妹が賢者に目覚めたので独立するかと思ったら農民の俺から離れる気は無いようです~おや? なんだかお兄ちゃんのスキルがおかしいような?~

スカイレイク

賢者になりました

賢者覚醒

 職業見定めの儀、それはこの世界の全てを支配する神の権力の粋を極めた人一人の生き方を決める儀式。それを俺は十五歳になった二年前に済ませて『農民』という何の変哲もない職業についていた。


 この生活は退屈なものだったが俺に不満は無かった。冒険者だの傭兵だのと言った波乱の人生を宣告される人たちもいる。もちろん生活レベルは俺みたいな人間より上なのだが、俺は人生を危険と隣り合わせで生きたいとは思わない。


 だから俺自身はこのままスローライフを過ごせれば起伏のない平凡な人生を生きて死ぬはずだった。


「お兄ちゃん! 今日は私の職業が決まる日だって言うのに畑を耕してるんですか?」


 そう聞いてくるのは妹のアリス。コイツは俺と二歳差で今日が一生を決める儀式の日だった。世界の神様は大変平等であり世襲制の貴族王族以外は天職に就くことが出来る。親の職業など全く関係なく無作為に決まる職業で人生が決まってしまう。


 平凡な職を言い渡された人たちは不平を漏らすこともあるが、農民だって悪いもんじゃない。国家間の戦争や魔物の討伐にかり出されることはないんだから多少貧しいことくらいは我慢するべきだろう。


「お前はどんな職になるんだろうな?」


 アリスは大きな胸を張って言った。


「私ですからね! 商人辺りになってお兄ちゃんの作るものを売って生きていきたいですね」


「案外『勇者』とかになったりしてな?」


 アリスはクスクスと笑って俺に言う。


「私はお兄ちゃんと静かに暮らせれば満足ですよ」


 そう言って神殿の方に歩いて行った。両親が戦闘職になったので早くから俺たちに両親はいなかった。しかし俺が農民という職に就いたので貧しいながらも暮らして行くには不自由しなかった。


 少なくともアリスに食べさせてやれるだけの小麦やジャガイモは賄えたので、植えるようなことは無かった。もし俺が戦闘職だったら前線にかり出されてアリスは孤児院送りだっただろう。だから俺は農民が天職だと思っていた。


「よう! お二人さん! 今日はアリスちゃんの将来が決まる日だねえ……あのちびっ子が大きくなったもんさね。こりゃあ案外大物になるかもね?」


「やめてくださいよクローヴさん! 私はお兄ちゃんと慎ましやかな生活が出来ればいいんですよ」


「欲がないねえ……ラスト、あんたはどう思ってるんだい?」


「俺はアリスに危険な思いはさせたくないですね。商人や学者辺りがいいんじゃないでしょうか」


 俺はそう答える。


「ま、頑張りな! あんた達の親はこの村を守ってくれてたんだからね! 神様だって少しくらいはひいしてくれるさね」


 そう言って村の宿屋の主人のクローヴさんは笑いながら去って行った。


「じゃ、お兄ちゃん! 行ってきます!」


 そう言って元気よく畑を出て街の中心にそびえる神殿の支部に向かっていった。俺はそれを見送りながら、アリスが一生を幸せに生きられる職業を与えられることを神様に祈るのだった。


 その日は晴天であり、平凡な一日が続くと思っていた。しかしそれは太陽が空の真上を過ぎた頃に唐突にやってきた。


 儀式を終えたのだろう、アリスが帰ってきた。何故か『数人のお付きを連れて』


 俺はなぜアリスが集団を引き連れて返ってきたのか分からずポカンとしてしまった。そして妹は五人ほどの男に何やら言われながらも俺の方へと向かってきた。


 そして俺と話が出来るほどに近づいたところで言った。


「お兄ちゃん! 私の職業は賢者なんですって!」


「賢者!?!?」


 思いも寄らない言葉に俺は言葉を失う。賢者という職業もあるらしいとは知っていたが、この辺境でそんな職に見出される人は一人もおらず、大抵が平民として暮らしていた。だというのに……まさか妹が賢者とは!


「アリス、本当なのかそれは?」


「本当ですよ、まあ賢者は戦闘以外のことも出来るそうなのでお兄ちゃんのお手伝いをして暮らそうと思ってます!」


 職業は決められても生き方は決められない。勇者や傭兵が魔物を倒して暮らすように世界が出来ている、しかし賢者というのは暮らし方の指針というものさえほとんど無く、時にはアルケミストのようなことをしたり、時には魔道士のようなことをしたり、これといって決まった収入源は無く、自由にお金を稼ぐことが出来ると聞いたことがある。


「マジかよ……で、後ろの人たちは?」


 後ろに立っている五人は俺に一礼をした。


「私たちは国のスカウトです」


「はぁ……? それでスカウトさんがアリスに一体なんのご用でしょうか?」


「はい、実は我々は儀式で勇者や導師と言った希少な職業を見出されたものを王都へ呼び寄せているのです」


 なるほど、優秀な人間は王都で囲っておきたいという考えか。


 さらに一人の男が言う。


「実はアリス様を是非王都で国のために研究所に入っていただきたいと招待しているのですが……」


 それをさえぎってアリスは言った。


「私はここから出る気はありません! お兄ちゃんの畑を手伝って生きていくんです! 賢者なので土壌改良や降雨の魔法だって使えるんですよ! まさに農家が天職じゃないですか!」


 男が困り果てたように言う。


「妹様がこの調子でして……お兄様に王都へ向かうように説得していただけないかと思いまして付き従った次第です」


 アリスは強情だもんなあ……しかし俺には賢者の力は農家としては魅力的だった。天候や気温まである程度操作でき、肥料の合成も出来る賢者という職は正直あるととても有り難い助力だった。


 俺は本人の意思を尊重するためアリスに問いかけた。


「アリス、お前はどうしたいんだ?」


 アリスは大声で宣言をした。


「私はここで賢者として農業をします! 王都なんかに行くつもりはありません! それともなんですか? お兄ちゃんも王都に連れてきてくれるんですか?」


 男は困惑して言う。


「いえ……それはちょっと……」


 農民は食料生産の要としてそれ以外の生き方を認めていなかった。自由にしてしまえば国内の食糧事情が滅茶苦茶になるのは目に見えているから農民を与えられたものは例外なく農家として一生を終えることが決まっている。


「じゃあお断りですね。お兄ちゃんと一緒に暮らせないならそれは悪い生活です! いくら質素でもここでお兄ちゃんと過ごせる方がいいです!」


「しかし……農民を農業から離れさせるわけにはいかないのですよ。国の食料庫に影響しますからね」


「ではどうぞお帰りください! 私はここから離れるつもりはありません!」


 そう力強く宣言して男達を追い返した。おそらく下級貴族だったのだろう。ものすごく渋い顔をしながら去って行った。賢者はなった時点で強大な魔法を使えるので、職業を与えられたわけでもない貴族は勝てるはずもなく強く出ることが出来ないようだった。


 そうして波乱の一日が終わり、質素な夕食を家のテーブルに並べて聞く。


「アリス、もったいないとか思ってないか? 俺のことなら……」


「ストップ! ここに居るのは紛れもない私自身の意志ですよ! お兄ちゃんが気に病む必要なんてこれっぽっちも無いんです! だから明日からお兄ちゃんのお手伝いしますね! 何しろもう無職じゃないんですから!」


 そう高らかに宣言して俺と賢者様は質素な寝床に寝ることになったのだった。

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