二幕 乗り越える過去

第15話 新たな条件

『リアルダンジョンRPGがリニューアルオープン。

 傷付いてしまった豊穣の妖精、奈備ナビに代わって様々な困難に打ち勝ち、あなたは豊作の収穫を迎えられるのか!?』


 サンプルのチラシを見ながら、俺は昼間のアイドルタイムになってようやくありついたコーヒーに口をつけた。アイスコーヒーだったはずなのにすっかりぬるくなっている。


 開店から一週間。

 普段なら市街まで行かないとプレイできないリアルダンジョンが目と鼻の先にできたこと。岩山や司のネームバリュー。そして『東京で修業した若き天才プロデューサー制作』という大風呂敷を広げた宣伝が功を奏したのか、予想をはるかに超える反響があった。


 昼は役所の臨時職員を受付に入れてもらっている。夕方からは正式にアルバイトとして加入した麻耶が受付スタッフとして来てくれることになった。


「やったな、祐雅。ネットでも結構評判いいぞ」


「そうだな。とは言ってもこれはオープン後の一過性のもんだ。すぐに落ち着くよ。後は運用を役所に任せて、俺の仕事はお役御免かな」


 俺に与えられた仕事はダンジョンの制作。ここは教育要素を目的としたダンジョンだから、東京で売上を競うためにやるような期間限定イベントや特別なレアアイテムドロップなんて必要ない。


 やってきたお客さんが楽しんで思い出にして帰っていく。数年経って、もう一度思い出を辿って遊びに来る。そんなダンジョンになってほしい。


「おいおい、老け込むなよ。このダンジョンを見て、もっとデカイ仕事が来るかもしれないぜ」


 昌兄はそう言って、俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。本当にそんな夢みたいな話があればいいんだがな。


 オープンから一ヶ月もすると、予想通り客足はすっかり収まった。それでも県内や隣県から来るお客さんはいるし、子どもがハマってしまったとリピートする家族も多少はいる。なによりネットの評価やアンケートの結果がいい。それだけで俺は満足だった。


 バグやトラブルもなく、平和に運営が続いていた日。事務所にのんびりした声とともに勝間がやってきた。


「失礼しますよぉ」


 運営が始まってから、落合はもちろん勝間もまったく事務所には顔を出さなかったのに。嫌な予感を覚えながらも、勝間自身は悪く思っていない。来客用のソファに勧めるまでもなく、勝間はそこに座った。面倒がなくていいが、なんかちょっと腹が立つな。


「いい話と悪い話、どちらから聞きますかぁ?」


「じゃあ悪い話からしてくれ」


「それはよかったですぅ。いい話は持ってきてませんのでぇ」


「お前、ケンカ売りに来たなら帰れよ」


 今出してやろうとしたお茶を頭からかけてやろうか。そんなことを考えながらも一応こいつはビジネス相手だ。俺はテーブルにお茶を出して、勝間の向かいに座った。


「それで、悪い話ってなんなんだ」


「そうですねぇ。古見さんが嫌いな話と言いますかぁ」


「さっさと言えよ。後回しにしても悪い方にしか行かないやつだろ」


 俺が諦めたように背もたれに体を預けると、勝間はメガネの位置を直し、ゲームを始めるときと同じように真剣な顔で俺を見た。


「落合さんが新しい条件を出してきました。これから三ヶ月後、十二月末で四半期決算があります。そこで経営の健全化。つまり十月から十二月末までの業績を黒字にしろ、という話です」


「は? ふざけんなよ。ここって役所持ちの教育用施設って名目だろ。なんで黒字化しないといけないんだよ」


「言いたいことはわかります。ただ地域振興課の言い分は、今回のダンジョン再建計画は不採算部門の撤廃が目的なんです。黒字でないなら赤字を減らすために廃業させるということです」


「クソ! あのハゲ、やってくれやがるぜ!」


 自分のデスクで話を聞いていた昌兄も吠える。説明する勝間の顔も苦々しかった。文句を言ってやりたいところだったが、ここでこいつに当たったところで意味はない。今の勝間はただの伝書鳩だ。何も言わなくても苦し気な表情がそれを物語っていた。


「だったら今月の月次決算で判断しろよ。余裕で黒字だろ」


 呆れ声混じりにそう空に吐き出した。


「リニューアルオープン初月なんて黒字になる可能性が高いですから。そこは避けたということでしょう」


 悪知恵だけはいっぱしに使いやがって。自分用に持ってきたお茶を一気にあおる。冷たい感覚が喉を通って胃に落ちてくる。


「まぁ、でも今の調子なら黒字のままでいけるんじゃないか」


「いや、それはまず無理だ」


「おいおい、そんな弱気になるなよ」


 昌兄はそう言って、俺の背後から優しく肩をたたく。別に俺は弱気になっているわけじゃない。そもそもこのダンジョンは俺の理想のダンジョン。つまり金儲けのことを一切考えていない構造になっている。


