17.カイとリュウと康史郞

 うまや橋に戻った康史郞こうしろうは、まっすぐ八馬やまの雑貨店に向かうと裏口から中に入った。

 中には康史郞に包みを渡した2人組の子どもが立っている。軍服姿の方が店の表に呼ばわった。

「ヤマさん、ちょっと来て」

 声に反応した八馬は、すぐに裏口にやってきた。康史郞に右手を差し出す。

「代金をよこせ」

 康史郞は肩掛けカバンからお札の入った封筒を取りだし、八馬に差し出した。八馬はすぐに札を数え出す。

「10円札が25枚。よし、合格だ」

 札を数え終わった八馬は、康史郞の肩を叩いた。

「今日の仕事はお前が真面目に働くかを見るためのテストだ。きちんと品物を渡し、代金をちょろまかさずに戻ってきたお前なら、本番の仕事を任せられる。約束通り、代金の2割をやろう」

 八馬は10円札を5枚差し出す。

「ありがとう」

 康史郞はお札を受け取った。八馬は封筒をポケットにしまうと康史郞に次の指示を出す。

「来週の日曜日、正午に厩橋の電停に来い。段取りは今日と同じだが、取引相手と合い言葉はその時伝える。後、都電代は今日の代金から払え。くれぐれも姉貴に気づかれるなよ」

「分かったよ」

「じゃ、来週もよろしくな」

 店に戻ろうとした八馬に、軍服姿の子どもが呼びかける。

「俺たちの分も払ってくれよ」

「お前たちはこないだしくじったからな。金が欲しかったらもっと派手に壊してこい」

 八馬はそう言い捨てると店に戻っていった。

「アニキ、今日のごはんどうするの」

 学生服姿の子どもが呼びかける。消え入りそうなその声を聞いた康史郞は、自分だけが金をもらっているのがいたたまれなくなってきた。

「なら俺から払うよ」

 康史郞は10円札を一枚差し出したが、2人は受け取るのを渋っている。

「でも、僕らは」

 学生服姿の子どもが言いかけたのを軍服姿の子どもが押しとどめる。康史郞は2人に呼びかけた。

「金を渡す代わりに、君たちの名前を教えてくれ。俺は横澤康史郞だ」

「俺はカイ、こいつはリュウ」

 軍服姿の子ども、カイはそれだけ言うと、10円札を康史郞から受け取った。

「カイとリュウか。来週はもう少しゆっくり話そうぜ。それじゃ」

「さよなら」

 リュウの声に送られて康史郞は八馬の店を出た。


 家へ帰る道を歩きながら、康史郞は今日の出来事を思い返していた。

(やっぱり、家を壊したのはあいつらなのか。でも本当に悪いのはあいつらに命じた奴だ。ってことはヤマさんが)

 康史郞にとっては今まで信用していた八馬が何故横澤家を狙うのか、いくら考えても分からなかった。

(カイとリュウがどこまで知っているか分からないけど、来週の仕事前に聞いてみよう)

 康史郞は足を速めた。


 カイとリュウは、康史郞からもらった金で食料を買おうと雑貨店の外に出た。

「あいつ、いい奴だね」

 リュウがカイに話しかける。

「でも、俺たちの仕事を取ったんだぞ。『あいつなら都電に乗っても怪しまれないから』ってヤマさんは言ってたけど、本当にそれだけなのかな」

 カイは天を仰いだ。

「ヒロさんは『新しい仕事があるから』って言ってたよ」

 リュウはカイの服を掴む。

「でもヒロさんは最近ヒロポン打ってばかりで働かないってヤマさんがこぼしてたし。このまま俺たち、見捨てられちまうかもな」

「そうならないよう頑張ろうよ」

 リュウの言葉にカイはうなずいた。

「お前は俺が絶対守るからな」

 カイが力強く言ったとき、両国駅の方向から廣本ひろもとが戻ってきた。手には康史郞が渡した包みを抱えているが、明らかに様子がおかしい。リュウが呼びかける。

「ヒロさん」

「亡霊が出た。もう終わりだ」

 廣本はそうつぶやくと雑貨店の裏に入っていった。

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