せつなく別れて、愛しく出会う

琥宮 千孝(くみや ちたか)

前編 夢か現か

きっと、あれは夢だった。

現実であるはずが無い。


きっと高校生だった僕が見た夢。 


せつなくて

せつなくて

苦しくて

涙が思わず流れる様な、そんな夢だ。


君は笑って僕にこう言った。

「何処かに連れて行ってよ」

高校生だった僕はこう言った。

「そんなのできるわけが無い」と。


悲しそうに笑うその顔が今でも忘れられない。


あれは夢だった?

それとも現実?


君は夏休みに突然現れた。

毎年行われる盆祭りに、ひとりぽつんと立つ少女が君だ。

あんな田舎には似つかわしくない派手な金色の髪に、鈍色の瞳。

それなのに着ていた浴衣は、海のように綺麗な青に黄色の向日葵が描かれ、真っ赤な帯が巻かれていた。


一目見て、とっても綺麗だなと思ったんだ。

だから、一生忘れるはずがない。

そう思っていたのに。


あの時見た少女の顔が思い出せない。

ああ、何故だろうか。

こんなにも愛しくて、逢いたくて、切ないのに。


髪の色も、瞳の色も思い出せるのに、なんで君の顔が思い出せないのだろう?


やっぱりあれは夢?

でも覚えているんだ。

君の柔らかな手の温もりも、その甘い声も、その赤く染まった頬も。


あの時君は言ったんだ。

「君と二人だけで何処かに逃げたい」と。

でも、僕はこう言った。

「そんな事が出来るわけない」と。


また悲しそうに君は顔を歪めて、そして僕の胸の中で泣いた。

そして僕も声をあげて泣いたんだ。



せつなくて

せつなくて

愛しくて

もう一度君に逢えるのなら、きっと今度は連れ去るのに...。



───ジリリリリリリッ…!!


電子音が鳴り響き、目が覚める。

デジタル音の目覚ましなのに、なんで相変わらずベルなのか疑問だが、それでも一番目覚めが早いのがコレだから仕方ない。


あれ、さっきまで何の夢を見てたんだろ?

うーん、覚えてないな。


そう言えば、昨日高校の同窓会のハガキが来ていたんだったな。

そのせいかな?

高校生の頃を思い出すなんて、何年ぶりの事だ。


あの頃は嫌なことや、辛い事からよく逃げていたな。

今思えば、それ程の事はないのだけど、当時は真剣に悩んでいた。大人には分からない、思春期によくある悩みだ。


子供同士だからこそある優劣や、劣等感。

人より優位に立ちたい子供染みたプライド。


大人になれば忘れてしまうちっぽけな悩みは、子供の時代には心を揺れ荒む大きな問題。

そして、だからこそ大人とは分かり合えない拒絶感。


あの時に戻ったなら、自分に教えてあげたい。

それは大したことは無いんだと。

だからこそ、貴重な体験なんだってね。


というか、何考えているんだ俺は?

こんな事考えて思い老けるなんて、歳を取ったんだな。

いや、まだ若者の部類だけども。


さて、あの頃の思い出に会うために、このハガキは出そう。

そう、マルを付けてね。




ハガキを出してから2週間後、俺は当時通っていた高校がある町に来た。

当時は、親の都合で祖父母に預けられていたからこの町に住んでいた。


田舎が嫌で、大学生はわざわざ都会的な場所を選んでそれからはずっとここには来てなかった。


「懐かしいな…」


緑が生い茂り、未だに子供達の笑い声があちこちから聞こえてくる。

自然が豊かだと子供たちのこころも自由なのかな?

都会とはちょっと違う純粋な笑顔。


ここで生まれていたなら、もっと違う自分だったのだろうか?

今となっては分からない。


待ち合わせ場所は、とある喫茶店。

夜はCafeとBARをやっているらしい。

そこを貸切にしてやるらしい。


同級生の顔をどれくらい覚えているだろうか?

いや、俺も変わったし、皆もきっと変わっているだろう。


あの子はいるだろうか?

