ネギトロと豆腐の半殺し②

 ガチャ…

 扉を開けると俺達よりも二十は歳上と思われる男女が二人、並んでソファーに座っていた。座る二人の前にあるテーブルには空になったウイスキーの瓶が一本と半分ほど呑まれた状態の日本酒の一升瓶があった。

 どうやら二人は酒好きらしい。

「あらあら、いらっしゃい。珍しいわね。若い子がシェアルームに来るなんて」

 テレビを観ていた女の人が俺達に話し掛けてきた。

「あ、すみません。お邪魔でしたか?」

「何言ってるのよ。歓迎するわ。ささ、まずはお座りなさい。飲み物を出してあげるわ。何がいいかしら?」

 言いながら女の人は立ち上がり、冷蔵庫がある方へと歩き出した。

「え?あ、すみません。じゃあ自分はビールを取ってもらっていいですか?凛々りりはどうする?」

「あ、うん。じゃあ私も一杯目だけはビールを…ってたかし、カードカード!カード渡さないと!」

「え?…あ!そっか、カードで清算されるんだった!すみませんこれ!」

 入口で発行したカードに由って飲食代を記録している事をすっかり忘れていた俺は凛々の指摘で慌ててカードを出した。

「良いわよ。一杯目は私がご馳走するわ。種類は何がいいかしら?一般流通品以外もあるわよ。…尤も、初対面の人にご馳走されたくないって言うなら無理強いはしないわよ?」

 優しい声でそう訊く女の人の言葉に、俺と凛々は顔を見合わせて頷くと好意に甘えることにした。ビールの種類は凛々が『週末のにゃんこ』で俺は『ハイパーカライ』を選んだ。

 女の人がビールとコップを用意してくれている間に俺と凛々は室内にあるロッカーに荷物を入れた。それから凛々が「まだ居てくださるなら後で何か作るので食べてください。美味しいかどうかの保証は出来ませんけど」と言った。

 この凛々の言葉に女の人は嬉しそうな声で「頂くわ」と答え、座っていた男の人もまた嬉しそうな声で「是非とも私もご相伴に与りたい」と言った。

 その後、俺達四人は挨拶代わりに乾杯して互いに自己紹介をした。


「へえ、二人は高校時代から付き合っていて同じ大学に通っているカップルなのか。良いなあ、羨ましい」

 そう言ったのは山口やまぐちつよしさん。見た目は四十代なのだが、実年齢は六十三歳というダンディな男の人だ。

「高校から付き合っていたと言っても付き合い始めたのは受験後からなんですよ」

 彼女は斎藤さいとう凛々りり。俺が付き合っている女性だ。

 凛々と俺は高三の夏まではほとんど会話もしたこともなかったが、ひょんな事から互いに同じ大学を目指している事がわかり、それ以後は一緒に受験対策を練ったりして自然と距離が近付き、揃って志望校へ合格したその日に俺から凛々に告白し、それを受け入れられて以来、大学三年になった現在いまも付き合っている。

「あらそうなの?あなた達ラブラブだから私はてっきり付き合い始めたばかりなのかと思っちゃったわ。いつまでもラブラブでいいわねえ。秘訣はなにかしら?」

「こらこら中村さん。君はまたそんなことを訊いて他人ひとを困らせるんだからやめなさい」

「あら?剛ちゃんだって気になるでしょ?」

 山口さんと親しそうに話しているこの女の人は中村なかむら文美あやみさん。中村さんは山口さんと同じく見た目は四十代なのだが、山口さんによると「彼女は私よりも更に歳上だ」らしい。つまりは六十四歳以上だ。中村さん本人曰く「剛ちゃんの言っている事は事実だけど、私の年齢としは秘密よ」だそうだ。

 ちなみに二人は夫婦ではなく、この『自由食堂』で知り合ったらしい。呑みではなく、仲間と言うのが重要だと二人は口を揃えて言っていた。


「あ、私そろそろ何か作りますね。リクエストはありますか?」

 俺達が部屋に入ってから三十分くらい経った頃にテーブルに並んでいた作り置きがなくなり、凛々が立ち上がった。

「私は何でも構わんよ」

「剛ちゃん、何でもいいなんて答えは最低中の最低よ。本当に何でもいいなら生のカボチャを丸かじりさせるわよ?」

 そう言った中村さんは新しい酒を取り出しながら軽蔑にも似た視線を山口さんに送っていた。視線を感じたのか言葉に反応したのか、山口さんは慌てて「若い子が一所懸命作ってくれる料理ならどんなものでも満足すると言う意味だよ」と言った。ちなみに中村さんは俺達が来た時に取り出したウイスキーの瓶を一本空けている。山口さんは日本酒しか呑まないため、中村さんはこの部屋で既に二本のウイスキーを空けたことになる。

「まあ、その気持ちはわかるわ。普段食べる機会がないものね」

 言いながら席に戻った中村さんの手には三本目のウイスキーの瓶があった。

「そうそう、特に私は独り身で子も孫もいないからな。ところで中村さんはリクエストはないのか?」

「私?そうね、私は凛々ちゃんは何が出来るかにも由るわね。凛々ちゃんの得意料理が食べたいわ」

「おお、そりゃあいい。斎藤さん、君の得意料理はあるかね?」

「はい。流石に何でも作れるとは言えませんが一応中華は得意です。実家が中華料理屋なので」

 その言葉を受けた中村さんと山口さんが軽く意見交換をした結果、凛々は殻なしのエビチリを作ることになった。

 凛々の作るエビチリは殻なしも殻つきもどちらも絶品だが、殻なしを作ることになったのは、俺達が帰った後に殻つきのエビチリを食べたことがない人が来た場合、殻つきのエビチリは作り置きとして微妙なのかも知れないと考慮した上での結論だった。

 そして、凛々が用意を始めた時だった。

「あ、そうだ。ねえ孝、あなたも作ってみたらどう?すぐ出来るしここに入る前に作ろうって言ってたじゃない。それに、お酒好きな山口さんと中村さんにアレがつまみになるか訊いてみるいい機会よ」

 凛々が不意に言った。

 アレとは俺の考えた創作料理だ。

 その名も『ネギトロと豆腐の半殺し』。

 料理と言っても加熱はしないし包丁がなくても作れるため料理と言うと語弊があるかも知れないが、その創作料理は中華料理屋で育った凛々がと言ってくれる味だ。更にこの創作料理の良いところは味付けで失敗することはなく、比較的に安価で作れる上に時間も掛からない。俺の友達連中には酒のつまみにちょうどいいと言う言葉も頂戴している。

 しかし、これから凛々が本格的なエビチリを作るのに俺が手抜きの創作料理を出すのは流石にはばかられるため、俺は確認するように山口さんと中村さんに訊いてみた。

「あの…凛々がこう言っているんですけど、どうします?自分の創作料理、食べてみますか?」

 山口さんと中村さんは口を揃えて「もちろん」と答えた。

 その答えを受けて俺は冷蔵庫から材料を取り出した。

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