第10話 僕は、何も知らない

 あの後、家に帰ってから僕は、どさりとベッドに倒れこんでそのまま寝てしまった。もう、何かを考えようという気力すら起きなかったのだ。


 沈んでいた意識を浮き沈みさせる、というのを何度か繰り返し、最終的にきちんと起きたのは12時ごろ。まさか、こんな時間になるまで誰も起こしてくれなかったのか。僕の家は4人家族。両親と妹、そして僕だ。誰かしら起こしてくれればいいものを。


 おなかはすいていたけれど、この時間帯に何かを食べようという気はしなかった。ただ、喉は乾いていたので水を一杯飲んで、着替えて再びベッドにもぐりこんだ。当然、たっぷり寝てしまったので眠気は全くやってこない。


 仕方がないので、部屋の電気をつけてスマホの電源を入れる。すると、LINEの通知が来ていた。河合さんからだった。


『今日は大変だったね。あれは新庄くんが悪いんじゃないし、ハナちゃんが悪いってわけでもなかったと思う。たぶん、誰も悪くなかったんだよ。お互いに守りたいものとか、大事にしたいものが違うから。行く先は同じでも、決して道のりまでが同じとは限らない、みたいな感じかな。』


 河合さんらしい丁寧な文章。LINEはここで一区切りになっており、さらに二つ、三つと長い吹き出しが連なっている。


『ハナちゃんが今日、あんなふうに怒ったのは、お母さんの苦しんでいる姿を見てきたから。』


 その先には、田中のお母さんが家庭科部の顧問で、過去に僕らと同じように幽霊部員の扱いに悩んでいたこと、その後さまざまなストレスで一時的に心を病んでしまったことが書かれていた。


『大丈夫、ハナちゃんもわかってる。新庄くんがどれほど家庭科部のことを考えてくれているか。ただ、あの時はそれ以上のものがこみ上げてきちゃっただけで。だから、あんまり思いつめないで。じゃあ、おやすみなさい。』


 三つの吹き出しはそれぞれ送信されるのにだいぶ間隔があいている。文字数が多いから、というのもあるだろうが、それよりもきっと、いろいろなことを考えて文章を書いてくれたからに違いない。


 そうだ、あの場では河合さんが一番苦しい立場に立たされていた。どちらにつくことも許されず、かといって下手に間に入ることもできない。あそこでは、黙っていることが彼女にできる精いっぱいのことだった。


 僕は田中を傷つけただけではない、河合さんも、そして、せっかく興味を示してくれた新入生をも苦しめたことになる。


 なんて、浅はかだったのだろう。しかも、あろうことかその意見を押し付けようとした。


 僕に残された道はもうもはや、一つしか残っていなかった。その先は真っ暗で何も見えない。けれども僕はまっすぐに突き進むしかないのだ。大きな罪を抱えて。

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