第24話 それぞれの宣戦布告

 凪沙を事務所に預け、俺は役所近くの喫茶店へと向かった。

 喫茶店といってもチェーン店がこんな田舎にあるはずもなく、何年生きているのかわからないくらいのじいさんがやっている小さなライブ小屋みたいなところだった。


 座席の奥にステージがあり、夜は地元の学生バンドや夢見るミュージシャンがライブをやっているらしい。ただ平日昼間の店内は閑散としていて、爺さんも暇そうに居眠りをしている。


 ステージ以外の場所は意図的にそうしているのだろう。照明は薄暗く、ユーロビートが流れた店内はとても積年の恨みをぶつける場所には不適だった。出されたコーヒーは苦くも薫り高く一気に企画書を書きあげて疲れた頭に気合を入れてくれたことだけは満足だった。


「どうだ、この田舎は。何にもなくて退屈だろ」


「あぁ、まったくだ。観光どころか日々の生活にさえ不便を感じる。同じ日本だとも思えないほどだ」


 向かいに座った浩一は心底田舎暮らしに嫌気がさしているようで、苛立ちながらコーヒーのカップを傾けている。


「だったらとっとと東京に帰ればいいだろ。本気で俺がいなきゃならないなんてことないだろ」


「帰る場所があったら帰っている!」


 浩一がカップをテーブルに乱暴にたたきつける。コーヒーの水面が荒れ狂うように波打った。


「君の仕事を見誤っていた。よく働くが金にならない企画ばかり提案するやつだとしか思っていなかった。他のメンバーは提案する企画を君によく相談していたらしいな」


「そりゃ話は聞いてたし、レビューに付き合うこともよくあったが。そんなもん別にたいしたことじゃないだろ」


「君のアドバイスは実に的確だった。そう判断せざるを得ない。君の代わりなどすぐ見つかると思っていたが、誰を入れてもイベントの売上は目標に到達しない。最後に売上目標を達成したのは、君が辞める前に手がけたあの限定ドロップイベントだ。おかげで赤字を出し続けた私は、修業だと名目をつけられてこんな田舎に送り込まれたんだ」


 浩一の手は怒りに震えていた。親の力でプロデューサーの座にいるのだと思っていたが、それほどゲーム業界は甘くないらしい。


「帰ってこい、祐雅。田舎のダンジョンの経営黒字化なんてただの名目に過ぎない。私に与えられているミッションは君を連れ帰ってくること。それだけだ」


「そいつはずいぶんと無理難題を押しつけられたもんだな」


 俺は他人事のようにぶっきらぼうに答えた。前にも同じことを言ったが、いまさら東京のあの会社に戻るつもりはない。ここで最高のダンジョンを造るという目標は、少しずつではあるものの確実に前に進んでいる。投げ出すつもりなんてまったくない。


「その通りだ。君は帰ってくるなどとは言わなかった。君のダンジョンをここに残してやると言ってやったにもかかわらずだ。だから、その未練さえなくなるように、あのダンジョンを潰す。それだけのことだ」


 浩一の目は本気だった。ブドウ農園なんてふざけたことを言っていたが、実際の目的は俺の居場所を潰すことだ。こんな田舎じゃリアルダンジョンゲームの制作者なんてそうそう仕事はない。嫌でも都市部に出ていかなくちゃいけなくなる。


「十二月にリニューアルだったな。間に合うのか?」


「あぁ、間に合わせるさ。納期ギリギリなんて慣れたもんさ」


 俺は自信満々に持ってきていた企画書をバッグから取り出す。テーブルに投げようとして先に同じようにプリントアウトされた企画書がテーブルに投げだされた。


「なんだよ、これ」


「企画書だ。新作ダンジョンのな」


 俺たちを追い出した後のことをもう考えているのか。気の早いやつだ。無駄になるだろう企画書に目を通す。王道のファンタジー系リアルダンジョンのようだ。どうやら条件については聞かされていないらしいな。あそこは米作りがテーマなんだよ。


 中世ヨーロッパ風の世界観に剣と魔法を組み合わせたスキルビルドシステム。何度も通うことで武器や防具を強化し、攻略を楽にしていったり、隠しボスに挑んだりする。王道というよりも使い古されたという雰囲気もするが、流行が都会よりも遅れてくる田舎なら十分通用しそうだ。


