第12話 才能と仕事

 翌日、仕事中もスツーカの作った曲をいくつか流しながらゲームバランスの調整をしていた。麻耶がオススメしてくれた曲以外も和風テイストを売りにしているらしく、聞けば聞くほど俺のダンジョンに合いそうな気がしてくる。俺はすっかりこのネット作曲家が気にいってしまったらしい。我ながらチョロいな、俺も。


 期待しないで待っていよう、と自分に言い聞かせていたが、気に入ってしまうと一緒に仕事がしたいと思ってしまう。俺の考える最高のダンジョン。そのために必要なものは全部集めるのが俺の決意だ。


 昨日送ったメールが返ってきたのは、昼休憩にお弁当を食べているときだった。昨日の残りの唐揚げを食べていたところに見慣れないアドレスからメールが入る。ウイルスチェックをしても特に問題ない。そこまでやってようやくスツーカからの返信だと気付いた。


「意外と早かったな」


『お仕事のお話ありがとうございます。

 どれほどお力になれるかわかりませんが、取り組ませていただきます。

 こちらのアドレスに詳細をいただけますと幸いです。

 よろしくお願いします。』


「結構冷静な感じだな」


 昨日調べた限りだと、特に商業デビューしているってわけでもなさそうだ。俺は就活でゲーム会社に就職が決まっただけで飛び上がるほど喜んだっていうのに、ネットで作品を見て声をかけられたら、喜びで一日中床を転がりまわってただろうな。


「とりあえず依頼内容を送ってみるか。ついでにデバック用のテレビゲーム版ファイルをつけて、っと」


 これで後は反応を見ることになる。はっきり言って俺は音楽のセンスがないからいい悪いの判断は感覚になるし、時間だって一ヶ月くらいでなんとかしてもらわないといけない。ループさせることを考えても一分半ほどの曲が二曲。ブラック企業勤めで無茶振りに慣れ過ぎてるのかもしれないな、と自嘲気味な微笑みが漏れた。


『承知しました。確認の上、制作に入ります』


「ずいぶんフットワークが軽いんだな。確かに楽曲の発表ペースは早いみたいだが」


 岩山みたいに面識があるならまだしも、初めて依頼する相手にメールだけで話を進めるのは不安だ。とりあえず一度打ち合わせがしたい。日帰りで帰ってこれる距離なら凪沙を連れていかなくてもなんとかなるだろうし。


『一度お話したいのですが、どこかでお会いすることはできませんか』


『直接お話する対応はしておりません』


『オンライン会議でもよいのですが』


『メールでのやりとりだけではいけませんか』


 その後も何度か送ってみたがスツーカは結構頑なに拒否しかしない。こっちの依頼が本物じゃないと警戒しているんだろうか。契約書類や秘密保持契約書なんかも送ったし、それはきちんと返ってきている。やる気がない、ってわけじゃないんだが、やっぱり顔を見てから信頼できる相手と仕事がしたいっていうのはもう古い考えなんだろうか。


「あんまり強引に言い寄って仕事したくないって言われても困るしなぁ」


 なんとなくというかただの勘でしかないんだが、このメールの短いやりとりを見ても岩山に似ているような気がする。俺みたいにやる気だけが先だって前のめりになるタイプと違って、能力のあるクリエイターっていうのは自分の世界を大切にして、こうやって周囲と距離をとるやつが結構いるのだ。


「ん、もう一通来てる。麻耶か。今日遊びにくるみたいだ」


「マジ、麻耶ちゃん来るなら俺は今日残業してでも付き合うぜ!」


「昌兄……」


「なんだよ。凪沙ちゃんはお前が独り占めしてるんだから、俺だって若い女の子と仲良くしてもいいだろ」


 小学生と高校生じゃだいぶ違うと思うんだが、昌兄からすると同じなんだろうか。っていうか仕事なんだから問題起こさないでくれよな。


「おっし、せっかくだからシナリオの確認でも手伝ってもらうか。見たことない人がやった方がミスって見つかるんだよなぁ」


「給料出してるわけじゃないんだから、そういうことはさせないでくれよ」


 麻耶の性格だと、昌兄が冗談半分で言っても真に受けて真剣にやってしまいそうだ。遠足前日みたいにそわそわする昌兄を放っておいて、俺は仕事に戻った。


「こんにちはー」


 夕方に麻耶が事務所に来ると、それだけで雰囲気が明るくなったように感じる。普段は俺と昌兄しかいないんだから当たり前なんだが、男しかいない空間は気楽な代わりに華がない。


「どうかしましたか?」


「あぁ、教えてもらったスツーカなんだけど、仕事はするって言ってるんだが直接話をする気がないみたいでな」


「そうなんですか。そういえば、今度の日曜日にある同人CDイベントに出るらしいですよ」


「マジか。じゃあ直接顔を合わせるチャンスってわけだ」


「でもスツーカって顔出ししないことで有名ですから、イベントも売り子かもしれません」


 いや、その情報だけでも十分だ。売り子ならそれはそれでどんなやつか話を聞くこともできる。麻耶からイベントの情報を教えてもらってメモを取る。今度の日曜日に行くところは決まった。新幹線を使えばここからでも日帰りでいけるから、凪沙を連れていかなくても大丈夫だ。日曜日だから、本当は一緒に過ごしたいんだが。


