シュヴァルツシルト半径
第4話
【人間的なことが、いかにはかなく、くだらなく、かつ昨日の小適が今日のミイラあるいは灰になることを思え。】
「今読んでもらったのは、古代ローマ帝国の哲人皇帝と呼ばれた五賢帝の一人、マルクス・アウレリウス・アントニヌスの『自省録』という哲学書の一篇だ」
翌朝はすぐやって来た。
やはり催眠などではなく、数時間で日が昇り、こうして倫理の授業を受けている。
唯一異なっているのは僕の視界の先に、新海佳奈は居ないという一点だ。
おそらく昨日の一件が原因なのだろう。それが、肉体的か精神的か、もしくはそれこそ子どもっぽい考えだが、政治的か。ともかく、『准特等生』である彼女が高等学校への登校を拒む理由は通常、見当たらない。
しかしその疑問は、その日の三限目には全員が知るところとなった。
「突然ですが、本学の生徒である新海佳奈は、国家に対し、著しく悪影響を及ぼす存在であると認定されました。新海佳奈は准特等生の風上にも置けない面汚しです。しかるに、見つけ次第、報告または教職室へ連れてくるように」
怒りというより焦燥感をあらわにした校長が、授業を中断して、全員に放送で伝える。
それは明らかに命令で、『自主解釈』を基礎とする国家教育方針には相容れないものだった。
彼女は時空を歪ませることに対するデメリットを語らなかった。うがった見方をすれば、もしあの時僕に話していれば、今みたいな事態に陥ったとき、どう行動するか分からなかったからだろう。あるいは、僕を守るため、か。
彼女の心情はどうであれ、周りの奴らは若干のざわつきこそあれ、これまで誰が決めたでもなく無視してきた事もあって、さほど抵抗感や義憤ともいうべき反応は見れれなかった。
でも僕は、それにあえてくみするつもりは無い。彼女が重大なる罪を背負ったのかもしれないし、あの眼で邪悪な計画を実行しているのかもしれない。
でも、僕は偶然、歪んだひと時を共に過ごしただけだ。
それはかけがえのないひと時かもしれないが、それに対する反論は容易い。
クラスメイトだってかけがえのないひと時を共に共有したのだ、彼らの総意をデモクラティックに全うする、というのも一つの美徳かもしれないが、それもまた、かかわりないことだ。
だから僕は、校長の話が終わっても、あえて礼はしなかった。
そのおかげで、僕だけが、校庭の向こうに居た、新海佳奈の姿を見る事ができた。
――悟られてはならない――
瞬時にそう感じたが、僕はもしかすると彼女を守りたいのかもしれない。
その瞳の秘密を知る一人として。
彼女の笑顔と綺麗な声を知る男として。
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