第25話

 学校祭一日目は特に波乱もなく午後になっていた。私は舞台に立って何事もなく演じきっていたのだが、いつもと変わらずに一言も発しないまま舞台の幕は下りていた。愛莉ちゃんも若井先生も私に向けて温かい言葉をかけてくれてはいるのだけれど、その言葉が今の私には突き刺さってしまう。私は自分の中では一杯努力もしたし勇気も振り絞ろうとした。それでも、私は舞台に立って信寛君を見ているだけで時間だけが過ぎていっていた。

 午後からの公演は夕方開始なので口内を見て回る時間はあるのだけれど、私はとてもそんな気分にはなれなかった。愛莉ちゃんは私に気分転換も必要だと思うよと言って誘ってはくれていたのだけれど、私は部室に一人残って次の公演の準備をしていた。

 準備といっても私は恭也さんの仕立ててくれた衣装を着てただ立っているだけなのですることは何もないのだけれど、今の精神状態でみんなの前に出てしまうと泣いてしまうんじゃないかと思って、人前に出ることは出来なかった。

 少しだけお腹が空いてきたので若井先生が差し入れに持ってきてくれたどら焼きを食べようかなと思って選んでいると、突然部室のドアが開いた。そこに立っていたのは高橋君だった。


「お疲れ様です。午後の回も明日の二回も見に行くんで頑張ってください」

「ありがとう。でも、私は立っているだけで何もしないからさ、頑張るのは信寛君だけだね」

「いや、宮崎先輩は凄い頑張ってると思います。俺は奥谷先輩とか山口先輩に比べたら宮崎先輩の事を何も知らないって状態かもですけど、それでも宮崎先輩があの舞台に立っているだけでも凄い頑張ってるって知ってますから。俺が初めて宮崎先輩を見た時って凄い綺麗な人がいるんだなって思ってて、ちょっとお話してみたいなって思ってたんです。でも、宮崎先輩って俺の方を見てくれた事って一回もなかったんですよね。宮崎先輩が見ているのは奥谷先輩ばっかりだったんで、宮崎先輩もやっぱりカッコいい人の方が好きなんだなって思ってたんです。ですけど、いろんな先輩の話を聞いてるとですね、宮崎先輩は面食いなんじゃなくて極度の人見知りで幼馴染である奥谷先輩と宮崎先輩としか仲良く話してないって知ったんです。でも、そんな宮崎先輩が後輩の中では朋花とけ話しているのを見て、同じ趣味を持っていると宮崎先輩と話せるんじゃないのかって思ったんです。でも、俺は不器用だしセンスも無いからそんなことが出来なかったんですよね。それで、俺は宮崎先輩がいつも見ている奥谷先輩と一緒に居れば俺に対する警戒心も薄れるんじゃないかなって思ったんですよ。そのお陰かわからないですけど、こうして顔を見てもらえるくらいには信頼してもらえるようになったと思うんですよね」

「信頼って言うか、高橋君は普通に良い子だし、私が変な人に絡まれていた時も勇気を出して助けてくれたでしょ。そういうところは好きだよ」

「待ってください。そんなに軽々しく俺に好きとか言っちゃ駄目です。俺は山口先輩から聞いて知ってるんですけど、今日と明日の舞台で奥谷先輩に想いを伝えるんですよね。それなのに、そんなに軽々しく俺に好きとか言っちゃ駄目です。その言葉は大事に取っておいてください」

「ありがとう。昨日は朋花ちゃんと奥谷君の妹の美春ちゃんと愛莉ちゃんに勇気をもらったんだよね。でも、午前中は貰った勇気を自分の中から外に向けることが出来なかったんだ。そこにさ、高橋君からもらった勇気も加えればきっと大丈夫だと思うよ。本当にありがとうね。そう言えば、朋花ちゃんに告白はしたのかな?」

「それなんですけど、まだ出来てないんです。午前中は一緒に舞台を見ていたんですけど、幕が下りた時にはもういなくなってまして、いくら探しても見当たらないんですよ。もしかしたらと思って部室に来たんですけど、ここにもいないみたいでして。こうなったら午後の部が始まるまで会えないんじゃないかなって思うんですけど、その時は俺も勇気を出すんで宮崎先輩も頑張って下さい。舞台に立っているだけでも大変だと思いますけど宮崎先輩ならきっと奥谷先輩に想いを届けることが出来ると思いますからね。じゃあ、俺はもう少し他の所に朋花がいないか探してみます」


 高橋君は本当に優しい子だと思う。朋花ちゃんとお似合いだと思うし、朋花ちゃんが少しでも素直になって気持ちにちゃんと向き合ってくれるといいのにな。

 よし、私も午後の部に向けて気持ちを切り替えることにしよう。とりあえず、誰か探して一緒に何か食べることにしようかな。


 空腹のままじゃ、頑張ることも難しいもんね。

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