第25話 クリ修羅

「蜜柑、どういうことか説明して」


 幼なじみは自分の親友を睨みつける。


 こういうとき、今までだったら僕を叩いていたはず。

 それだけでも違和感があるのに。


「蜜柑、あたしの気持ちわかってるんだよね?」


 双空は口に出した。

 を。


 双空は眉をピクピク震わせていて、本気で余裕をなくしている。


 しかも、今日の服は水色のメイド服。銀髪にメイド服が決まっている。かわいい服装を不機嫌な顔で台なしにしていた。


 一方、蜜柑さんは僕の腕に抱きついたまま、目を伏せている。

 クリスマスパーティ。開始5分も経たずに、修羅場になった。


(どうすりゃいいんだよ?)


 数秒の間、沈黙。

 とりあえず、なにか言わなきゃ。


「君たち仲良しなんでしょ。クリスマスは戦争ですら停戦になるんだ。仲良くしようよ」


 無理やり笑ってみせる。


 なにかの本で読んだ。表情を先に作っておけば、感情が後からついてくるケースもある、と。

 しかめっ面で深刻そうな顔をするよりも、友好的な笑顔で対応した方がいいはず。


 場を和らげようと、僕なりに努力したが。


「翔は黙ってて」「翔くん、ちょっと待っててね~」


 塩と砂糖、それぞれの性格こそ出ているものの、聞いてもらえなかった。


「そらちゃん、前から思ってたことがあるの~」


 口火を切ったのは、意外にもママ系同級生だった。


「なにかな?」

「翔くんにだけ厳しい態度になるのって、翔くんがかわいそうだよね~?」

「ぶはっ!」


 つい噴き出してしまった。


(蜜柑さん、直球すぎるよ⁉)


 やんわりとマイルドに包み込む人だと思っていただけに、ギャップがハンパない。


 案の定。


「しょ、しょ、しょ、しょ、しょれは……………………」


 双空は急所をえぐられていた。

 幼なじみは心臓を押さえながら、どうにか口を動かす。


「だ、だ、だって、あたしたち幼なじみだもん」


 涙目だった。


「ふーん。そらちゃん、幼なじみという関係に甘えているのね~。塩対応なのに、甘えているんだ~」


 上手いこと言っているのに、ぜんぜん笑えない。


「だから、幼なじみは負けるのよ~」

「なっ、なっ、なっ」


 双空は絶句すると、うなだれてしまった。

 蜜柑さんが正論だけに言い返せないのだろう。


 双空の本音を知ってしまった僕としても、蜜柑さんに分があると思う。

 べつに双空を振るつもりはないけれど、この場は蜜柑さんの完勝だ。


 ところが。


「いつからなの?」


 悔しそうな敗者は闘志を失っていないようだった。


「このまえ、カラスに襲撃されたとき、翔くんが私を守ってくれて~それからなの。胸がときめいて~」


 蜜柑さんは心臓に手を当てる。

 薄いドレスなので、胸の形が変わったのが丸わかり。


 修羅場中でも、おっぱいはおっぱい。おっぱいに罪はない。癒やされた。

 おっぱいパワーを注入し、僕は考える。


 蜜柑さんが僕を意識したのは、神社で偶然に会ってから。


(神社って、ロリ巨乳な乳神がいたじゃねえか⁉)


 あの日、乳神は『おあつらえ向きの娘が来た』と言った直後に、蜜柑さんに声をかけられた。

 その後のラッキースケベ連発事件のなかで、蜜柑さんの気持ちが変化した。


(いや、まさかな)


 乳神の悪事はラキスケだけなはず。

 双空に見つかって誤解を解くのが面倒だったのを除けば、僕にとってはサービスシーンである。良い思い出にしておきたい。


 考えるのをやめた。


「わかる。そのときの翔がかっこよかったんだよね?」


 予想外の言葉が双空の口から聞こえた。

 声の発生源は、おっぱいではない。繰り返す。これはおっぱいではない。口だ。


「双空さん、もう一度言ってみ」

「翔は黙ってて」

「あっ、はい」


 割り込もうとした僕がバカでした。


「翔を好きになるのは仕方ないよ。あたしだって、蜜柑の感情を弾圧したくないし」


 双空が冷静さを保っているようで、少しは安心した。


「でもさ、ずるいよ……あたしを応援してくれるんじゃないの?」

「それは……ごめんね。で、でも、私も自分が自分でないみたいに変になっちゃって~。さっきだって、抑えきれなくなったの~」


 蜜柑さんが申し訳なさそうに頭を下げていた。

 攻守交代。今度は双空が攻撃している。


「抑えきれない? そんなの、あたしだって……………………」


 双空の瞳から大粒の涙がこぼれる。着飾ったメイド服が濡れてしまった。


「あ、あ、あたしだって」


 嗚咽を漏らしながらも、双空はしゃべろうとする。


「双空」


 見ていられなかった。

 僕はハンカチで彼女の頬を拭く。


「ゆっくりでいいからな」


 僕だって無理をさせたくない。

 抱きしめて、泣き止むまで見守っていたい。


 だがしかし。

 双空が自分の言葉で気持ちを吐き出せなかったら、彼女は変われない。

 酷だとはわかっていても、双空を信じて待つことにした。



 数分間、誰も話さない。


 蜜柑さんも目を真っ赤にしている。唇は震え、ママらしい余裕はみじんも感じられない。

「ごめんなさい、ごめんなさい」と、何度も繰り返している。


 やがて、泣き止んだ双空が口を開く。


「あたしは翔に塩対応ばかり。翔には不快な思いをさせたし、蜜柑や杏も迷惑だったよね」

「いや、僕は不快じゃなかったけどな」

「ウソ?」

「ウソじゃない。マジで不快だったら、双空と縁を切ってるから」


 なんせ、6年も塩対応に付き合ってきたんだ。我ながらMの素質はあるかもしれない。


「ありがと。でも、あたしが嫌な女なのは変わんない」

「べ、べつに」


 自己嫌悪に対し、僕は塩対応で返す。

 マイナスの感情に同意はできない。塩対応で、マイナスをプラスに転じようと思った。


「あ、あたし、ホントは、ホントは……」


 双空は胸に手を当てると、苦しげに顔をゆがめて。


「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ‼」


 叫んだかと思うと。


 背中のファスナーに手をかけ――。

 メイド服はずり落ちていき。

 白磁のような肌が露わになった。

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