第12話 魔技開放

 ソルトとペッパーのハイタッチが、高らかに響いた。


「ヨシッ!! ヨシ、ヨシッ!! 取ったぞ、取ったぞペッパー!!」


「ああ、ああソルト!! この調子だ!! この調子で、あと二ゲームだ!! 二ゲーム取るぞ、ソルト!!」


「あたぼうよペッパー!! オレたちは、勝ちに来た!!」


「そうだソルト!! ボクたちは、勝ちに来た!!」


 二人は互いの両肩に手を置いて叫び、それからタオルで汗を拭き払い、ドリンクをかっくらった。

 その向かい、卓球台を越えて、ヒメの視線と殺気は鋭く刺さってきた。


「取られたわ、ガーちゃん」


 ガーディアンは汗を拭きながら、うなずき、ヒメの顔をうかがった。

 ヒメの表情は、怒りと喜悦と殺意が複雑に入り混じり、せわしなく震えていた。


「追いすがってきた。あたしの心臓に届くくらいに。

 ああ、この感情、いつもいつも、どう処理すればいいか、ああ、ああ!」


 ヒメはドリンクを口にくわえ、飲み口をひたすらに噛み締めた。


「ああ、狂おしい!! あの子たちともっと、殺し合いたい!!

 心臓を引き裂いて、ただただピンポン玉を押しつけ合って、ひたすらに狂い合いたい!!

 こんな相手と出会える喜び、ねえガーちゃん、あたしどうしたらいいかしら!?

 あの子たちはあたしを、満足させてくれるかしら!?」


 ガーディアンは、静かに、ソルトとペッパーをながめた。

 そしてゆっくりと口を開いた。


「ぼくは、勝ちたいなって、思うよ」


 ヒメのぶれ続ける表情筋が、笑みへと向けて定まっていった。


「ええ。そうね。勝ちたいわよね、ガーちゃん。

 ありがとう、あたしもそう思うわ」


 笑みは深まる。

 口が耳まで裂けるかというほど、強烈な笑顔が貼りついた。


「この感情、命、全部傾けて、勝ちにいきましょう」


 雨音が天井を貫通して、存在感を包むように強めていく。


 第四ゲーム。

 水圧をかけるような雨の陰気を吹き飛ばすように、ピンポン玉をはじく音は激しい。

 それは深海で割れる泡沫うたかたか、燃え尽きんとする線香花火か。


(止まりゃしねぇ――ヒメさんの次はアンタも食うぜ、ガーディアンさんよォ!)


 逆手側バックハンド浅め、逆回転カットで狙う。

 スノードロップの幻覚が残っているうちに、一気に揺さぶる魂胆だ。


 そのときソルトは、そしてペッパーは、戦慄した。

 ガーディアンの構え。右肘を高く上げ、手首を胸の前へ折り込む。

 上半身は卓球台に這うように伏せ、台上をはずむ玉に覆い被さるように近づき。

 そして、玉がラケットに触れた瞬間――折り畳まれていた腕のバネが、解放された。


「ッ!!」


 溶け落ちる間もなく、玉は猛烈な順回転ドライブにさらされ、ペッパーの反応もむなしく卓球台を電撃的に駆け抜けていった。

 高威力の玉の余波が残響として耳につく中で、ペッパーは、つぶやいた。


「チキータ……!」


 チキータ。

 その暗黒の魔技が卓球界で注目され出したのは二〇一〇年代に入ってからである。

 独特の姿勢から強烈な順回転ドライブをかけるこの打法は、威力もさることながら狙う対象が「逆手側バックハンド・浅め」であることが急速な歴史転換をもたらした。

 それまでの卓球の常識では、威力のある打球を打ちやすいのは利き手側フォアハンド・深めの玉であり、その対極である逆手側バックハンド・浅めの玉は強く打ち返せず、チャンスボールを誘われてしまうウィークポイントとされてきた。

 だがチキータの登場で、その常識は一変。打ちづらいはずの玉から強烈な攻撃が繰り出されることにより、多くの卓球選手が殺戮の血潮にほふられた。

 今なお卓球界に爪痕を残し新鮮な血をすすり続けるこのチキータは、まさに至高の技術と呼んで差し支えない魔道滅殺究極殺伐暗黒闘技なのである!


「マジかよ……!」


 ソルトが歯噛みしつつも、試合は続く。四対二。ヒメ・ガーディアンペアのリード。

 タオル休憩で、ペッパーはソルトに言った。


「思考を止めずに行くぞ、ソルト。

 チキータが使えるなら、もっと前にも使える場面があったはずだ。

 今まで使わなかった理由を考えるんだ」


「ふたつ考えられるな。

 ひとつは練度が低くて、普段から狙うにはまだ精度が低い可能性」


 したたる汗を拭い去りながら、ソルトは相手サイドに三白眼を向けた。


「もうひとつは、使うまでもねぇ弱敵だと思われてた可能性だ」


 試合は続く。

 蒸気機関のように汗を舞い上がらせ、ペッパーは、そしてソルトはなお動きの激しさを増す。


(どっちなのかは分かんねぇ。なら、都合のいい方に考える)


 火打ち石のように荒々しく回転をかける!


(弱敵だと思ってんなら、ムカついて闘志がメラメラわいてくる!

 そっちの方が、都合がいいぜ!!)


 四対四!

 試合は続く!

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