書いてるうちに時々、、

                結婚前のこととか思い出したりして・・・

                (〃´∪`〃)ゞ

                                 ♡1


           伊吹真由子@傾聴保健師@mayuibuki123_4時間

           返信先:@_LoFさん

                ありがとうございます🥰

                ご負担にならない範囲で、息抜きに試して頂ける

                と、とてもうれしいです

                < (๑´ᴗ`๑) >                                                                                                                                                                                                        

                                 ♡4


 ああ、嫌だ。また朝が来てしまった。


朝が来る度に思う。天使がどこにいるのか、誰か教えて欲しい、と。

また聞きの話は嫌だ。本当の話が聞きたい。個人の感想なんて気休めは止めて。

 子育てには、己の世界を広げられる余地があるか否か。私は分からない。今でも分からない。多分分かる適性がない。才能が無いと言われても別に構わない。

 私は子育てに向いてない。圧倒的に向いてない。皆が言う、産めば可愛くなるなんてまるで嘘。よくよく考えれば欺瞞だって見抜けるはずだった。他人の子供が可愛くなくても自分の子供は可愛いなんてエゴの塊みたいなこと、合理的に考えて起こり得るわけないし、起こったとしてもそれに私が耐えられるわけがない。

 ‥‥‥だって働いていた時は、そうなることをずっと避けてきたんだもの。

集団の利を得るために自制してそういうエゴイストになることを何よりも恐れてきたんだもの。そういう兆候を見せた人間を腐ったみかんを選り分けるみたいに排除して成果を上げてきたんだもの。

 会社にいた頃の私は、自分だけの世界を持つことに憧れていた。会社の世界は広いけれども、常に誰かがいる世界。同僚という名の、上司という名の他人がいる世界。こちらの言動次第ですぐに敵になる。下手に言葉が通じるから始末が悪い。動物だったら敵になった瞬間に正当防衛という名目で撃ち殺せるからいいのに、とずっと思っていた。

私は会社を辞めてまだ5年にもならないけど、もう彼らがどんな顔をしていたか忘れてしまった。自分に関係なくなった人間のことはすぐに匿名化出来る。これは私の子供時代からの自慢だ。

 やはり私は子供を作るべきでは無かった。

 もう何度目だろうか。このことを考えるのは。

 夫のことは好きだ。理性と感情の両方で好きだ。だって彼のことは、感情じゃなくて、理性で好きになったんだもの。そして私の理性は、その彼を好きになったという一点においては、今でも誰にも騙されてはいないんだもの。

新卒で希望通りマーケに配属された頃、数字の強さを買われたのは嬉しかったものの、実は、私の本当の第一希望は、ゼロから新しいものを生み出せる企画職だった。でも企画職は新卒は採らなかったから、二番目に好きだったマーケのキャリアを積みながら、3年目から応募可能な自己推薦の異動を狙ってきた。これは誰にも話したことが無い。だってその夢は、夫が入ってきたことで頓挫してしまったから。

新卒の時に面接で質問した時は、異動実績があったと言っていたのに、いざ入ってみたら、そんな事実は無かった。少なくともここ10年は無いようだった。

それとなく忘年会で人事部長に近づいて話題に出したら、他の部署と間違えたかもしれないと嗤いながら言われた。人事部長は悪びれるどころか上機嫌だった。それでも優秀な社員は逆指名の形で声が掛かることも多々あるんだよ。君は優秀だと聞いているしね。現に営業部では‥‥‥。答えにくいことは適当にお茶を濁して、責任逃れをして、二枚舌の被害を被った人間には適当に花を持たせて仕事をするのが常だったらしいあの人事部長は、私が辞める当日にも、新しい人生を歩む私への激励の名目で馴れ馴れしく話しかけてきた。夫に聞いたらしばらくして退職したと聞いたが、今はどこで何をしているのやら。

優秀な人間はどこでも声が掛かる。そんなのはただの社会の真理だ。大事なのはうちの会社がどうであるか。質問した側が知りたいのはそれだけだろう。

実際の所、うちの会社は、企画部はずっと中途の、大手の企画部を経験した人間で賄っていたようだった。プロパーの人間が企画部に異動したら内情を知っているがゆえに逆に扱いづらいから止めろと、企画部の部長辺りから釘を刺されている、だから社内公募も避けたい。でも、斬新なアイデアは欲しい。その辺りが内情だったのだろうか。でも現にそれで廻っていたのだから、外野の下っ端は口を挟む余地もない。企画部経験者も一通り採用して、そろそろ毛色の違う人選をとでも思ったのだろうか。あの頃に中途で入ってきたのが、うちの会社御用達の大手広告代理店でバリバリのキャリアを積んで来たという夫。夫は向こうに友達という名のコネも持っていたし、彼自身も仕事が出来た。要するに、最初から勝ち目なんて、無かったのだ。

