命懸けの強者

第20話 だから、ダブルスを選んだ

「つまりっスねぇ、納得できねんっスわ、オイラはねェ」


 食ってかかる後輩の言葉を、ヒメはねっとりと微笑みながら受け止めた。


 九十九未来学園高等部、卓球部。

 ヒメやガーディアンが所属する強豪校、そしてヒメに絡んでいるのは、去年のヒメらのように一年生にして団体戦代表に選ばれた実力者である。

 シングルスプレーヤー、鳥山とりやま千羽流ちばる、あだ名をトリチャンと呼ばれている。


 いたる所でピンポン玉の音が鳴る。

 その練習風景から離れた隅で、トリチャンは言葉を続けた。


「オイラはねェ、実力で成り上がりてェんですわ、一年生にしちゃスゲェなんて鳴り物じゃなくて」


「なってるじゃない。

 部内リーグのシングルスで四番目、文句なしに団体戦シングルス代表四名に入ってるわ」


 へらりと笑うヒメの、その両肩をトリチャンはがっしりとつかんだ。


「出てねェじゃねっスか……!

 アンタ、シングルス不参加じゃねっスか!

 オイラは白黒つけたいんスよォ、本当にオイラが強いのか!

 キッチリ勝って胸張って代表背負うか! キッパリ負けて代表降りるか!

 シングルスとダブルスを両方やったっていいのに、なんでダブルスしかやんないんスか、ヒメ先輩はァ!」


「あらあら」


 ヒメは困ったように、眉尻を下げた。


「それはつまり、あたしとシングルスで試合がしたい?」


「そう言ってるんスよォ!」


「そう……」


 困ったようなヒメの微笑が、するりと消えた。

 肩をつかんでいた腕をすり抜け、トリチャンの胸に寄り添い、息のかかるような距離で、ヒメは見上げていた。


「つまりあなたは、あたしを殺す覚悟がある?」


 凄みのある笑顔に、トリチャンは背筋が冷えた。

 そこに巨体が、ガーディアンの堂々とした体が割り込んできて、ヒメとトリチャンの距離を割った。


「ごめんね。ヒメは、ダブルスしかできない体質だから」


 ぽかんとするトリチャンを尻目に、ヒメは肩をすくめて、去っていった。

 トリチャンがどういうことかと問いかけて、ガーディアンはぽつぽつと語った。


「ヒメはさ、玉を打つとき、心臓を止めてるって話は、聞いてるよね。

 それってね、体にすごく、負担がかかるんだよ。

 だから、シングルスのペースで打ってたら、体がもたないんだ。

 でもダブルスなら、打つのは二回に一回だから、やれるんだ」


 基礎練習を始めたヒメの姿を、ガーディアンは目を細めてながめた。

 トリチャンは考え込むようにうなって、それからまたガーディアンに食ってかかった。


「ヒメさんの事情は、まあ分かったっスけど、アンタもっスよォガーディアンさん!

 アンタもシングルスやらねェじゃねっスか、強いのに!

 なんでやらねんスか!?」


 ガーディアンは見下ろして、だるまのような顔を苦笑させてみせた。


「ぼくもね、ダメなんだ、シングルスだと。

 勝ちたい気持ちはあるけど、相手も勝ちたいんだっていうのが、分かっちゃうから。

 ぼくが負ければ、この人は勝てるのにって、思っちゃうとね、手が緩んじゃうんだ」


 ガーディアンはそれから、優しげな眼差しを遠くに向けた。


「でもね、ダブルスなら、頑張れるんだ。

 ぼくだけの勝ちじゃないから。

 パートナーと、ヒメと一緒に、勝てるから」


 そしてガーディアンは、トリチャンに笑顔を向けた。


「だからぼくは、ダブルスが好きなんだ」


 トリチャンは、豆鉄砲を食らったように、開けた口から言葉が出なかった。

 ガーディアンは微笑みかけて、去り際に一言、残した。


「団体戦。来年も、みんなで勝とうね」


 ヒメの元に向かうガーディアンの背中を、トリチャンはただ見ていた。

 その肩に、優しく手が置かれた。


「彼らには彼らの戦い方がありマスし、トリチャン、アナタにはアナタの戦い方があるデショウ」


「ロベルト先生」


 振り返ったトリチャンに、九十九未来学園高等部卓球部顧問・獅子王院ししおういんロベルト正巳まさみは笑いかけた。


「トリチャン、アナタのシングルスに、期待していマス。

 九十九高等部ツクコー卓球部の未来を担う者として、励んでクダサイ」




 基礎練習をするヒメに、ガーディアンが合流した。

 二人で並び、壁に向けて、繰り返し、玉を打つ。

 ラケットから放たれた玉は床をワンバウンドし、壁に当たり、跳ね返って、それをまた打つ。

 安定したフォームは、玉の軌道を一定に保ち、一切のフットワークをせずとも玉を打ち返し続けられる。

 同じリズムで刻み続けるピンポン玉の音が、耳に心地良い。


 打ち続けながら、ガーディアンは問いかけた。


「お見舞い、今日も行くの?」


「ええ。心配ないとは言ってたけれど、見るからに体力が落ちてるわ。

 何ができるわけでもないけれど、せめて顔を出して元気づけてあげたいわね」


 壁打ちを続けながら、ヒメはガーディアンに微笑みかけた。


「ガーちゃんも、来てくれるんでしょう?

 ガーちゃんが来ると、あの子喜ぶのよ」


「ぼくが来て喜ぶのは、ヒメにちゃんと友達がいるって、安心するからだよ。

 ヒメって性格、きついからさ」


「あら、心外だわ」


 口をとがらせながら、壁打ちのリズムは狂わない。

 ガーディアンは笑ってみせて、それから不意に真顔になって、言った。


「今度のさ、小さいけど大会、あるじゃん。

 あれに、出るらしいよ、あの二人」


「……ソルト君とペッパー君ね。

 ツムジカゼファイター杯の決勝で戦った」


 壁打ちのリズムは狂わない。

 それでもヒメの背中から、確かに殺意のオーラが立ち上った。


「どうする? ぼくたち」


「どうする、っていうのは?」


 わざとらしく、ヒメは首をかしげてみせた。

 ガーディアンは苦笑し、続けた。


「ぼくらもその大会に出るか、ってこと」


 ヒメの壁打ちのリズムが、意図的に崩された。

 ふわりと浮いた玉の行方を、ガーディアンは目で追い、そしてそれはヒメの口内に収まった。

 蛇のように凄惨に顔をゆがめて、ヒメはねっとりと言葉を吐いた。


「ええ、出ましょう。楽しくなりそうだわ」


 ばきり。

 むき出した歯を突き立てて、ピンポン玉を噛み砕いた。




 季節は過ぎる。

 ヒメとガーディアンの参戦表明は、ソルトとペッパーの耳にも届いた。

 大会規模は、以前と比べるべくもない。

 それでも戦いたい相手がいて、それが叶いそうだというのなら。

 戦意は、高まる。


 そして両ペアが戦うことは、なかった。

 ヒメ・ガーディアンペアの不参加によって。

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