 だが、読み進めていくと違和感がそこかしこにある。フロア数が三フロアしかないし、一フロアの広さが明らかに狭い。俺のダンジョンの半分と少しくらいしかない。この計画じゃ建物のほとんどがデッドスペースになる。浩一だってやり方は気に食わなかったがプロデューサーとして俺たちの仕事を見ていた。こんなちぐはぐな企画書は作らないはずだ。


「完成予定、十二月二十一日? 期間十日間? どういうことだ!?」


 建設予定地もよく見るとうちのダンジョンじゃない。数百メートル先にある同じように暇をしている公共施設だ。確か公営銭湯とジムが入っていたはずだが、土地も建物も余っている。そういえば最近やたらと建築業者が入っているように見えていたが、そういうことか。


「君のダンジョンのリニューアル後、子どもの冬休み期間にぶつける。私のやり方と君のやり方。どちらがより儲かるのか。はっきりさせる。君より優秀だと認められれば東京に戻ることもできる」


「やってくれるじゃねえか」


 たぶん十月はまだギリギリで黒字になっているはずだ。十一月はこの調子だと赤字転落だろう。そしてリニューアルした十二月で再度黒字転換して逃げ切る。それが俺の作戦だった。そこに完全新作ダンジョンをぶつけられたら、目論見は一気に崩れ去る。


 それにこっちは米作りという足を引っ張るコンセプトがある。王道ファンタジー路線のダンジョンが隣にあったら、しかもそれが期間限定というなら、中身が多少雑でも十日くらいならお客さんはそっちに流れていく。


「短期間なら勝ち切れるってか。お前のやり口は本当に嫌いだよ」


「前にもそう言っていたな。同じ言葉を返そう。簡単に儲かる道を選ばずにわざわざ苦労して効率が悪いが効果のある方法を模索する。そのやり方が私は嫌いだ」


 ほんの少しでもよくなる可能性があるなら、全力を尽くす。それがクリエイターの本懐だと俺は疑っていない。


 確かに金儲けを考えるなら人件費を含めて費用を安くした方が儲かるのはわかる。でもそれは金がかからない代わりにお客さんの信用をコストとして払うことになる。プレイヤーは正直だ。半端に作ったゲームは半端なものとしてしか評価してもらえない。それが最終的にゲームをどこに連れていくかということは、浩一の今の立場を見ればわかることだ。


「お前は商売人で、俺はクリエイターだ。その違いだろ」


「そんなものはどうでもいい。どちらが優秀か。期待している答えはそれだけだ」


「自分に有利な条件ばっか作ってよく言うぜ」


 テーブルに広げられた企画書をまとめて、浩一に投げ返す。そして、今度は俺の企画書をテーブルに投げた。


「今度はこっちの番だ。前の会議のときよりはいいもんになったぞ」


 会議で説明したときは具体性なんて欠片もなかった。だが、今は違う。凪沙のように暴力を嫌うような子どもたちも、友達を作るのにも少し躊躇してしまう子どもたちも安心して楽しめるような新しいダンジョン。それが俺の目指すものだ。


「君の考えることは本当にわからない。だが、今の私がそれを否定する権利がないのも事実だ。答えは今年中に出る。それまで待てばいい話だ」


 言い切った浩一は勝ち目があると思っているんだろう。いや、事実として条件は圧倒的に浩一が有利だ。こっちは黒字化しなくちゃならないが、向こうは俺たちの邪魔をすればいいだけ。赤字覚悟でお客さんを奪えさえすれば、自分たちの利益は無視していいのだ。


「それではな。君の造ったダンジョンの出来を楽しみにしている」


 どこまで本気かわからない浩一は千円札をテーブルに置いて出ていった。残された俺は虚勢を張っていた体を緩めてイスにもたれかかる。浩一にはああ言ったが、本当にどう転がっていくかは予想がつかない。だが、この勝負は何が何でも負けられない。


 テーブルに置いていった浩一の企画書を手にとる。あいつが企画書を書くなんて入社したばかりの頃以来じゃないのか。すぐにあいつは上のポジションに上がっていって、企画書を評価する側に回っていった。


「さて、戻るか。意外とヤバいってこと、みんなに言わないとな」


 今の事務所には昌兄以外にも愚痴をこぼせる相手がいる。言いたい放題言ったら、凪沙を抱っこして心を落ち着けよう。俺は冷めたコーヒーを一気に飲み干すと、居眠りしているじいさんの横に代金を置いて店を出た。

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