転職をしようと思ったこともあった。でも、まず未経験の企画職の求人自体少なかったし、企業規模も中小ばかりだった。そんな所に飛び込んでも、中途半端にマーケのキャリアがあるだけの人間なんて、十中八九マーケか、マーケに似た何でも屋の補充に充てられるに決まっている。私はそんな不確かな所に行きたくは無かった。それに経験したから分かったことだが、マーケの仕事だって奥が深いのだ。だから二足の草鞋を履こうにも、マーケの仕事を完璧にしながら、必然的に社運を賭けることになる企画の仕事も完璧になんて欲深いこと、出来る訳無いのだ。

だから私は企画の仕事を諦めることにした。

どんな仕事にもいい所と悪い所がある。

思えばこれが私の最初の仕事の挫折かも知れなかった。最初にして最大の挫折。諦めると決めた翌日に、自分の決断を強固にするために、あのバズッたアロマケアシリーズの企画のことを話題に出して、何も知らない夫を、確か、おだてたことがあった。

 夫は頭を掻いて恥ずかしそうに微笑んでいた。ああ、あれ、まぐれみたいなもんだよ、と。謙遜してる、と思いながらも、煮え切らない態度に少し苛立って、自分の企画が他の人達の手が加えられて変わっていくの、嫌じゃないですか、と棘のある感じで突っ込んだ。そりゃま、自分の子どもみたいなもんだからちょっと嫌だけど、でも仕方ないよね、そこは。みんなにしてやられたなあ、という感じで彼は笑った。それが子どもの強がりなのか、大人の余裕なのか、あの時の私には判断出来なかった。

あの時、はぐらかされてムッとしたのと、調子が狂ったのもあって、たまたま周りに人がいなかったのをいいことに、バッグから常備していたチョコを出してあげたりした。職場で完全に自分用に持ち歩いていたお菓子を配るのは初めてだった。年下からこんな風にものをあげるなんて、いくら何でも失礼かな、と思ったが、夫はうれしそうに受け取り、その場で全部食べた。彼は無邪気な子供みたいな笑顔を浮かべながら、でもしたたかにこんなことを私に聞いた。


「‥‥‥カスタマージャーニーってどういう意味か、分かったりする?」

「え?」

「ごめん、さっきすれ違った時に、マーケの人達が話してるの、聞いたから。知りたきゃ自分で調べろよって話だよね」

「‥‥‥私達がターゲットとして設定したお客様が商品を購入するための、道筋のこと、です」

「道筋を旅に例えてるんだ?」

「ええ、まあ、そうですね」

「そっか、お客様と一緒に旅をしているみたいな言葉で、なんか面白い。言葉の響きも、柔らかくていいね。最初にその用語を考えた人、誰なんだろう、コピーライティングのセンスがある社会学者かな。ね?」


業務外の雑談でも、ターゲットのことを客じゃなく「お客様」と自然に呼べる人。そう呼んでもわざとらしいとけして突っ込まれない人。夫は私が企画の仕事を密かにやりたがっていたことを、あの時の私の所作から感づいていたに違いないと、今でも思っている。事実、「どうでしょう?」と困惑の笑みを浮かべるのが精一杯だった私に、夫はまた笑って、ごめんね、と言った。それは建前のごめん、ではなくて、子供が謝るようなごめん、だった。妙に柔らかなその語尾が全てを象徴していた。あの瞬間、自覚していた心の棘にさっと白い布が掛けられたようになって、身動きが取れなくなった。自前の白い布ですっぽり包むことで、全てを真っ白に漂白しようとしているのか。私の棘をその白い布の下で溶かして、初めから無かったことにするつもりなのか。むろん夫もこんな所で自分の居場所を失う可能性があるのに手を差し伸べるほどお人好しではないと分かっていた。そもそもそんな義理なんてないし。でもあの時、彼にそのつもりがあったかは分からないし、絶対に知りたくもないが、透明な手で右頬を撫でられながら、もう片方の透明な手で左の頬を張られたように、確かに感じたのだった。

兄貴風を吹かせたいの? それとも、別にこいつに恨まれてもいいと思っているの?

