渚に佇む君を攫う

いつもの渚に君は立っている

君の潤んだ瞳に僕の手は届かない

せめて伸ばした手を大きく振って

最後まで君に届くように


一年に一度あえるかどうかの

逢瀬を僕らは今年も楽しんだ

来年も同じようになんて

神様、僕の願いは強欲だろうか


君のことを抱きしめられるくらい

近くに行きたいよ


それでも時間は止まらない

歩みは止められない

僕はまた明日違う街へ向かう


好きだよなんて君の言葉は小さくて

波飛沫の音にかき消されそうで

でも僕にはしっかり聞こえたんだ

本当なんだ、信じていてよ


「行かないで」なんて

君の言葉を聞かなかったふりをして

「待っていて」なんて

僕は君に言い聞かせるように言う


こんなにも卑怯な僕を許してほしい

必ずまた会いにくるから

それだけは約束するから


海がたくさんの大地を削った頃

僕はまたここに戻ってこれた

君は今年もこの渚で待っていてくれた


いつもわがままばかりでごめん

いつも愛してくれてありがとう


君にだけ伝えたいことがたくさんある

想いを隠さずに伝えることさえできたなら

僕らはきっと幸せになれるだろうに


打ち寄せる波に足元をとられて

はねるように驚いた君が

うっかり僕の胸に体を預ける

波が危ないよなんてわかっていたのに

僕は言わなかったんだ


君と僕の目と目が合う


君の目に波飛沫が弾けたら

その奥が見たくなるんだ

君の目が写す僕の顔まで

みせてほしいんだ


軽はずみな言葉じゃ伝わらない


「ずっと君のことが好きだった」


言い終わらないうちに

大きな波が2人を引き裂く


「ここでまた、待っているから」


君はとても強くなったんだね

行かないでなんて言葉を押し殺して

僕を待っていてくれることを選んだ


このままでは僕は君に

想いを告げることもままならない


だから僕はいつか渚になろう


そして、君の綺麗な素足を攫って

そのままこの広い海を一緒に旅しよう


波飛沫が弾けて美しい

世界のもっと深くまで

止まらない波が僕たちを

連れて行ってくれるから

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