第21話 マリア・グリーンの葛藤

それから、数日が経った。メリルは、娘のマリアと一緒にやって来た。


「マリア、はじめまして。私はリンダよ」

と、私は笑顔で挨拶をした。

軽く会釈はしたものの、明らかに警戒心と反発の色を滲ませたマリアは、肌は浅黒く健康的で、大きな瞳と、つんと上を向いた鼻はメリルにそっくりだった。

「嫌がる娘をやっとの思いで引っ張ってきました」

と、メリルは言った。

それは、どういうことなの?と、私は訊いた。

「今まで、マリアの前では、ロンド家の家族や親族の話はしてきませんでした」

と、メリルは事のいきさつを語った。

見ないといけない、と言ったジミーの言葉は、ロンド家やカーチス家に限ったことではなく、自分の大切な家族であるグリーン家においても例外ではないとメリルは思った。夫のジョージは、明らかに心を閉ざしている感を否めない。息子のエイドは、自分が五人目の犠牲者になるかも知れない事実さえ信じようとしない。娘のマリアは、親族一同に憎悪している。

「かつての私のように、みんな家族に背を向けている。血に背いて生きているって気づいたんです」

メリルは、マリアと家族について話し合おうとした。親族に憎悪するマリアと向き合わなければ、と思った。しかし、マリアは取り付く島もない。それで、メリルは最後の切り札を出したのだ。これで、マリアを引き止められなければそれまでだ、と腹をくくって。

それは?と、私が怪訝な顔で訊くと

「エイドが、兄のエイドが死んでもいいのか、ですって。ママったら、何を言い出すかと腹が立ったけど、エイドに何か大変なことが起こっているのだとしたら、それは食い止めなきゃって。親族は大っ嫌いだけど、グリーン家の家族は好きだから」

と、マリアは言った。

「二人では埒が明かないので、第三者がいてくだされば、マリアも少しは冷静に聞いてくれるかと…」

と、メリルはほとほと困っているという様子だった。

私は、マリアにすぐに親しみを覚えた。マリアとは、以前からどこかで会っているような錯覚を覚えた。どうしてだろう、と考えていると、視界の端に黒猫の姿が見えた。

そうよーっ!マリアは黒猫とそっくりなんだわ!感情がストレートに爆発する様といい、この不敵さといい。

私は内心大きく頷いて、笑いが込み上げてきそうになるのを必死に堪えた。

「マリア、よく来てくれたわ。メリルの言ったとおりよ。お兄さんの、エイドの命がかかっているの」

と、私が言った。

「それは、一体どういうことなの?もったい付けないで、はっきり言って」

マリアが、気色ばんだ声で訊いてきた。

「マリア、その前に席に着いて。そんな怖い顔で突っ立っていられたら、話も出来やしないでしょ」

と、私はメリルの横に促した。

マリアは、挑戦的な目で私を睨みながらソファに座った。

「マリア、今からマリアの大っ嫌いな親族の話をはじめるけれど、エイドの命にかかわることだから、最後まで聞いて欲しいの」

マリアの沈黙が頷きだと私は解釈をして、続けた。

「13年前に、あなたの叔父にあたるハリスが死んだことは知っている?」

「知っているわ。だからって、それがどうしたの」

私は内心、これは手強い、と感じながら

「その後、親族であるカーチス家のジミーが死んだの」

「ジミーなんて知らないわ。関係ないもの。それが、どうしたって言うの」

私は、出来るだけ心を落ち着かせながら、

「さらに、その後、メリルの従弟にあたるロイが死んだの」

と、言った。

「だから、それが何だって言うの。聞きたくないわ、親族の話なんて」

と、マリアが言い放ったその時、

「話が違うんじゃない、マリア。聞く気がないなら、今すぐ帰れば。そんな面当てされてまで、あんたに聞いてもらう必要はないんだから。エイドのことが聞きたいなら、それ相応の聞く態度ってものを示してもらわなくちゃね」

と、黒猫がマリアの目を見据えて言った。

「さあ、マリア、どうするの?」

マリアの目がめらめらと挑戦的な光を放ち、唇がわなわなと震えていたが、

「黙って聞くわ、エイドのことを教えてくれるなら」

と、マリアは言った。

じゃ、続けるわね、と私は仕切り直しをして話し出した。

「ロイが死んだ時、メリルは自分の予感が的中したことを知ったの。そして同時に、メリルは、ハリスの死、ジミーの死も偶然ではなかったと知ったの。理由はよく分からないけれど、親族のなかに、長男が次々と死んでいく運命というか、因縁というか、とにかく、そういうものが確実に存在していると知ったの。そして、年齢的な順番でいくと、次に命を落とすかも知れないのが、エイドなの。もう、エイドには猶予がないの。もって、長ければ一年、短ければ……半年」

と、私は言った。

さっきまでの挑発的な表情とは引き換えに、今度は、蒼ざめた表情のまま

「どうして、エイドが死ぬの?エイドが何か悪さをしたっていうの?おかしいじゃない。理不尽よ、理不尽」

と、マリアが言った。

「理不尽。そうね、ママもそう思ったわ、ハリスが死んだ時」

と、メリルが言った。

「ママ、何なの、その言い方!今は、理不尽じゃないの?エイドが死ぬのは理不尽じゃないっていうの?」

マリアがメリルに懇願の色を滲ませて詰め寄った。

「ママだって、エイドが死ぬなんて耐えられないわ。だからこそ、長男が次々と死んでいく原因を突き止めて、エイドを救いたいの。それは、母親の私ひとりじゃ出来ないの。家族であるジョージ、そしてマリアの力が必要なのよ。わかってくれるわね、マリア」

と、メリルが言った。

「わかったわ。私、エイドを絶対に死なせやしない」

と、マリアが言った。

それを聞いて、

「ジミーが、これぞ家族の団結!って喜んでるみたいよ」

と、黒猫が言った。

「ジミーって誰?」

と、マリアが部屋を見回した。

「ジミーは、7年前に死んだカーチス家の長男よ」

と、私が言った。

「えっ、死んでるの?」

「ええ、とっくに死んでるわ」

と、私が言った。

マリアは、驚きと恐怖とが混ぜこぜな表情で、恐る恐る訊いた。

「それって幽霊ってことでしょ、わかっているのよ。それで……どこに……ジミーの幽霊は居るの?」

私は、何食わぬ顔で答えた。

「マリアの横に座ってる」


「ぎゃーーーっ!」

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