「情報ありがとう。行ってみるよ」


「いえ、そんな。私がお役に立てたならよかったです」


 お礼を言うと、麻耶は顔を赤くして頭を下げた。頭を下げるのはこっちのはずなんだけどな。


 聞いていた通り、日曜日に俺は新幹線を使って大阪まで来ていた。同人即売会っていうのは初めて来たが、思っていたよりも人の数は多くない。盆と年末にあるという大祭典のイメージしかなかったからな。それでも東京の繁華街並みの人通りの中を抜けていくと、目当てのスツーカのスペースが見えてきた。


 売り子に立っているのは、女の子だった。二十歳前後ってところに見える。ボーカルソフトのイメージキャラクターのコスプレをして、CDを持って笑顔を振りまいていた。


「すみません、スツーカさんのスペースはここですか?」


「はい。こちらが新譜です」


「一枚もらえますか?」


 アルバム一枚が千円。動画サイトに投稿されていない書き下ろしの曲もある。結構ハマってるからナチュラルに買ってしまったけど、目的はそうじゃない。


「失礼ですけど、あなたがスツーカさん?」


「いえ、私は売り子として呼ばれただけで。本人は、来てないんです」


 少し言い淀みながら、売り子の女の子は視線を逃がしながら答える。その視線を追いかけると、壁際にもたれかかっている小さな女の子が見えた。通路にいる参加者は目当ての作品を求めてルール違反ギリギリの早歩きをしているのに、その子はスマホを覗き込んだまま動き出す気配がない。


「そうですか。ありがとうございました」


 売り子の女の子にお礼を言ってスペースを離れる。そのまま自然にスツーカらしき女の子に向かって歩いていった。


 近づいてみると、線が細く、思った以上に幼さを感じる。麻耶も実年齢より幼く見えていたが、こっちも中学生くらいに見える。帽子を目深にかぶり、地味なシャツとジーンズの飾り気のないファッション。ときどき周囲を警戒しているように見回しているが、俺に気付いていない辺り、あまり意味をなしていない。

 ネット作曲家だから年齢がいくつでもおかしくはないんだが、天才ってのは案外どこにでもいるもんだな。 


「君がスツーカ?」


 壁にもたれかかったスツーカに逃げられないよう、逃げ場を塞ぐように真正面に立った。


 スツーカが顔を上げる。予想通り、中学生くらいの女の子だった。ベリーショートの髪にまつ毛の長い切れ長の目が俺を睨みつけている。薄い唇に日焼けの跡がまったくない白い肌。人形みたいに生気が薄く感じられた。


「誰ですか? 知りませんけど人違いじゃないですか?」


「直接スペースに出なくてもどんなやつが自分の作品を買っているのかは気になるもんな」


 逃げ出そうとするスツーカの行き先を塞ぐように立ちはだかる。なんかこれ、外から見たら俺って悪人なんじゃないか。


「そんなに警戒するなよ。古見だ。仕事の依頼をしただろ」


「あなたですか。受けた以上、仕事はきちんとします。それ以上に何か問題でも?」


「子どもにはわかんないかもしれないが、仕事ってのは信用や信頼でやるもんなんだよ。やっておきます、ってだけで進捗が確認できないと管理する側は不安なわけ。だから会いに来た」


「じゃあボクの顔が見られて満足ですか? こんな子どもじゃ信用できないならキャンセルしますか?」


 生意気なことを言って、俺を見上げながらスツーカはふてくされるように眉をひそめる。


「そんなことは言ってないだろ。見てたと思うが、新譜買わせてもらったよ。俺がいい曲だと思ったから依頼したんだ。俺は最高のダンジョンを造ってる。だから俺が最高だと思った曲じゃなきゃ使わない。それだけだ」


 スツーカが少しひるむ。会いに来るまではなんとか顔を合わせて打ち合わせの一つでもできればそれでいいと思っていた。

 ただ相手が子どもだって言うんなら話は別だ。才能のあるやつっていうのは能力で認められているから、仕事は作品につくと思っている。


 俺は岩山みたいな才能はなかった。だから人から教わって、誰でもできる技術を身に着けた。誰でもできることでも続けていれば認めてもらえる。それを続けていればやがて信用されて、俺自身に価値が生まれるのだ。


 まだ俺の顔を見てふてくされている少女の姿がなぜか凪沙と重なった。一人で真っ暗な部屋の中でじっと座り込んでいる。そういえば岩山もマンションに行ったとき、真っ暗な部屋で布団をかぶっていた。


 才能だけじゃいつか周りに認めてもらえなくなる。自分に近寄ってきたものを大事にしないといつか消えてしまうんだ。


「お前、この後、暇か?」


「なんですか、急に。打ち合わせならしませんよ」


「それは後だ。これから俺のダンジョンに来い。本当の仕事ってのを見せてやる」


 スツーカの細い腕をつかむと、俺は答えも聞かず、会場を出ていった。

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