命脈草の収穫及び錬成

「さて、収穫ですかね?」


 アリスは生い茂る命脈草の山を前にして言う。


「それはそうなんだが……多いな」


 土壌の鑑定をすると栄養過多だったものがすっかり普通レベルの土になっており、水分は吸いきられカラカラになっている。命脈草は地面より上の部分に依存しているので表層さえ刈り取れば根は枯れ果てるため見えている部分を刈るだけでいい。


 しかし量が量だ、結構な量が育ちきっており腰ほどの高さまで生い茂った草が青々と茂っている。


「風魔法で刈り取りましょうか?」


「いけるか?」


「まあこのくらいなら楽勝ですね、薬草として使うには根の部分は関係ないのでまとめて切り刻んでストレージに入れれば収穫はできますね」


「じゃあそれでいこうか」


 アリスは少し考えてから聞く。


「お兄ちゃんのスキルではこの刈り取り方で問題無いと分かりますか? 残しておくと水を吸い上げてどんどん増えたりしませんか?」


 俺は答える。


「それについては大丈夫、地面より上の部分を刈ったら根っこの部分は栄養を吸い取る力が無くなって枯れていくから」


「じゃあざっと刈っちゃいますねー」


『ウィンドエッジ』


 スパッっと地表に風の刃がはしり地面すれすれの部分から命脈草が刈り取られる。本当にギリギリの部分でありここまできっちり刈れば根っこが生き残る可能性は無いだろう。


 命脈草は根から大量の栄養と水分を吸い上げるがそれを消費する地上部分を切ってしまえば根は栄養と水分を持て余して腐ってしまう。腐るというと聞こえが悪いが、まだ根に残っている栄養と水を地中に還元してくれるだけだ。


「いい感じに刈れるんだな、やっぱ賢者ってスゲーわ」


「お兄ちゃんの謎スキルも大概だと思うんですがねえ……」


 はて? 農民のスキルなんてたかがしれているだろうに、謙遜するなんてアリスらしくないことをするな。


「できればもうちょい細かくしておいてからストレージにしまった方が使い勝手はいいぞ」


「りょーかい」


 何度か風邪の刃を打ち込んでザクザクと切り刻む。


「いいんじゃないか? 後は収納して帰ろうか」


『ストレージオープン』


 バサッとまとめて植物が収納される。結構な量だとは思うが何の問題も無く地面に開いた空間の穴に吸いこまれた。


「うっし! じゃあ帰りますかね! 後は錬成ですが、こちらはお兄ちゃんにはできないでしょう?」


 俺は頷く。


「そっちについてはさっぱりだな」


「じゃあ帰りましょうか」


 いつも通りポータルが開いてそこに飛び込む。いつもの光景がその先には広がっていた。


「お兄ちゃん、この村って錬金術用の器具はどのくらい売ってましたっけ?」


「基礎的なものばかりだな……本格的にやろうと思うと都市に行かないと無いな、さすがに魔法でなんとかとはいかないのか?」


「魔力のみで合成するのは結構疲れるんですがね……出来なくはないですね。都市に行くとなんでそんなものを買い占められるのか探られそうなのでやめておきましょうか」


「知られると不味いのか?」


 アリスは深々と頷く。


「コレが知られたら絶対に提供をさせられますよ? 私としてはこの村さえ守れればいいので無駄に話を広げるべきじゃないでしょう」


 たくさんあるとは言ってもあくまで畑一つ分の命脈草だ。都市部になってくるととてもじゃないが足りない量になる。


「しかし、都市部の人には申し訳ないな」


 アリスは肩をすくめる。


「人口がそれなりに大きければ医師もいますし、特効薬とまでは言わないまでも薬くらい調達できるでしょう。それはそちらの問題ですよ」


 なんとかなるのだろうか? 俺もこの村には思い入れがあるので見捨てることはできないが、王都などの人たちには少し罪悪感を覚えてしまう。


「お兄ちゃん、他の人に悪いとか思ってるんでしょう? 気にしない気にしない、どーせ王都なんて大量のエリクサーやポーションを備蓄してるんですよ? それが私たちに回ってくることは絶対に無いんです。だったらお互い様としか言えないでしょう?」


