第19話 祝福 ~前編~


「姉上と外泊なんて楽しみです」


「そうだね、二年ぶりかな?」


 二人は王都から離れ、冒険者として馬車に乗って隣の領地へ向かっていた。

 公爵家の物だが、裕福な平民が使うようなシンプルな作りの馬車である。外見は。

 中は豪奢でゆったりと過ごせるように設えてあり、二人は御茶を片手に雑談中。


「しかし揺れないね。凄いなリカルドの魔術具は」


「ようは車体部分が水に浮いていて振動が来ないだけなんですけどね」


 車軸と車体の間に発生させた水が、振動を緩和させているらしい。


 吊るしてあっても振動はあるからなぁ、やっぱ凄いわ、その発想が。


 こうして御茶をしていても全く問題がない。


「屋敷にいると誰かしら来そうですからね。これから週末は冒険者として遠征しましょ。うん、それが良い」


「凄かったしな」


 思わず遠い眼をするリカルドに、ドリアは苦笑した。


 カフェテリアの一件以来、何かと周囲の探りが酷くなったのだ。王太子に至っては屋敷にアポなし突撃まであり、王家に厳重注意を御願いしたが、反応は良くなかった。


 あれじゃあ止められまい。


 結果、屋敷にいないのが一番だと判断し、二人は現在馬車の中。

 隣領地の精霊から魔石を得てくる依頼を受けた。

 各地には精霊の宿る泉があり、それぞれの属性の魔石を手に入れる事が出来る。

 精霊が魔石を与えてくれるのは魔術師にだけ。魔力を持たない者には視線もくれない。

 魔法を使えるのは高位の貴族なので、本来、冒険者に出される依頼ではないのだが、幸運な事に魔術師の一人が協力を申し出てくれたらしく、その護衛をドリア達が受けたのだ。

 そして魔石が欲しいリカルドの思惑も絡み、二人にとっては遠方な事も好都合なので引き受けた。


「そろそろ街ですね。ギルドで待ち合わせでしたっけ?」


「うん、ギルドで魔術師と合流して、霊峰の泉に向かうらしい」


 隣の領地にある御霊峰は観光名所にもなる見事な山だ。ドリアも初めて見るので楽しみである。

 わくわくと窓の外を眺めるドリアを見つめ、リカルドは心底嬉しそうに顔を緩めた。


 こんなに幸せで良いのか。


 だが、恍惚とした至福に酔うリカルドを現実に引き戻したのは、ギルドで待つ魔術師だった。




「何で、お前がいるーっっっ!!」


「随分な挨拶だね」


「あ... いや。でも本当に何故ですの?」


 憤慨するリカルド、飄々とする魔術師、思わず淑女化するドリア。

 なんと二人の目の前にはアンドリウスがいた。

 高貴な雰囲気を醸す彼は、似合わない冒険者風のローブを身につけ薄く笑んでいる。


「魔術師なんだ。高位の貴族が来ることは事は御察しだろ?」


 確かにその通りだが、まさか彼とは思わなかった。


 他の人間ならば誤魔化せただろう。髪と眼の色が違うだけで、かなり印象は変わる。

 しかし、学院で常に顔を合わせている彼を誤魔化せる訳はない。


 アンドリウスは人の悪い笑みを浮かべ、薄く眼をすがめた。


「なるほどねぇ。秘密のお遊びな訳だ。冒険者をやっているなんて存じませんでしたよ。....公爵閣下」


 ヤバい、こんなんバレたら醜聞間違いなしだ。しかも他にバラされたら、もう二度と冒険者はやれないだろう。


 唯一の息抜きだったのに......


 うくっと唇を噛み締めるドリアの頬に、アンドリウスがそっと手を添える。

 そして慈愛に満ちた眼差しで、彼女を見つめた。


「事情は存じませんが、貴女を困らす事は致しませんよ。口外されたくないのでしょう? 誰にも言いません。心穏やかにどうぞ」


 思わず瞠目するドリア。アンドリウスはクスリと笑うと、そのままドリアの頬にキスをする。

 軽く甘やかな唇の感触。

 思わず固まるドリアの肩を何かが走った。それはリカルドの足。

 途端、額に突き抜ける蹴りを食らい、アンドリウスは後ろへ吹っ飛ばされる。

 正確無比な蹴りは見事に決まり、ふわりと着地したリカルドは、忌々し気な瞳で辛辣にアンドリウスを睨めつけた。


「ふざけるな。殺すぞ?」


「いや、それ、君の場合、冗談にならないからっ」


 同じ魔術師として、目の前の公爵は規格外だ。それを知るアンドリウスは、真っ赤になった額を押さえながら後ずさる。

 彼がその気になれば、殺害の痕跡も残さず死体を抹消出来るだろう。

 だからこそ王太子が公爵に喧嘩を売らないよう、ドリアを諦めるよう、アンドリウスは苦労しているのだ。


 で、まあ。ここに二人が現れる事をフランソワーズから聞いたアンドリウスは、魔術師である事を利用して、この依頼に参加した。

 狼狽える二人に悪戯心が湧き、ついついからかってしまったが、危うく命懸けになるところである。

 痛みで涙眼になりながら、アンドリウスはブツブツ呟いた。


「逆に僕で良かっただろうが。解った上で黙っていてやるんだからさ」


「はあ? 姉上の柔肌に口付けたんだ、御釣りどころが借金モンだぞ、お前」


「そこまでっ???」


 本気で言ってるに間違いないリカルドを呆れたかのように見つめ、先程のキスを思い出す。


 肌理が細かく柔らかい頬だった。うん、あれは役得だったかも。蹴りを食らった甲斐はあったな。


 思わずニヨニヨと口角を上げたアンドリウスが、再びリカルドの鉄槌を食らったのは言うまでもない。


 頭は良いが、根がおバカなアンドリウスだった。

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