…いや、何言っているんだ。

あれは夢だっただろ。

それに、アルバムにはそんな子は載っていたなかった。


今回の集まりは、高校二年の時に同級生だった人がほとんどだ。

何故か一番クラス仲が良かったのが二年の時だったからだ。

三年は受験で忙しいから自然とそうなるのかな。


だから、全女子生徒の写真を見て調べたのだけども、金髪のギャルは数人いたがそれらしき子は見当たらなかった。


「やっぱりいなかったかなぁ」


「だーれ、探しているの?」


「うおっ?!」


急に後ろから声を掛けられて、思わず飛び上がる。

見渡せば、既に数人の同級生と思わしき男女が会話を弾ませていた。


「なんだ、みんな来ているのか」


「まだ、来てない人もいるみたいだよ。

 飲み物はカウンターで頼めるから、貰ってくるといいよ」


「そうか、ありがとう」


 急に現実に戻された気分だな。

 早速言われた通りにカウンターに行き、飲み物を貰う。

 色々あって、酒もあるみたいだが先ずは喉を潤したいのでジュースがいいか。


「お酒以外で何がありますか?」


「おや、君は確か…。

 それなら、レモンスカッシュでどうだい?

 昔、よく飲んでいただろ?」


「え?…俺を覚えているんですか?」


「ふふ、こう見えて人覚えはいいんだ。

 よく仲の良い女の子と来ていただろう?

 覚えてないかい?」


「すみません、あんまり覚えてないです…」


 まさか、マスターの方が俺を覚えているなんて想像もしなかったな。

 しかし、一緒に来ていた女の子?

 俺にそんな子はいなかった筈だが。

 きっと誰かと勘違いしているんだな。


『来年の夏は別々になっちゃうね』


「!?」


 何処からか、そんな声が聴こえた気がした。

 何故か凄く懐かしい声。

 なのになぜ俺は思い出せないんだろうか?


 カランカランと扉に付いているベルが鳴る。

 音のなる方を向くと、そこには金髪にした女性が入ってきた。


「やー!みんな揃っているね」

「おー、久しぶりー!」

「わぁ、その髪色いいねー!」


 明るい表情でみんなに合流していく女性。

 みんなは交流があるのか、見知った仲のようだ。


「あれー、君はだれだっけ?」


「あー、お前覚えてないか?

 ほら、外の大学に行ったやつだよ」


「あー、いたいた!じゃあ、高校卒業以来じゃんっ!ひさしぶりだねー!」


 元々、あまり女子とは交流が無かった俺はその子が誰だか覚えていない。

 忘れた…とは言えないので、調子を合わせておく。


 昔からそうだった、オレは周りに合わせるだけで自分を主張するタイプではなかった。

 それもあって、素の自分をさらけ出して話が出来る相手がいなかった。

 おかげで、仲良かったのは数人とだけ。

 そのうちの一人が幹事をしていたおかげで、同窓会に呼ばれたわけなんだけどね。


 本当に素で居られたのはあの少女の前でだけ。

 いや、それすらも俺の妄想が作り出した幻想に過ぎない。


 そう、でなければ顔すら思い出せないなんて有り得ない。

 きっとおれは夢。

 自分の現実を受け入れられない、俺が作り出した幻想なのだ。


「なに難しい顔してんだよ!

 せっかくの同窓会だぞ?もっと嬉しそうな顔しろよっ!」


「おう、すまん。

 つい、懐かしくて思い耽っちまった」


「そういうとこ、相変わらずだなぁ。

 だから、彼女も出来ねーんだよ」


「彼女くらい居たわっ!…フラれたけど。

 そう言うお前も似たようなもんだろっ!」


 こいつとだけは、大学で離れてもずっと友達だ。

 こいつと友達じゃなければ、ここに来てなかっただろうな。


「そういや、金髪のアイツばっかり見てどうしたんだよ?」


「ん?いや、あの子って高校の時に金髪だった?」


「ん?いやいやいやっ!

 アイツが髪染めたの大学入ってからだよ。

 大学デビュー。なんか気になる事でもあるのか?」


「…いや、クラスで金髪な子がいなかったか?」


「んー、そんな奴は…。

 あーっ!そう言えば…」


 そんな話をしていた時だった。


 カランカラン…

 咄嗟に振り向くと、そこに居たのは金髪に灰色の瞳をした女性。

 この顔には見覚えがある。

 昔から髪染めていて、良く教師に怒られていた。


「わーお、もしかして?