 ドライな対応だった。アリスからすれば自分たちのことは自分でなんとかしろと言いたいらしい。確かに王都クラスであれば多少の流行病で全滅したなどという話は聞かない。貧民街に損害が出たと噂で聞く程度だった。


「そういうものか……」


「そうですよ、世知辛いものです、だからこの村くらいは私が守ろうと思ってるんですよ、それに……」


「なんだ?」


「お兄ちゃんとの思いでも詰まってますからね!」


 そう微笑んでアリスは暖炉に向かった。


「何をするんだ?」


「ここが一番火をおこしやすいですからね、屋外で作業をするにはちょっと目立ちますしね」


 そう言っていくつかのフラスコや試験管をストレージから取り出す。これらに見覚えがあると思っていたら両親が『薬草で間に合わないと思ったらこうやるの』と教えてくれたときに使用していた道具だった。農民にはついぞ縁のない物だと思っていたがアリスがちゃんと活用してくれるらしい。


『ジェネレートウォーター……』


 小声で魔法を使い水が試験管とフラスコの中にたまる、どうやら水の生成量は調整が細かくできるらしい。


『フレイムシード』


 小さな炎が暖炉の中に灯った。


「準備はこれで良し……と、お兄ちゃん、ここで命脈草は一回でどのくらいまで出せますかね?」


「カゴ一杯がいいところだろうな。収穫量がちょっと多すぎる」


 しばしアリスは逡巡する。


『ストレージオープン』


 バサッとちょうどカゴ一つ分くらいの命脈草がドサリと落ちる。


「さて、錬成しましょうか……」


『グラビティ』


 それなりの量があったはずの命脈草が一気に圧縮される、不思議な光景に近寄ってみようとするとアリスが『危ないですよ?』と言う。


「これは何をしてるんだ?」


 アリスはビーカーを浮遊する草の塊の真下におく。


「圧縮して絞ってるんですよ、この草、割とたくさん必要なのは少ししか効き目のある成分が取れないからなんですよ」


 どうやら何かの魔法で命脈草を圧縮しているらしい。そしてしばらくしてしずくが垂れる。


 ぴちゃんとわずかな量がビーカーの中に落ちた。


「一かごだとこれがいいとこですかね」


 そういうアリスが持っているビーカーには半分ほどの緑色の液体が入った。


「カゴ一つからこれだけ!?」


「そうですよ、だからたっぷり必要なんじゃないですか。まあ薬にしたら多少薄めても聞くので最終的にはある程度の量になりますよ」


 そう言いながら二かご目の命脈草がドサッと落ちる、初回分の草はまとめて圧縮されてカラカラになったクズになってゴミ箱に捨てられた。


 命脈草が安い理由がとてもよく分かる理由だ、あれだけの量から採れるのがこれだけでは余りにも割に合わない。


「では二つ目を……と言いたいところですが案外多めに採れますね」


 アリスはストレージを開いて一つの瓶を取りだした。酒等を入れるための大きめの瓶だ。


 そして同じことを繰り返して瓶に一杯になるほどの量のエキスと手に入れた。


「これが薬になるのか?」


「まあちょっと書こうが必要ですがね、それなりの上級ポーションくらいの価値はありますよ」


 そしてビーカーを炎の上に置く。何も無いように見えるがそこに棚かなにかがあるように固定されている。


「どうなってるんだ?」


「魔力障壁で錬金用の三脚の代わりにしています。ちゃんと熱は伝わりますしね」


 少ししてビーカーの中身が沸騰を始める、そこに僅かに塩を入れた。


 すると液体は鮮やかな青色に姿を変える。


「後はコレを薄めるだけなんです」


「すごいな、あっという間じゃないか!」


「まあコレを後この瓶の中身が全て変わるまでやらなくちゃいけないんですがね……」


「瓶ごと火にくべたらいいんじゃないか?」


 俺はシンプルな疑問を伝える。


「そうはいかないんですよ、熱が均等に伝わりませんからね。少しずつしか作れないんです、まあ……だからこそ効き目の割に激安なんですけどね」


 その日はその作業を日が沈むまで繰り返し、瓶一本の特効薬が作られたのだった。

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