03


「見たトコ、俺とつぐちゃんの事も知ってるみたいだし」


 俺が言うと、塚本が首を傾げた。


「つぐちゃん、っすか?」

「明津紅蓮。俺の旦那様。手ぇ出したら殺す。その前に本人に殺されるだろうけど」

「出しませんよ……」


 半ば引き気味に首を振る塚本の代わりに、ツンツン頭の新兵その二・中野が顔を出す。


「俺、紅蓮さんみたいになりたいんです!」


 子犬みたいに目をキラキラさせる中野を、上から下までぼんやり眺める。


「……無理じゃない?」

「なります!」

「あっそ」


 俺は息を吐いて角を曲がった。シューティングレンジに連れて行けば『あいつら』がいるだろう。この面倒臭い役目、押し付けてしまえ。




「たのもー」


 バン、と扉を開け放つと、途端に乾いた炸裂音の雨に迎えられる。やっぱり、ここにいた。銃弾消費量ナンバーワンの男。



 タッン…タッン…タッン…


 冗談みたいに同じタイミングで、的の心臓ど真ん中に弾が吸い込まれていく。それでいて、拳銃に添えられた手はゆったりして自然だ。相変わらず、惚れ惚れするくらいの射撃センス。



「ほっ、よっ、やっ」


 シューティングレンジには不似合いすぎる掛け声の主は、すぐに分かった。こんな場所で小銃振り回しながら宙返りの練習をしているヤツがいる。雑技団か。



「ケンジ」

「あっれ、めっずらし。そーしがグレン以外の人間と一緒に歩いてる!」


 こいつは一々テンションが高くて煩いから、耳栓を付けてるくらいが丁度いい。


「新人に服部班の紹介中、なんだけど……後は任せた。俺、あの双子苦手だし」

「残りはあの二人だけなんだなーおっけおっけ!任せてくれっ。おーい、セキっ!」


 その声に、さっきから寸分の狂いもなく拳銃をぶっ放し続けていた男が振り返った。


「どうした……って、蒼崎じゃねえか。新人連れてるし、オメーのコレはどうしたよ」


 そう言って下品に舌を出して小指を立ててみせる姿は、さっきまでのカッコいい射撃風景が詐欺としか思えない。何やら『ロック』を目指してるらしいが、何かが間違っている。


 拳銃をこよなく愛する彼は、正気で『ガン・カタ』をモノにしてやると意気込んでいる。それだけ聞くと、早死にしそうなアホとしか思えないが、これで致死率ナンバーワンの前線組・服部班に配属されて一年、まだ五体満足なのは日々の気違いじみた射撃訓練の賜物だ。


「はい、この残念なロッカーが関優介で、こっちのテンション高い雑技団が増田健児。二人揃って『クロスレンジ・脳筋コンビ』だから」

「あの双子に比べりゃマシだろ……『ロングレンジ・クレイジーツインズ』」


 俺達の完全な身内ネタに、ニュービーのマジメ君・塚本が目を白黒させながら呟いた。


「さっきから話に出てる双子サン?ってどんな方達なんすか?」

「……まあ、会えば分かんだろ。そもそも、今日の模擬戦でぶつかるだろーしよ」


 渋そうな表情で呟く関に、ニヤニヤしながらケンジが突つく。


「セキは、もう六回連続で双子兄にヘッドショット決められて、ゲームオーバーだもんねぇ」

「うるせーあのクズ『お前は良い的だな』とか言いやがったぞこの前。ぜってー撃ち殺す」


 意気込む関に、俺は肩を竦めた。


「はいはい……開幕早々その双子にドタマぶち抜かれるかもだけど、勝ち続けてりゃ景品もあるらしーから、まあ頑張れば」

「はいっ」


 俺がひらひらと手を振ると、思いのほか勢いこんでマジメ君・塚本の方から返事がきて、ちょっと引く。うわ、本当にこいつ俺のファンなんだ。


「なーなー、その『景品』ってなに?俺初耳!」


 アホのケンジが首を傾げる。


「あー前に聞いた気がすんわ。あれだろ、確か『百回勝ったヤツは何でも願いが叶う』」

「なに都市伝説みたいになってんの。正確には『実戦・模擬戦で合計百勝したバディは一つだけ何でも叶えてもらえる』だから……ま、そーいうことだから。後は任せた」


「はいはーい。あ、そうだ!そーしの願いってなにっ?」


 もう立ち去ろうとしていた脚が、ピタリと止まる。


「……つぐちゃんと結婚します、とかかなぁ」


「勝手にしろ。ごちそうさま」

「はいはい」



 呆れた関の声にヒラヒラと手を振ると、キュッと床を踏みしめて歩き出す。



「……俺の願い、ねぇ」



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