 ひっさびさジャーン、覚えてる?」


「あははっ、勿論だよ!

 忘れるもんかよ、相変わらずだなー」


 クラス一のギャルだった子が目の前にいる。

 特別仲がよかったわけじゃない。


 ただたまに遊びに行ったことがあるくらいには、仲が良かったな。


 なるほど、そうだったのか。

 俺はこの子のことを勘違いして覚えていたのか?

 じゃあ、夏祭りに一緒に行ったのもこの子だったのか。


 はは、現実なんてそんなもんか。

 まったく、変な幻想して夢まで見るだなんてどうかしているな。


 それがキッカケになり、他の同級生とも話が盛り上がっていく。

 あんな事あったなとか、こんな事したなとかどれも他愛とない話だが、思い出す度に記憶がどんどん鮮明になっていった。


「なぁ、昔俺と夏祭り行ったか?」


 酒も入り、口が軽くなったのか何気なく聞いてみた。

 なによそんな事も忘れたの?と返ってくるそう思っていたのだが…。


「はぁ?行くわけないし。

 カレシと行ってたに決まってるでしょ!」


「え、マジか?

 じゃあ、俺は誰と行ったんだ?

 なぁ、高二の頃も髪の色そんなんだったよな?」


「んー、髪の色ならこんなもんだったかなー。

 てか、アンタが誰と行ったかなんて知らない…。

いや、そういやあんたって…」


 そこで何か思い出したかの様に見えた。

 答えを待っていると、予想外の事を言いだした。


「あれ、そういや地味子来てなくない?」


「は?、誰だそれ。

 てか、俺が誰と行ったのか思い出したんじゃねーのかよっ!」


 苦笑いしつつ、地味子とは誰かと思い出してみる。

 が、そんな人物に心当たりはない。

 てか、そんなあだ名付けるとか大概に酷いよなぁ。


 酔ったせいでより回らなくなった頭を働かせても、イマイチ思い出せない。

 だが、何故かとても気になる自分がいる事に気がつく。


 なんでだ?

 なんでこんなに気になる?

 でも、何故か思い出せない自分にもどかしさを感じる。


 そんな時に…。


 カランカラン…。


 また扉が開く音がする。

 もうすっかり夜になり、来る人はいないと思っていたのか全員がそちらに目を向ける。


「ごめん、遅くなっちゃった」


「あー、来たきた!地味子遅いから!」


「もう、地味子はやめてよ。

 いくつになったと思ってるのよ」


 そこに居たのは、ストレートロングの黒髪で鈍色をした綺麗な女性。

 殆どの男子が息を飲むほどの美人だ。


 しかし、その子を見た時に俺はハッキリと思い出した。


「あ、君も来たんだね!

 久しぶりだね?元気してたかな」


 俺に向けて手を振り、遠慮がちに笑う彼女。

 その笑顔は、あの夢の少女と同じだ。


「なんで…」


「そっか、知らなかったよね。

 私、一昨年にこの町に帰ってきたの」


 その時、記憶が一気に蘇る。


 酔いは醒め、忘れていたあの頃をあの時を思い出したのだ。


「髪、黒くしたのか」


「え?あ…。

 ううん、あの時が特別だっただけ。

 覚えてくれてたんだ?」


「忘れるわけ…無いだろ」


 急に涙が零れそうになり、顔を伏せる。

 そうだ。そうだった。


 あの時、夏祭りに一緒に行ったのはこの子だ。

 いま、あの時のことが鮮明に蘇る。




 あの日、最初は親友のアイツと二人で夏祭りに来ていたんだ。

 最初は馬鹿を言いながら、盛り上がっていた。

 しかし、クラスメイトのカップルを見つけると急にナンパしに行くと言い出したんだ。


「このままじゃ、野郎と夏を終わらせる事になる!

 お前はそれでいいのか?いや、いいわけがない!よし、行くぞっ!!」


「はぁっ?!行くってなんだよ!?」


「ナンパだよ、ナ・ン・パ!」


「はぁぁっ?!無理に決まってんだろっ!

