その2(2021/10/26)

 ……………‼


 案の定、急いで着替えたがためにラフな格好のまま外へ出てきてしまったわけで、結構な肌寒さを遺憾に思いつつも、繋ちゃんと共に北風を一身に受けている。強く言えば、上着の一枚でも羽織る時間くらい貰えたかもなー…。


「先程私はキリスト教のルーツを完全に否定しさえしましたが、この宗教も現代に至るまでに大きく関わっている所でもありまして、「ハロウィーン」、つまりHalloweenという言葉の起源は、キリスト教徒の祝日から来ているんです」


「…それはもう実質キリスト教なんじゃないのか?」


「だから、取り込まれたんですって。キリスト教会の中でも、ハロウィーン自体をキリストの祭典として認めない人は数多くいますから」


「つまり…、君の話したかった俺への本題は、ハロウィーンの本質…ハロウィーンという行事そのものにあるわけか。…死者の霊が家庭を訪れるだとか…それこそ、さっきの繋ちゃんみたいに」


「ふふふ…そうですね」


 …らしくない笑い方をする繋ちゃん。珍しく、完璧な肯定を見せたようである。


「…せっかくだから、詳しく教えてもらえないかな。ハロウィーンの起源ってやつ」


 お願いをすると、繋ちゃんは大して勿体ぶりもせず説明を始めた。


「ええ、いいでしょう。…今週末、10月31日というのはですね、今で言うヨーロッパのフランスとドイツの間当たりにアジアから渡来した、古代ケルト人という民族の暦では、一年の終わり…大晦日でした。ハロウィーンは、そうした一年の変わり目における祭事だったというわけですね」


「…たしかに、俺達の現代日本における大晦日でも、大掃除だとか、家屋を整えて、山から降りてくる神様を出迎えるんだったか…そう聞いてみると、共通点はあるな」


 斜めに叩き斬った竹を飾り付けて、笑う門には福来る、とかな。どうやらハロウィーンの場合、やって来るのは災いのようだが…というかそういうのに関して日本って、竹の断面が笑っているように見える、というの始めとする洒落っけの数々、さすがに無理がないか? …くりぬいて笑顔を作るぐらいの加工をしても誰にも怒られないと思うぜ。多分。


「…ええ、ええ、聡明ですね。そうなんです。一年に一度、一年の終わり、秋の終わりであり冬の始まりでもあるこの季節、死霊が生前の家族を訪ねてやって来る…と同時に、悪い魔女や精霊を活動を始め、死者に紛れて災いをもたらそうとするので、それに備えて仮面を被ったり、魔除けの焚火をしたりしていたわけですね」


「それが、いわゆるジャック・オー・ランタンか」


「ん、いやー…間違ってはいないとだけ言っておきましょう」


「何だ、微妙なのか」


「そもそもあれは定義や趣旨が忘れられている節があるんですよ。祖先を祀って疫病神から助けてもらおうだとか、現世に囚われ、安住の地を求めている鬼火だとか。キリスト教へ取り込まれる時なんかにね」


「なるほどなるほど」


 たくさん頷く。するってっと、『今の話において扱うべきジャック・オー・ランタン』は、伝承におけるもっとも原始的なそれというわけか。キリスト教の介入のない、灯火というわけか。


「いや、別に私はジャック・オー・ランタンの話をしたいわけじゃないですけれど」


「おや、そうだったか」


「おや、じゃないですよ、全く。話題を逸らしてくれちゃって」


「いやいや、君が曖昧な返答をするのがいけないんじゃないか」


「ええ、ええ、ともかく。私は何も雑談をしたくてあなたの家を訪問したわけじゃないんですよ。誰が好き好んであなたに会いに行かなきゃいけないんですか」


「わかったわかった…」


 別に、ハロウィーンの豆知識を披露しに来たわけではなかったんだな。

 外に出しただけあって、協力を仰ぎたい何らかの仕事があるのだろう。


「どうにもこうにも関係のない話が続きましたが、そろそろ閑話休題といきましょう。…私はあなたに、『無霊隊むりょうたい』に、警告を出しているんですよ」


「何?」


「ハロウィーンのイベントとしての趣旨は、死霊となった家族の、限られた期間の再会にあるわけです。お彼岸なんかと同じようにね。…何か、引っかかる部分がありませんか?」


「まさか…」


不可思議刀リアライザーの発動条件を、充分に満たしていると、思いませんか?」


 ———正体不明で人が消える、人が死ぬ。超常的な殺人、もしくは失踪…およそ人間には不可思議な事象。この街では、それが誰となく気付かぬうちに、日常茶飯事の様に起きている。そして「俺たち」は、『それ』を知っている。

人からは全くもって理解不能なその真相は、『不可思議事象』と呼ばれている。


 …そして、その原因にあたる魔の刀、『リアライザー』。人知を超えた謎の兵器によって、その事象は生み出され続けるのだ。


「…つまり、誰でもハロウィーンそのものを『知っている』からこそ、容易く不可思議が生まれ、そしてイベントに乗っかる街の人達は、無差別に襲われる可能性があるというわけか。…なるほど、言いたい事はわかった」


 しかしだな、この街の全ての家を走り回って確認をして、もしくは不可思議事象に対応をするとして、そんなことが可能なのか? 

 だいたい、具体的にどう対処すればいいというのだ。


「簡単です、ハロウィーンの飾りつけなどの、ハロウィーンのイベント的なルール。各家庭、その存在意義を無くしてしまえばいい」


「…つまり?」


「さして高価そうなものでなければ没収。陶器なんかの場合、場所をずらしてさし上げましょう」


 できれば一人でやってて欲しいものだが…しかし、それでは間に合わない可能性は大いにあり得る。


「そうだな…! 鋏くん、合点承知の助だぜ。ただ俺なんかだけでは足りないんじゃないか。俺以外にももっと協力を煽ごう‼」


 とりあえずと言って、この肌寒さを好意的に捉えられるように、大きく腕を振って走り出したのだった。

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