ジャガイモ畑が荒らされたぞ! 犯人を吊せと妹は主張した

 俺は畑に肥料を撒きに向かった。アリスの善行かどうかは微妙な行為のおかげで大量の合成肥料を買い集めたのでそれを撒くのが俺の役目だ。


 なんとアリスのけんじやちからで大量の作物をあっという間に育てられるようになったのだが、それ自体は良いことなのだが作物を急速に育てるにはそれに見合った肥料が必要だった。


 あっという間に育ちきる代償として土地は見る間に痩せていく。土から減っていく養分を補うために大量の肥料で減った分をカバーしていた。


「アリス、俺は畑に行ってくる」


「はーい、私はこの前の魔物の死体を肥料化する準備をしてからいきます」


 先日の先頭では二体ほど跡形も無く消し飛ばされた魔物はいたものの、大量とまでは言わないまでも多少の肥料になるくらいの量は稼ぐことができた。俺は研究者ではないのでそういったことはアリスに任せて俺の務めを果たしにいく。


 俺がやるべき事は農業だ。農民だからな。それに逆らおうとは思わないが、アリスは俺が農民をやめようとしないのを考えて、せめて豪農にしましょう、と結論が出たらしく我が家の研究担当となった。


 難しいことは賢者様に任せて俺は畑に向かう。今日は種芋を撒いてから三日だ。アリス曰く『それだけあれば十分に育ちますよ』とのことだった。三日で植物が育って貯まるかと思っていたのだが、昨日水を撒きに向かった時に蔓が生い茂っていたのを見て賢者には常識は通用しないのだと思い知らされた。


 どういうやり方でこの育ち方をするのかはさっぱり分からないのだが、アリスが言うには『お兄ちゃんが知らなくていいことです』と言われ、全く教える気は無いようだった。


 まあそれでも構わない。俺は農業をするのが天職であり、アリスが俺の保護から実質的に離れているので俺は自分のことだけをすれば良かった。まあアリスが俺の保護から離れたくないと泣きついてきたので当面のところは俺が二人分を稼ぐ必要があった。


 アリスのやりたい放題の力で稼ぐ方法もあるのだろうが、俺は地道な稼ぎ方の方が好みだった。


 畑に向かうとそこは一面のミドリだった。しかし何かがおかしい……そう、蔓ははびこっているのだがプツプツと細切れになっており、地面には掘り返した後が大量に残っていた。


「芋泥棒……?」


 俺の正直な感想はそれだった。しかし冷静に考えてみるとこの村で盗みを働いたなら何はなくともまず村から逃げるだろう。


 ここ数日で俺たちが連れてきた男女以外のよそ者はいなかったし、そもそも農作物の盗難は重罪だ。国家の基本になる食料を盗むのは国家からの盗みということで厳しく罰せられる。しかし鮮やかに盗み出すことに成功したとしてもその換金性は著しく低い。闇市でやりとりされることもあるがそれは飢饉が起きた時などの例外的な時だけだ。平時から当品を売ったところで穀物なんて買いたたかれるのがオチだ。まともな頭をしていればもっと金のありそうなところから換金性の高いものを盗むだろう。


 もちろん大規模農園の作物をまるごと盗めばそれなりの金になるが、ここの畑では全てを盗み取ったとしても換金してしまうと数ヶ月分の生活費にしかならない。つまりここは盗みを行うにはあまりにも割に合わない場所だと言えた。ついでに考えるが飢饉が起きたという噂は全く聞かないので自分のために盗んだわけでもないだろう。


 考えてみても答えが出ない、盗まれたかどうか手っ取り早く調べてみるか。


 ザクッ


 三ツ又の鍬を畑に突き刺して土を掘り返す。出てきた芋はクズ芋ばかりで商品として流通させることが可能だろうものは見つからなかった。


「これは……」


 明らかに盗まれている。ギルドの治安維持部隊に報告するべき案件なのかもしれない。厄介なことになった。何故わざわざここから盗んだのだろう? いくら豊作になっていても土地の絶対量の差でこの村にはここよりたくさん収穫できる畑はあるはずだ。全く犯人の意図が読めない。