 大体、女の子だけで来てるヤツらとか…」


 そんな時にタイミング良く現れる、確か1個うえの先輩たちが浴衣で現れる。

 普段はそこまでじゃないと思うのに、浴衣姿と言うのは何故だろうか心を揺さぶる。


「うおおっ!先輩たちキレイっすね!」


「おや、君はコーハイくんじゃない。

 何なに、男1人?寂しいねえ」


「いやいや、先輩たちだって女だけじゃないっすか。

 折角なんで俺も混ぜて下さいよー」


「えー?しょーがないなー!

 なんか奢れよー?」


 しかし、俺の事に気が付かずに話がどんどん進んでいく。

 アイツも先輩たちに連れていかれ、完全にのぼせ上がって俺を忘れている。

 そして、俺は一人になった。


「あの野郎…、明日覚えてろよっ!」


 とは言うものの、自分から話に参加しなかった俺がヘタレなだけ。

 自分でも分かっているから、これは負け惜しみみたいなもんだ。


「はぁ…、どうすっかなー」


 まだ来てから1時間も経ってない。

 帰っても暇だ。

 だからといって、一人でナンパとかそれこそ無理に決まっている。


「テキトーに買い食いして帰っかー...」


 屋台を物色しつつ、適当に歩いていく。

 そう言えば、ここの奥にある神社は出会いの神様が祀られているとか聞いたことがある。


 ご利益が無いなんてみんな分かっているのに、神頼みは止めれないもんだ。

 かく言う俺も、どうせ暇だとこじつけて神頼みしようと考えていた。


 神社の祭りだと言うのに、夏祭りの時はなぜか人がいない。

 せいぜい提灯がぶら下がっていて、それが仄かに参道を照らしているだけだ。


 真っ暗なわけじゃないが、さすが足元が暗いのでゆっくりと階段を上っていく

 怖がりではないけど、この雰囲気で一人で歩くのは結構ドキドキするな。

 どうせなら違う意味の方でドキドキしたかったな。


 そんなくだらない事を考えながら、階段を上りきった。

 何事も無い事にホッとするなか、神社を目の前にしてその佇まいに圧倒される。

 あたりが真っ暗い中に浮かぶ社屋は、怖いと言うよりも凄く神秘的に感じられた。


 その姿に意識を取られていたせいで、俺は気が付いていなかった。

 そこに『何か』が居たことに。


 シクシクシク…。

 ウウゥ、ウッ・・・。

 アァッ・・・ウアア…。


 神社を見上げて呆けていた俺の耳に突然入りこむ何かのすすり泣くような声。

 祭りの喧騒からも遠ざかり、静寂なこの場所にいっそう響くその声が俺の耳に纏わりついた。


「うああっ!?な、なんだ!?

 だ、誰かいるのか!?」


 上擦った声で思わず叫ぶ俺。

 そんな声をあげた自分にビックリする有様だ。


 俺を置いていったあの親友がいたならば、爆笑して茶化してくれていただろうが、彼はいない。

 畜生、絶対明日〆てやる!