事実上彼の手の内で転がされている状態になった。無性に惨めに感じたが、彼は私から視線を外さなかった。外す理由がないから当然だが、あの時、それがあの透明な両手で両頬を掴まれているようにも感じて、動くに動けず全身から力が抜けていったのを、未だに覚えている。

それが優しさなら、その優しさは、あなたにとって絶対義務じゃないでしょう、と毒づきたかったが、言ったら逆に墓穴を掘るのは明らかだった。あの時なんでまた謝るんですか、とこちらから冗談にして聞けば、あの状況からリカバリー出来ただろう。でも聞けなかった。先に黒い感情を出して挑発したのはこっちだし、そんな風に斜めにかわすのが卑怯だという思いもあった。またそこまで図太くもなかった。

内心硬直しながら代わりに思ったのは、だったらせめて、本当に何でもないように振舞おうということだった。時を戻して、彼にここで何も言われていない頃に私だけ戻る。そして、今度は、今度はマーケの視座で、また彼を目で追い続ける生活を始める。私に彼と同じものがないのなら、いっそのこと、神に愛されている彼を徹底的に観察して、切り刻んで骨の髄まで自己の領域に取り込んでしまえればいいのに、と咄嗟に思った。思った直後に、自分の残酷さに引いた。見ず知らずの人に対して、何でそんな残酷なことを考えるの、という自責の念がすぐに後追いで生まれ、どろどろの情念に変質しかけていた感情に絡まった。

この、濃霧のような理性と情念が絡まった禍々しい渦は、程なくして私の心の中で、絡み合いながら膨張を始めた。その膨張の渦はそれを生み出した当事者であった彼と別れた後も、むしろ別れた後の方がより顕著に、生々しく成長を続けていった。心の中に真っ黒な霞を飼っている。喉元まで霞の渦がせり上がってくるような、吐くに吐けない奇妙すぎる感覚を覚えた。

マーケの自席で、隣の他人に死んでも悟られないように、何でも無い風を装って定時まで時計をちらちら見ながら仕事をした。仕事をしながら、入れ物である新人の「わたし」の器の小ささを自覚していた。新人の「わたし」の存在の小ささとその小ささのせいで被る理不尽さを、あの時ほど顕著に自覚したことはない。惰性で出来る簡単な作業があってありがたいと思っていたらいつの間にか定時が来ていた。数時間にも及ぶ自我のいたちごっこから、隣人の他人の目がようやく剥がれた。

やがてあのごめんねを何よりも自分のために、憐みのごめんねのまま終わらせないために私はそうしたいと思ったのだという結論に達した。虚ろな目でまっすぐ帰宅した後、避難するように潜り込んだ一人暮らしのベッドの中で、明日からどう振舞うべきか、ありとあらゆる感情の澱とも言うべき涙を流しながら、延々と寝返りを打ちつつ、考えていた。暗闇の中で、涙から生まれた真っ黒な感情の海が部屋一面に広がって、胎動していた。暗闇の中では胸が詰まるような感覚だけがあった。食欲は全くなかった。

泣き疲れて眠る頃には、現実の涙と架空の水の境が曖昧になった。自分から生まれた海にたゆたいながら、眠れなかった。でもそれでも、結局彼から、その他人から目を逸らすという選択肢はついに選ばなかった。それを選ばなかったこと、そして、最後の最後で言わば敵に対して、感じなくてもいい自責の念を感じてしまったという点が、今思い返せば、恋だったのだろう。あんな状態でも、私は自分の感情の海の中で、息は出来ていた。

 あの後しばらくして、企画部主催の謎のブレストが開かれて、私達は結果的に急速に距離を縮めた。恐らくあれは、上への点数稼ぎのために社内交流を増やしたかった人事が、企画部を抱き込んでやらせたものだと思う。20代の女性向けの新商品のシャンプーのブレストという態で、各部から同世代の若手が集められた会議室で、私達はたわいのない雑談をした。そのメンバーで行った夜の飲み会で、歳が3歳違いであることと同じ大学出身だということが分かった。飲みの席で、年齢の割に企画職特有の軽いノリがない人だと改めて思った。夫はあの時だけ、なぜかまたあの新卒風スーツを着ていた。やっていけるのか、と、まだ刺のある心で人ごとながら思ったが、夫は意外と言うか当然と言うべきか、企画部でちゃんと上手く立ち回っていた。