 この荒れ果てた畑を見てアリスはどう思うだろうか? 兄としてとてもふがいないと思う。確かにアリスの力を使えば再び昨日の状態まで戻すのは容易いはずなのだが納得がいかなかった。


「クソッ! なんでこんな目に……」


「お兄ちゃんどうかしたんですかー?」


 気の抜けたような声が後ろからかかった。もちろんその言葉はアリスから発せられたものだ。俺はいいようのない無力感を覚えながらも振り返った。


「すまない……この有様だ……」


 俺はアリスに頭を下げる。コイツにこれだけしてもらっても俺には何もできないのだろうか?


「ふむ……お兄ちゃん、ちょっと退いてくださいね?」


「へ?」


 俺の脇を通って畑を観察するアリス。その目からは光が消えてどこまでも冷静にこの状況を観察していた。


「なるほど……」


 二言三言独り言を言ってから畑をじっくり見ている。興味深そうに、しかし俺はその目の奥深くにどうしようも無い怒りの感情を感じ取っていた。


「あの……アリス?」


「お兄ちゃん、この状況をどうお考えですか?」


「どう……とは?」


「誰が犯人かって事ですよ、言うまでも無いでしょう?」


 犯人……俺が恨みを買った人物がいるのだろうか? 自慢ではないが目立たないが飢えも太りもしないような農業を続けてきた。これといって反感を買うほど大量に出荷したこともない。


 強いて言うならこの前の肥料大量買いだろうが、肥料をまとめ買いした程度で恨みを買うとも思えない。そもそも肥料等を売って得た金は一部が困窮している農家へ支給されている。社会保障に文句を言う奴がいるかどうかは分からなかった。


「それは……わからない、でも俺が恨みを買ってたとしたら……」


「ぶっ殺してやりたくなりますよね?」


 アリスは冷たくそう言ってこの惨状を眺めている。顔色一つ変えずにこの状況を眺めている。まるで他人事のようだった。


「しかし……殺すのはやり過ぎなんじゃあ……」


「もしそれが、ですか?」


 よく分からない、アリスは何が言いたいんだ? まるでこの状況が人以外のものによって起きたようなことを言う……まさか……?


「ああ、さすがにお兄ちゃんでも気がつきましたか。ここに残ってる足跡や畑荒らしに使ったであろう手の大きさ、そして道具を使った様子がほぼ無いことから犯人はおおよそ想像がつきます」


 一体何を言って……


「まさか魔物がやったと? 獣よけは壊されていないし、そんな魔物は……」


「この前、この村の周辺でゴブリンの目撃情報がありました。荒らしたことが丸わかりなのに入り方と出方だけは気を使ったという知能、畑荒らしをするというのに道具を使った後がないこと、そしてコレから犯人はゴブリンであろう事が分かります」


 そう言ってアリスは一枚の鱗のようなものを持ち上げた。鈍く光っておりそれは生き物から剥がれたものであることを予想させた。


「それは一体?」


「ゴブリンの爪です」


 なるほど、ゴブリンなら獣よけの柵を乗り越えることくらいできるだろう。この雑な荒らし方や、人間ならメリットが皆無の畑荒らしをやったことにも説明はつく。


「なるほど、話は分かった。じゃあギルドに討伐依頼を出しに行こうか」


 その時アリスの目が黒く光った。


「何を言ってるんですかお兄ちゃん、冗談きついですよ? こんな事をしやがった下等生物ごとき私とお兄ちゃんで一匹残らず根絶やしにするに決まってるでしょうが!」


 そう吐き捨ててロツドを収納魔法から取り出した。


「ま、まさかアリス……俺たちでそのゴブリンの群れを倒すとか言う気じゃ……」


 微笑みが歪んで、それでも酷く楽しそうな顔をしてアリスは言った。


「ご名答。私たちにたてつくと言うことがどういうことか、しっかり刻みつけて後悔させてやりますよ!」


 アリスの心はどこまでも深く、煮えたぎる怒りが今にも蒸気となって顔から出てくるようだった。


 こうして、俺は人生で始めてゴブリンを討伐することになったのだった。

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