 シナリオはゲームクリアできっちり終わるように作ったし、グラフィックもBGMも最高だと思うものを使った。隠し要素はまったく組み込んでいないし、難易度も初見でクリアできる程度に抑えた。


 初めて出会ったダンジョンゲームに満足して帰ってもらえることを目的として造っている以上、リピート客は一切想定していない。せいぜいクリアできなかったお客さんが再挑戦してくる程度だ。


「会議はいつやるって?」


「来週木曜日です。といっても落合さんはそれほど興味はないでしょうね。このダンジョンを潰したいんですから」


「わかった。考えておくけど、案を出すだけになるかもしれねえ」


 勝間は俺の答えを聞くと、黙って事務所を出ていった。頭を抱えて来客用のテーブルに額を何度もぶつけた。鈍い痛みが走るが、そんなことより目の前の問題の方が何倍も痛かった。


 売上至上主義のゲーム運営が嫌でここまで来たっていうのに。無茶な要求をなんとかこなして、ダンジョンを造ったっていうのに。もう終わりなのかよ。


 金を稼ぐ手段はいっぱい知っている。前の会社で学んだことだ。

 まずユーザーデータを登録しレベルや戦績を記録する。どれだけやり込んだかを自慢できるようにするためだ。


 それから、限定イベントによる周回クエスト、限定ドロップによるハックアンドスラッシュ、期間限定ストーリーイベント。とにかく限定という言葉を並べることで何度も通いたくなる状況を作る。


 そして極めつけはガチャシステム。来店回数に応じたポイントを付与して貯まったポイントで限定武器やアイテムをランダムで取得させる。


 どれもこれも、ゲームの本質から外れたものばかりだ。世の中にゲームが溢れたことによって生まれた、ゲームの外での生き残りをかけた戦い。そんなものにクリエイターが巻き込まれてほしくない。クリエイターが楽しいと思ったものを共有できるのがゲームなんだ。


「祐雅、大丈夫か?」


「正直わかんねぇ」


「無理すんなよ、お前が倒れたら凪沙ちゃんはどうするんだ?」


「そうだな。今日は早いけど上がらせてもらうよ」


 おぼつかない足取りで事務所を出る。帰りがけにダンジョンのエントランス側に回ってみた。夕方になって下校時刻が過ぎているからか、ランドセルを背負って入り口に入っていく小学生の姿が見えた。あのくらいの子どもが楽しんでくれるのが、一番うれしいと思って造ったダンジョンだ。それを売上至上主義に方針転換したら、間違いなく今のお客さんはいなくなるだろう。


 それにここは東京と違ってド田舎の僻地だ。駅前って言ったって電車は一時間に一本だけ。周りには他に観光地も大型商業施設もない。そんなところに足繁く通う固定客を想定して動くことはできない。


「かなり難しいな」


 考えれば考えるほど深みにはまっていく。凪沙との夕食中も考えが頭を巡ってうまく話せなかった。部屋に戻って、三ヶ月前に会議で使った資料を見直す。この頃なんてこのダンジョンで利益を出そうなんて微塵も考えていないことがよくわかった。


「クソ、どうすりゃいいんだよ」


 机をたたく。すると、背後でガタガタと扉が音を立てた。


「おにーたん?」


「あぁ、ごめん、凪沙。うるさくしちゃったか」


「ううん。おにーたんおしごといそがしいの?」


「まぁ、ちょっとな。でも凪沙との約束はちゃんと守るぞ。定時で帰るからな。ほら、安心して寝ような」


「うん。おやすみなさい」


 凪沙を部屋まで連れていって、布団をかけてやる。優しく頭を撫でてやるとすぐに小さく寝息を立てはじめた。


「凪沙に心配かけないようにしないとな」


 部屋に戻る途中、廊下に一枚の紙が落ちていることに気がついた。


「授業参観のお知らせ?」


 もしかして凪沙はこれを渡しに来たのか。仕事が忙しいか、なんて確認して。凪沙に気を遣わせるなんて俺も保護者失格だ。


「こっそり、見に行ってやるか」


 すぐに昌兄にメールを入れた。明日は午後半休とる。凪沙のことは何よりも最優先だ。

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