 ふと親友の事を思い出して、怒りで恐怖を打ち消す事に成功した。

 冷静になってから、声の主を探そうと辺りを見渡す。


「ううっ…。えっ…。

 だ、だれ!?」


 声の主の方から、こちらに呼びかけてきた。

 声のする方へ振り返ると、神社の境内にある大きな樹木の下で蹲っている着物姿の女性が見えた。

 暗くて顔は見えないが、先ほどと違って人間にしか見えない。


 足は…、うんあるな。

 大丈夫、人だ。


「あ、あの…。大丈夫…ですか?」


 恐る恐る声を掛けて近づいてみる。

 するとその着物の女性も、立ち上がって光のある方へ歩いてきた。


「え…!?」


 その女性は泣いていた。

 目元を真っ赤に腫らし、まつ毛は涙に濡れている。


 でも、それよりも。


「綺麗だ…」


「えっ!?」


 その女性…、いやよく見ると女の子だ。

 濡れそぼった瞳は、日本人には珍しい鈍色をしていてめがくりっとして可愛い。

 髪の色も黒ではなく、透明感がある白に近い金髪。

 着ている着物…、ではなく浴衣が海のように綺麗な青に黄色の向日葵が描かれ、真っ赤な帯が巻かれていた。


「ガイジンさんかな?」


「ぷっ、何言ってるの?私だよ、わーたーし」


 よく見ろと言わんばかりに顔を近づけてくる女の子。

 それは、知らない顔ではなかった。


 彼女は同じクラスの席が後ろの子。

 いつもは大人しく本を読んでいるか、友達の子と話をしているくらいしか知らない。

 教室で会っても挨拶する程度の仲だ。


 こんな積極的な子だったか?そんな事が頭に過ぎった。

 それよりも、衝撃的なのはその髪の毛だ。

 確か、夏休み前までは真っ黒な髪色だった。


「髪の毛どうしたの?」


「あー、これね。

 へへ、クラスで金髪の子いるじゃない?

 もうすぐ夏休み終わるし、思い出作りのために、最後にその子の真似して染めたんだ」


「あー、あのギャルね。

 って、そんな理由で?!

 ゆ、勇気あんなー」


 あははと元気なさそうな笑いを浮かべて、髪の毛をいじる仕草もなんか可愛い。

 何故だろう、浴衣を着るだけでなんでこんなに色っぽく見えるんだろうな。


「え…と。やっぱり似合わないかな?」


 上目遣いで、不安そうに尋ねてくる仕草に心臓が跳ねる。

 その子に思わず『それは反則だーっ!』と叫びたくなるくらいに可愛い仕草。


「い、いや似合っているよ。

 めっちゃ可愛い」


「へ?!」


 ヤバい、思わず口に出してしまった。

 自分でも分かるくらいに顔が真っ赤になる。

 しかし、横目でその子を見ると俺以上に顔が赤くなっていた。


「もう!煽てても何も出ないよ?」


 髪をかき上げながら、上目遣いで俺の顔を覗く。

 その仕草がとっても可愛くて、俺の気持ちがどうにかなりそうだった。


「い、いや、煽てた訳じゃないよ!

 マジで、可愛いと思う」


 一度口にしてしまったし、訂正する事も無い。

 というか、否定したくなかった。

 こんな風に思ったのは初めてだ。


 この時は分からなかったが俺は多分この時に、この子に恋をしたんだ。

 淡く切ない恋。


 思い返すと切なくて、切なくて、どうにかなりそうな。

 そんな、一生に一度の恋。


「そう言えば、なんでこんな所にいたんだ?

 それにその目…」


 自分の事は棚に上げて、なんでこんな人気のない所にきていたのか。

 女の子一人でこんな所にいるのは、俺でも危ないと分かる。


「あ、えへへ。

ちょっと喧嘩しちゃって…」


 ドキッとする。

 まさか、彼氏と喧嘩したとかか?


「だ、だれと?」


 思わず声が上擦る。


「えっと、お母さん…」


「あ、お母さんか!あはは…そうだったんだ」


 本人目の前にして良かったなんて口に出せず、ここのロの中でガッツポーズしておいた。


「なんで喧嘩になったんだ?」


「それが、この髪の色の事で大揉めになっちゃって…。

 そうしたら、『出て行け』って追い出されちゃった」


「まじかよ」


 そんな大事になっているとは思わなかった。

 でも、それだけでここまで泣くもんかな?

 やっぱ、男子と女子では違うのか?


 親友のアイツなんか、しょっちゅう家出したとかで俺ん家に遊びに来てるし。

 んー、今冷静に考えたらあれだと泊まりに来ただけになるか。


 そういや、アイツは先輩と上手くやってるんだろえか?

 もうどうてもいいけどな。


「じゃあさ、帰れるようになるまで二人でお祭り見て回らないか?」


「え?」


「あ、ダメだった?」


「ううん、ダメじゃない!

 というか、行きたい!」


 そう答えた時に見せた笑顔が眩しくて、明るくて、ずっと見ていたいと思った。


 彼女の手を取り、起こしてあげる。

 立ち上がった彼女は、思ってた以上に小さくて華奢で可愛かった。


「わぁ、君ってこんなに大きかった?」


「それこっちのセリフ。

 そんなに小さかったか?」


「えー、これでも平均くらいあるよー」


「そうなのか?

