第18話 言われた通りにしたのに……1

「――んで、あたしはなにすりゃいいの?」


 時計の針は進んで放課後。僕の家へと向かう道中、隣を歩く稲森さんがやる気なさそうな声で訊いてきた。


「ん~とりあえず僕ん家に行って僕の部屋で僕のお姉ちゃんに挨拶してもらいたいんだよね。僕の彼女として」


「それ、さっき聞いた…………まぁどうしてそんな事態になったのか気になるっちゃ気になるけど、余所様の事情に首を突っ込むのも野暮だしな、その辺は流しとく。あたしが知りたいのはその場でどう振る舞えばいいかだよ」


「ん~彼女っぽく振る舞えばいんじゃない? ――って痛ッ⁉」


 稲森さんは肘で僕の脇腹を小突いてきた。


「それがわかんねーから聞いてんだろッ! ったく、台本かなんか用意してないのかよ」


「え、ひょっとして稲森さん、年齢=彼氏いない歴系女子?」


「んなッ――」


 図星だったのか見る見るうちに顔を真っ赤に染めていった稲森さん。


「ああそうだよ彼氏だできたことなんて人生で一度もねーよなんか文句あっかッ! つか年齢=彼氏いない歴系女子ってなんだよッ! 完全に馬鹿にしてんだろッ!」


「そんな、馬鹿になんてしてないよッ! だって――だって僕も年齢=彼女いない歴系男子だもん! そんな僕に台本が書けると思う? 思わないでしょッ!」


「お、おう…………彼女、いたことないん、だ…………」


 どこか安堵したように言った稲森さんは鞄を後ろ手に持ち、僕から少し離れて黙ってしまう。


 …………え、なにこれ。『お前もいねんじゃねーかよッ!』って返してくるのを期待してたのに、なんていうか、これ…………え、なにこれ。


 思わぬ気まずさに僕はどうしたものかと歩きながら思案する。


 さっきまでの会話を続ければいい。天才的な答えがでた。


「――そ、それで話を戻すけど、彼女役って言ってもそんな本格的に演じる必要はないからね? なんなら僕の隣でニコニコしながらたまに相槌あいづち打ってくれる程度でいいから。それくらいなら稲森さんでもできるでしょ?」


「ま、まぁそれぐらいならな…………つか言い方ムカつくなお前。なんか上からっていうか……桐島もあたしと同じいない歴系人間なんだから同等でいろよなッ!」


 あ、今それツッコむんだ。なんて僕は内心で思いつつ、稲森さんにごめんごめんと謝る。


「ったく、いちいち気に障るヤツだぜ」


「ごめんってば………………あ、ここが僕ん家だよ」


「んなの知ってるよ」


「え?」


「――――――あ」


 なんで僕の家知ってるのを? を一文字に集約して聞き返すと、稲森さんは即座に僕に向かって両手を突き出し、バイバイするようにブンブン振りだす。


「ち――違うッ、違うからッ! 表札に〝桐島〟って表記されてたからそうだろうなって思っただけでッ、決して怪しいものとかじゃないからッ! ――じゃなくてッ、ええっと、う~んと――とにかくッ、誤解を招くような発言だったことを深くお詫びしますッ!」


「ちょ――わかったよッ、わかったから頭を上げて稲森さんッ! ご近所さんの誤解を招いちゃうからッ!」


「……許してくれるのか?」


「許す許す!」


「そ、そっか……」


 狼狽うろたえから一変、稲森さんはホッと胸をなで下ろして安堵のため息をついた。


 そんな彼女を見て僕は――稲森さん、本当に大丈夫なんだろうか、と心配になる。


 無論、本人に確認したりしないけど。

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