【勇者SIDE】36話 勇者も強制労働施設へ連行される

 ――時は少し戻り、勇者ハロンとナットが決闘した翌日、ハロンの家。


 ハロンは小さいながら豪勢な屋敷に、使用人達と住んでいる。


 今日はそこへ2人、客人が訪ねてきた


 ゲッキーとメルツ。冒険者ギルド本部の、借金取り立て姉妹だ。


 ハロンは上機嫌でゲッキーとメルツを応接間に案内する。


「さて、冒険者ギルド本部が私に何の用かな? いやいい、言わなくても分かるとも。勇者の称号剥奪の件を撤回したい、という申し出だろう? 私ほどの冒険者が居た座に、ふさわしいものなどそう現れは……」


「ちっがいまーす☆ 今日来たのは、冒険者ギルドへの借金を返済してもらうためでーす」

「お金……返してください……」


「何を言っている。キキとカカとは違い、私はナットとの勝負で聖剣しか賭けていないし、それはもう渡した。もう払うものなど……」


「いや荷物持ち兼戦闘用ゴーレム壊しちゃったじゃないですか☆」


「あっ」


 ハロンは、ゴーレムを壊した件をすっかり忘れていた。


「金貨1000枚……弁償してください……」


 呪術師メルツが囁くように催促する。


 ――そのとき、玄関のドアを叩く音がする。


「そうだ、今日は父上が会いに来ると言っていた! 金なら父上に掛け合ってみる、少し待っていてくれ!」


「分かりました~。いこう、メルツ」


 ゲッキーとメルツは隣の部屋に移動する。


 そしてハロンは、父親を応接間に通す。


 ハロンの父は、体格のいい中年男性だ。


「ハロンちゃん、元気だったか? 勇者としての仕事は順調かい?」


「は、はい父上。とても順調です」


 ハロンは、『勇者の称号を剥奪されました』、とはとても言えなかった。


「そうか、それは良かった。ハロンちゃん、聖剣バーレスクを見せてくれ」


「せせせせ、聖剣バーレスクをですか?」


 ハロンの背中を、汗が滝のように流れる。


「ああ。せっかく来たんだ。我が家に伝わる剣の、あの美しい刀身を見ないともったいないからな」


「ええと、聖剣バーレスクは今鍛冶屋にメンテナンスに出していて……」


「メンテナンスだと!?」


 父親が大声を出すと、ハロンが ビクゥ! と背筋を伸ばす。


「素晴らしい心がけだ! 聖剣バーレスクは頑丈だが、メンテナンスしなくていいわけではない。ちゃんと聖剣バーレスクを丁寧に扱っているようで、安心した。うん、感心感心」


 ハロンは、思い出していた。


 小さいころ、聖剣バーレスクを持たせてもらったが落としてしまい、丸1日中怒られたことを。


「父上。もしも、もしも仮にですよ、私が聖剣バーレスクをなくしたとしたら、父上はいかがなさいますか?」


 ハロンは震える声で聞いてみた。


「はっはっは。面白い冗談だな、ハロンちゃん。……その時はお前を殺して私も死ぬ」


 ハロンの父は笑っているが、目は少しも笑っていなかった。


 そこには、本気で娘と心中する覚悟があった。


「ははは、そうですか……そうですよね、聖剣バーレスクは我が家に伝わる大事な大事な剣ですからね……」


 ハロンの足が震えていた。


「あの、ところで父上。申し訳ないのですが……」


 『お金を貸して欲しいです』、と言いかけてハロンは気付く。


 モルナック家は貴族ではないが、代々冒険者として大稼ぎしており貯金はたっぷりある。


 金貨1000枚くらいは頼めば貸してくれるかもしれない。


 だが、お金を持ってきてくれた時、また父親に『聖剣を見せてくれ』と言われるだろう。


 その時、また聖剣を持っていなかったら、今度は『メンテナンスに出している』という言い訳は通じないだろう。メンテナンスに出している期間が長すぎる。


 その時、聖剣バーレスクをなくしたことがバレるかもしれない。


 一瞬の間、ハロンは悩みに悩んだ。ここでお金を借りることができなければ、冒険者ギルドにどんな方法で借金返済させられるかわからない。


 だが、


「父上、申し訳ないのですが、たまにまた会いに来て下さい。この街では知り合いが中々増えず、たまに寂しいと感じるのです」


 ハロンは、『お金を貸してください』が言えなかった。


「もちろんだとも! 今度、母さんとお兄ちゃんも連れて遊びにこよう! その時は、この街を案内してくれ」


 気分を良くして、ハロンの父は帰っていった。


「お父さんにお金借りるんじゃなかったの~?」


 隣の部屋からゲッキーとメルツが戻ってくる。 


「フン、父上に金を借りなくとも、他にやりようはあるさ。例えば……逃げるとかな!」


 ハロンが猛ダッシュで家から出ていこうとする。


 だが、


”ビタンッ!!”


「痛ーーーー!?」


 ハロンが転んで、顔面を思いきり床に打ち付ける。


 ハロンの脚には、メルツが発動した呪術【カースバインド】による黒い鎖がまきついていた。


 更に鎖が伸び、ハロンの体をがんじがらめにする。


「モガモガモガー!?」


 ハロンは口も塞がれ、喋ることさえできなくなった。


 そんなハロンを、ゲッキーが軽々と担ぐ。


「踏み倒しは駄目だって~。ほいじゃ行こっか。【裏冒険者ギルド】へ、1名様ご案内~☆」


「ハロンさん、しっかり働いてくださいね……」


 こうして元勇者ハロンも、裏冒険者ギルドへ連行されていくのだった。

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