 でも、そのくらいが可愛いよな」


「あぅ。…ずるい」


 最後の方は小声でよく聞き取れなかったが、照れているのが分かった。

 うん、マジで可愛い。

 金髪で浴衣で可愛い仕草とか、ギャップ差というやつなのか?本当に可愛くて悶えたくなる。


「あ、階段結構あったんだね。

 上から見ると、灯篭の光のリレーがとっても綺麗だね」


「おー、本当だ。

 こんな風に見たこと無かったなー」


「なんか、お祭りとか特別な日じゃないと夜に灯りを付けないんだって聞いた事ある」


「じゃあ、今日が特別な日だ。

 あ、危ないよ」


 灯りが付いているとはいえ、足もとは見えないほどくらい。

 ひとりでスタスタと降りようとした彼女を呼び止めた。


「一緒に降りよう」


「大丈夫だよー」


「いいから。

 怪我したら大変だろ?」


「じゃあ…、はい!」


「え?」


「危ないんでしょ?」


 そう言って差し出されたのは、細くて綺麗な手だった。

 爪の先まで綺麗に整えられていて、まるで素肌を見た時のようにドキリとした。


 自分で言い出した事なので、断る訳にもいかずに素直にその手をとる。

 うわっ、柔らかくてスベスベだな。


 俺が手を握ると、一瞬ビクッとなったがキュッと握り返してきた。

 思わずお互い顔を見合わせて、それからぷっと吹き出す。


 それから、しっかりと手を繋いで階段を降りたのだった。


(そうだ、あの時に彼女に会ったんだ。2人で手を繋いで夏祭りを見て回ったんだよな)


 二人で一通り楽しんだあと、二人で花火を見た。

 町の自治会長が花火師の知り合いが居るとかで、小さいながらも何発と打ち上がるので、観覧者は多い。


 大勢に紛れながら、二人ではしゃいで花火を見たんだ。

 その時、俺たちの手はずっと繋がれたままだった。

 離したくはなかった。

 その手をずっと繋いでいたかった。

 その気持ちに応えて、彼女もその手を離そうとはしなかったんだ。


 花火が終わると、辺りが暗くなり皆が帰っていく。

 まだ夏といえ、ここらは盆を過ぎると夜風が冷たい。だから、そのまま残る人はいなくて、皆が帰路に着く。


 そんな中、俺たちは当てもなく歩き出す。

 彼女の家は俺の家とは反対側にある。

 だから、俺の家へ向かうのは彼女の家から遠のいてしまう。


「これからどうする?」


「…にいく」


「え?」


「君の家に行く…、ってダメだよね?」


 流石にこんな時間に女の子を家に上げるなんて、ばぁちゃんがなんて言うか。

 即座に無理だと言おうとした。

 でも、言えなかった。


 彼女は何かを諦めたような、それでいてとても哀しそうな顔をしていた。

 こんな子を誰もいない夜に放り出すと言うのか?

 そんな事は出来ないよ。


「い、いいに決まってるだろっ!

 来いよ、帰れないんだろ?

 ばぁちゃんは…、なんとか説得するよ」


「そ、そんな事ダメだよ!

 私が追い出されただけなんだから、全部私が悪いんだから!だから、君に迷惑かけれないよ!」


「迷惑なわけあるかよ!」


「え?」


「迷惑なわけ、ないだろ!

 なんならずっと居てくれたら嬉しいとか思ってるよ!ばぁちゃんに説明するのは…ちょっとだけ大変だけど、でも迷惑なわけあるかよ!」


 うわっ、勢いでいらん事まで言った気がする。

 でも嘘じゃない。

 いてくれるなら、何時までだって居てくれていい。その気持ちは偽りない本心だ。


「う、うううぁぁん」


「な、なんで泣くんだよ!」


「だって、本当はこのまま一人になるのが怖くて、どうしたらいいか分からなくて、君ともっと一緒にいたくて、でもそんなの無理に決まってるって思ってたから。

 でも、いいって、一緒に居たいって言ってくれて嬉しくて、とっても嬉しくて──!」


 思わず、俺は彼女を抱きしめていた。

 何故か、泣きたくなる程切なくなって、でもはち切れそうなほど嬉しくて、そして、ほんとうに嬉しくて!


 もっと大人だったなら、キスの一つも出来たのに、まだ子供だったから、まだ恋を知らなかったから、抱きしめ合う事しか出来なかったんだ。


 

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