第3話

「え…?あの、ちょっとまって!?」


「そうです、私が、例の…配信者…」


「やっぱりな…じゃなくて!」


「いつも見ていただいてる方ですか…?」


「そうです、いつもお世話になっております…でもなくて!ちょっと話が見えなさすぎるんですけれども…」


この人、大人しそうに見えてかなり大胆だ。でも顔は相変わらず真っ赤だからかなり頑張っているのだろう。


「今度、とある地下アイドルとのコラボ配信で、耳かきをさせて頂くんですけれど、ずっとシリコン耳相手だったから、力加減が分からなくて…だから、」


「だから俺がその実験台に?」


「そうです。他人の耳掃除なんて滅多にしないじゃないですか。怪我させたらって怖くて怖くて…」


俺なら怪我させても大丈夫ってか。いや、それよりも…


「男の俺に頼むって、マズくない?するとしたら、家ってことでしょ?女友達とかにさせてもらうとかって…」


「友達…できなくて…」


あ、察し。


「できなくて暇だったから始めたようなものなので…」


「なんかごめん…」


「でっ、でもっ、結構楽しくて…それに、収益とかも少ないけれど、もう少し頑張ったらバイトしなくてもいいぐらいにはなると思うから、だから、その…つまりですね!?私1人暮らしだし、頼める人が居なくて…お願いします!!」


これは断るべきものだ。でも…独り暮らしの女の子(それも結構かわいい)の家、女子の耳かき、それも好きな配信者の。誘惑が多すぎる。いや、そもそも合意の上で家に行くんだし、俺、変なことしないし。俺にも春が来たってことだ。いや、変なことはしないけど。


「い、いいですよ」






 数日後、有名店のお菓子と共に、とあるアパートのドアをくぐった。指定された部屋の前に立ってインターフォンを押すと、例の彼女。


「いらっしゃい。入って入って」


部屋着を期待していたけれど、タンクトップに薄いカーディガンといった外行きの恰好。でも、髪はゆるく一つにまとめていて、うなじに垂れるおくれ毛が結構、イイ。








「じゃあここに寝転がってください」


「え!?ここに…?」


彼女が叩いた場所は太もも。つまり、それって。


「膝枕ってこと、デスカ…?」


「そう、だけど…それ以外にある?」


「いやそうだけど…」


ジーンズ、何もいかがわしいものではない。でも、足の形がはっきりと見えるこの履物は、彼女のむっちりとした太ももを最大限に表現している。


「おじゃま、します…」


(うっひょおおお、女子のふとももっ、ふわふわしてる…)


どう力を入れていいのか分からず、頭を浮かせてしまう。


「力抜いて、耳かきしにくいでしょう?」


「う、うす…」


ワシリと頭を掴まれて、そこに押し付けられ、頬と太ももが反発して。乱れた髪を細い手ですき戻されている俺は、犬みたいだ。


「でもこの体制でどうやって音を集めるんだ?」


これだけでも昇天してしまいそうな快感を味わってしまった俺は、気を紛らわせるために、どうでもいい質問を投げかける。


「この企画はアイドルさんの顔を映すのが目的だから。こっちの企画もあるんだけど、長時間拘束されたくないとか何とかで、却下されちゃって…」


なるほど、個人勢だから、舐められてしまっているのだろう。


「さっ、そろそろ始めましょうか」


俺の耳に、あったかいタオルがあてがわれる。じんわりと耳が温かい。のだけれど…


「痛い…」


少しこすっただけなのに、ヒリヒリと肌の表面が悲鳴を上げている。


「えっ!?ごめんなさい、緊張しちゃって…」


シリコン耳でもこんなに力加減を間違える事ってあるだろうか、そう思っていたが、俺の耳に触れる白い手は心なしか震えている。


「文字での感想に慣れちゃってるから、対面だと、うぅ…」


確かに。配信程度のコミュ力があったらとっくに友達もできているってもんだ。


「配信だと思ってやってみたらいいんじゃないっすかね…」


「そっか、そうですよね」


誰でも思いつきそうなありふれたアドバイスに、嬉しそうな声を上げる。


「そうですよじゃないか、そうだね…こんにちは、あなたの心までぇ、ふわふわにしちゃう。ふわりの癒し屋さんです」


「そこからなのね…」


「だって、これがスイッチなんだもん」


ルーティーンってやつなのだろうか。


「さて、いさむ、くん、だったっけ?」


「ひゃい、」


「今日は、いさむくんのお耳をきれいきれい、するよ?」


さっきとは比べ物にならないくらい優しい手つきで俺の耳たぶを触る。くすぐったくて自然に息が漏れてしまう。


「まずはタオルであたためようねぇ」


少し湿った、人肌温度の柔らかい布が、耳全体を覆う。爪を使っているのだろうか、内側の細いところまでも器用にタオルで拭かれる。


「片耳ずつだからすっごく早く感じるなぁ、ではでは早速、」




み、み、か、き、するよ?




、ただの何でもない言葉は耳の中の薄い毛までもを揺らす。イヤホンでは感じられない息の温かさ、彼女の癖なのだろうか、事あるごとに耳たぶをなぞる、冷たい手。


「んひゃっ、」


「あぁっ、ごめんね?冷たかったね、」


慌てて息を吹きかけ手のひら同士を摩りあわせている彼女はまだ、気づいていない。


俺の股間は緩く、勃ち上がっていることに。


次くる耳への刺激に目をギュッと固く瞑りながら待っているということに。

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