第14話 勝ちたいのは

 ギャラリーの誰もが、固唾かたずを飲んで見守っていた。

 無名の高校一年生ペアが、すでに名の知れた黄金ペアに、ここまで食らいつくなど、誰が予想していただろうか。


 ヒメは審判に、両手でTの形を作って示した。

 一試合に一回ずつ、両チームに認められた、一分間のタイムアウトの取得である。


 ヒメはガーディアンの胸を叩き、微笑んでみせた。


「今の攻め、間違ってないわ。

 どちらに転んでも延長デュースになる可能性があったのなら、攻め気でいた方が絶対にいい。

 もし引いて取られていたら、気持ちでそのまま押し込まれる」


 ガーディアンがヒメの顔を見て、ヒメはにんまりと笑みを深めた。


「勝ちましょう、絶対にね」


 ガーディアンと、手を叩き合う。

 体格相応に大きいガーディアンの手に対し、ヒメの手も、小柄な体には不釣り合いなほど大きい。

 爬虫類のような、長い指だった。


 タイムアウト終了。

 ソルトとペッパーも、その間にタオルを使用し、気合いを入れ直していた。

 ヒメは笑う。楽しい戦いだと。

 ここからは延長デュース。二点差がつくまで、決着しない。


 打ち合う。汗を散らして、打ち合う。

 ソルトとペッパーは引かない。引くわけがない。

 このゲームを落としたら、負けが決まるのだ。

 一方のヒメとガーディアンも、引くつもりはない。

 ここで落としても最終ゲームがあるからなどど、気を緩めるつもりは毛頭ない。

 第一ゲームの圧倒的点数差から、ここまで追いすがられたのだ。

 緩めば、食われる。


(ええ、認めるわ。あなたたちは、強い)


 十一対十一。

 敬意を込めて、殺意を打ち出す。

 ソルトは、ペッパーは、むき出しの刃物のように対応する、否、殺意を越えてくる。

 往復するのはピンポン玉ではない、勝ちにゆくプライドだ。

 十二対十二!


 応酬の中で、ガーディアンはソルトとペッパーの顔を見た。


(まるで、声が聞こえてくるみたいだ)


 血を流すような汗の中、死に物狂いな二人の顔は雄弁に物語る。

 勝ちたいと。勝つんだと。

 十三対十三。


(そうだよね。勝ちたいよね。そのために、これだけ頑張ってるんだよね)


 ヒメの殺意を、二人の闘志が塗りこめていく。

 十四対十四。


(分かるよ。だってさ)


 ガーディアンのラケットさばきは、祈るように。

 十五対十五。


「ぼくたちだって!! 勝ちたいんだ!!」


 ガーディアンの強打が、均衡を割った。


「自分たちだけ、負けない理由があるなんて、思わないでよ……!!」


 ガーディアンの泣く声が、ソルトとペッパーに届いたかは分からない。

 二人はそのとき、床に膝をつき、呆然と目を見開いていた。

 十七対十五。ヒメ・ガーディアンペアの勝利。

 耳を覆うのが、雨音なのか、ギャラリーの歓声なのかも、よく分からなかった。




 豪雨の中を、傘もささず、ペッパーは立ち尽くしていた。


「風邪引くぞ」


 後ろから来たソルトの声に、ゆっくりと振り返った。

 ソルトだって、傘をさしていなかった。


「負けたよ。ソルト」


「ああ」


 ソルトはうつむきながら、一歩近づいた。


「まあ……仕方ねぇんじゃねぇか」


 ソルトの胸ぐらを、ペッパーは殴るように締め上げた。


「仕方ないなんて……! そんな言葉で済むわけがないだろう!

 そう簡単に割り切れるほど、軽い気持ちで挑んだワケがないだろう!」


「オレだってなァ!」


「ボクは!!」


 強くソルトを締め上げ、ペッパーは顔を押しつけるようににらんだ。

 この雨の中で、泣いていると一発で分かるほど、目も鼻も赤く泣き腫らしていた。


「キミと勝ちたかった!! どこまでも勝ち上がってゆけると信じてキミと組んだ!!

 キミの輝きを腐らせるべきではないと思ってキミを連れ戻した!!

 ボクが引っ張ってダブルスを組んで、ボクが追いかけてダブルスを組み直したのに!!

 キミを敗者になど……したくなかった……!!」


 締め上げるペッパーの手は、震えていた。

 泣きじゃくり、顔をくしゃくしゃにゆがめて、その顔でソルトを見つめ、か細く漏らした。


「……悔しいよ……」


 ソルトは、ペッパーの肩に手をかけた。

 そして足を払い、押し倒した。

 アスファルトを、水の塊が跳ねた。


「……オレだってな。悔しいよ」


 ギリギリと、ソルトもペッパーを締め返した。

 ソルトだって、泣いていた。


「悔しいに決まってんだろ!! 相手が強かったとかオレらはまだ一年だとか、いろんな言い訳が思いついても、負けて悔しいに決まってるだろうが!!

 勝ちたかったよオレだって!! 勝ちたいに、決まってるだろうが!!」


 ひたいをひたいに押しつけた。

 獲物を食らう肉食獣のように歯をむいて、流れる涙は雨に流させながら、ソルトは吠えた。


「勝つぞッ!! 次は勝つぞ!!

 もっともっと強くなって、次は絶対、オレたち二人が!! 勝つぞ、ペッパー!!」


 雨は強く降り続ける。

 もっと降ればいいと、ソルトは思った。

 降って、降って、涙なんて洗い流してしまえ。

 どうしたって、この闘志の炎は、消せはしないのだから。




 バスに揺られて、ヒメとガーディアンは、並んで座る。

 優勝賞品の特大ツムジけるべろすくんぬいぐるみが、一席を占領し。

 心地よい疲労感が、二人を包んでいた。


「勝てたね、ヒメ」


 ガーディアンの言葉に、ヒメはうなずいた。


「ええ。よかったわ、本当に。

 あの二人、強かった。そして、楽しかった」


 言いながら、ヒメは自分の手のひらを見つめた。

 残る感触は、高揚の残り香だ。


「あとどのくらい、あんな張り詰めた殺し合いをできるかしら。

 あの子たちは、あたしを殺しに来てくれるかしら」


「きっと、来るよ。

 そして、ぼくらが勝つよ。

 ぼくとヒメの、二人なら」


 ヒメは微笑んだ。


「ええ、そうね。

 二人なら……きっとどこまでも……殺し合ってゆける……」


 ぬいぐるみにもたれかかり、ヒメの口から、寝息が漏れ出した。

 ガーディアンは何も言わず、窓の外を見た。

 雨は降り止む気配がない。

 その分厚い雲の向こうで、太陽は今も燃えているのだろう。

 変わることなく。

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