時折心から楽しそうに、水を得た魚のように振舞っている彼とは対照的に、私はまだ自分の棘を完全には処理出来ていなかった。彼を見た後で俯く度に自分の棘が刺さって痛かった。ある日、これ以上棘を生やしたままでいたらこっちが自滅するだけだと、心の中で理性の声がして、感情も遅れてそれに迎合した。寄生している私が自滅しまったら元も子も無いからだろう。どうせ勝てないのなら、それを認めて逆転の発想。マーケという土地に根を張る、限られた人にしか見えない、美しい花を持つ食肉植物になればいいと、私の直観は諭した。

「彼のことは、本当は嫌いじゃないんでしょう?」という感情の声が、遅れてした。それは囃し立てだったが、異論はなかった。

 本当の企画会議にアサインされてからは、集団の飲み会は打ち合わせを兼ねた差し飲みになり、その席で平日の残業と休日出勤で友達と遊ぶ時間が取れないと自嘲気味にぼやいたら、いつの間にか仕事帰りに遊びでデートする流れになっていた。

 思った通り、彼は優しかった。向こうが合わせてくれていたのか、不思議と馬も合った。憧れてはいたけど、恋をしていた自覚は無かった。ただ深夜の息抜きの場所に精通している優しくて楽しい先輩。もっと言えば業務外では何でも言うことを聞いてくれそうな、大人の付き合いも余裕で出来る、年上の人。そんな感じだった。どちらかというと今まで、無駄な争いに巻き込まれないために、他人に興味を持たないように努めてきた。働き出してから職場では特にそうしようと努めていた。だから他部署の他人に対してそんな杞憂とも思える感情を持ったこと自体に驚いていた。

 でもそれが恋だと職場の隣席の他人に指摘されて知った。自分の脇の甘さも含めて、返す言葉が無かった。その他人は私の顔を見て、「中学生の恋愛みたいで面白い、付き合っちゃえば?」とからかった。あなたが寝ている間にもうとっくにそうしてるけど、と思ったが、別に教える義理もないので黙っておいた。

 彼は、行儀の良い大人子供みたいな人だった。美大生みたいなあのふわふわの黒髪の中にある柔らかい頭脳と、経験に裏打ちされた分析力で、ぎりぎりのラインを攻めた企画を考える。面白いことや楽しいことを見つけるのが好きで、いつも能天気に微笑んでいるのに垂れ目の二重の目の奥は常に冷静。何か閃くと、どんな表情をしていても、急に真顔になるから、最初に見た時はびっくりした。目の奥の冷たい光が消えて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した後、いつもの仕事の演技じゃなくて、本当の無邪気な子供の目になる。口が軽い気づきの形に開いて、思いついたアイデアを反芻しているように固唾を飲んだ後で、頬杖をついて、アイデアを眼前にある自分だけのプロジェクターに映像化して投影しているような仕草をする。この時に、私に見えないものが見えているような目の動きをするのが恨めしかった。いつも後ろから目隠しをしたいと思っていた。

一通りイメージの検証を楽しんだら、好奇心の入り混じった興奮の熱がさあっと引いていくみたいに、また大人の目に静かに戻っていく。どんな時も、頭の片隅では常に企画のことを考えているのだろう。彼と一緒にいると、そんなことが一日に何度もあって、ベッドの上でワーカーホリック、と囁いて、寂しさ半分、呆れ半分に甘えると、不器用だから面目ないとばかりに苦笑いされた。

いつもいたずらをして彼の仕事を邪魔したいと思っていたけど、これ以上弱みを見せたくなかったから、実際にやったことはない。それは向こうも同じようだったし、気の長いふりをしているけど、本当は短気な人なんだろうな、とも思っていた。煮詰まった時や重要なプレゼンを控えていた時には、決まって目の下に疲労が滲んでいた。でもどんなに疲れていても周りに当たり散らすことは無くて、想定外のことが起こったら、周りを宥めた後で、自分から率先してピエロになることで、その状況を楽しもうとしていた。完全個人プレーのアイデア出し以外では、自分の本当の性格を理解した上で、自分の素をそのまま出しては絶対にいけないと自制して、自分がなりたい人格を意識的に演じているというような感じが、彼からはした。こんな例え自分でも恥ずかしいけれど、癒し系の羊の皮を被った、何か悲しい過去を持つ狼みたいだった。あの雲の中を自由に飛び回っているような声で、会社では小声で、プライベートでは照れ屋の私をからかうように、ちょっと大きな声で、ゆりちゃん、と呼ぶのが、彼の常だった。

いじらしい人だった。

ああいう天真爛漫なルックスをしているのに、内実は天衣無縫を努力で演じられる人が、本当に企画が天職の人なんだと思っていた。

事実、夫は理性と感性のバランスも取るのも上手かった。だからノリの軽い企画部でも弄られこそすれ浮かないし、何となく学生ノリの彼らの後で夫が出てきたら無条件に頼りがいがあるように見られたのだろう。彼もそこのメリットを理解していてあえてそこに入り込もうとしている節があった。年末の忘年会で、年下に飲み会で一気を煽られて、潰れてしまったのを見た時にはさすがに、「いくら中途でも、プライドないの?」と思ったけど。

 彼と私は似ているようで似ていなかった。もっと言えば彼には私が分かる所と分からない所があった。それがランダムに出てくるから一緒にいて面白いと思った。だから付き合った。そりゃそうだ。分かる所だけだと時間を使う価値がない。分からない所だけだとストレスが溜まるだけで、一緒にいる意味がない。

私は彼の才能を理解していた。そして、彼の楽天的な合理主義に裏打ちされた思考が好きだった。互いに結婚に幻想は抱いていなかった。むしろ墓場だと思っていた。これは実際に公言していた。デートの帰りになぜかその話題が出て、私がそう言って、夫が笑って、じゃあ墓場かどうか検証してみようよ、というのが多分プロポーズの言葉だ。

 夫は酔っていた。

「俺らまだ30年は生きるんだよ。思ったんだけど、うちの会社さあ、一応老舗だから上の人からすると現状維持が一番ありがたいみたいじゃん。そしたらさあ、多分今の仕事、死ぬまで暇じゃない? ゆりちゃん仕事楽しいと思ったことないって言ってたよね。じゃあやっぱさあ、暇つぶしが必要だとさあ、思わない?」

「‥‥‥え?」

「お互いにそうだよ」と言って彼はいたずらっぽく笑った。そこで腹を立てなかった私は、この人のことが本当に好きなんだと思った。

 この時ほど私と夫が近かったことは無かった。今だからはっきりと言えるのだが、私はこの瞬間の夫を愛していた。

 全てが初めての経験だった。夫以外の異性にこれほど興味を持ったことは無かったから。子を産んだことが失敗なら、彼との結婚も失敗なのか。

強いて言うなら、それはまだ分からない。だが、出産になだれ込んでしまった私の敗因は

恋の上辺を流したままで、自分の中で、経験で、実践で理解出来ていなかった愛に行ってしまったことだと思う。自分の中の恋の動きをよく観察すれば未体験の愛も理解出来たはずなのに、私はそれをせずに、夫を通して得体の知れない愛の概念を自分の中に取り入れてしまった。

油断していた。騙されない限り、常に私の側に付く理性と違って、感情はそうではないということを完全に忘れていた。あの時直観の側に付いた日和見の感情。感情は直観と混ざり合うことで、理性の持ち駒である概念を取り込み、小回りの利く小賢しいものに変化した。頭でっかちの感情にスピードを与えた結果がこれで、私はこのスピードを制御するどころか、翻弄されていた。私は愛という概念の影響を受けて変容した私の感情の一部が、私の心の中でどんな動きをするか、追わなければならなかったのに、自分の快楽を優先させてそれをしなかった。知らないうちに感情の繭の中に身体ごとすっぽりと覆われてしまっていたのだ。

あの時職場で、ゆりさん、最近嬉しそうですね、と言われていたのは、本当はそういう意味だったのだ。あの時、私はちょっと喜びすらした。バカだ。あれが屈辱だと、なぜ思わなかったのか。他人が見ていたのは、感情の繭の外にいた私の虚像。実際の私は、感情の繭の中で、得体の知れない動きをする感情由来の愛がもたらす強烈な幸せの中に、胎児みたいに頭まですっぽりと浸かっていた。夫と結婚してからの私は眠っていた。眠らされていたんじゃない。この得体の知れないドラッグみたいな愛の効果が一生続くのだと思い込んで、安心して眠っていたのだ。

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