第3話

 相談をする目的で愛莉に会いに行くときはいつも緊張してしまう。愛莉と奥谷君の前では緊張しないと思っていたのだけれど、改まった気持ちで会いに行くとなるとどうしても緊張してしまうのだ。普通に遊ぶ時は足を崩して座っているはずなのに、相談事がある時はどうしても正座になってしまう。今までも何度かそんなことがあったので、愛莉はもう私が相談に来たという事には気付いているみたいだった。


「それで、今日は何の相談があった来たのかな。もしかして、今年の舞台は言ってみたいセリフがあるとかかな?」

「いや、そうじゃなくてさ。出来ることならあの舞台は他の人に変わってもらいたいくらいだよ。それこそ、今度の舞台で奥谷君と一緒に主役をやる朋花ちゃんとかさ」

「ああ、あの子ね。あの子の芝居は何度か見たことあるけど、不思議と見てるだけで引き込まれる独特の空気感があるよね。私は舞台とかあんまり見てるわけじゃないけど、あんな風に気持ちを掴まれる経験ってしたことなかったな。でもさ、泉は立ってるだけでそれが出来るんだからもっと凄いよね。せっかくだし、何かセリフでも付け加えてみようか」

「だから、そうじゃないって。私は今年の舞台に出るとは言ってないし、それこそ、私の代わりに朋花ちゃんを主役にしたらいいじゃない。私とは違った舞台になると思うよ。って、そうじゃなくてさ、来週の日曜の事で相談があるんだよ」

「来週の日曜か。来週の日曜は予定があるから助けることは出来ないかも。私はデートの約束しちゃってるからさ。最近ちょっとお互いに忙しくて会えなかったんだけど、それもあって日付をずらすことが出来ないんだよね。ごめんね」

「あ、いや。直接助けてって事じゃなくてさ、アドバイスが欲しいって事なんだけどね。私よりも愛莉の方が恋愛経験あるから参考に話を聞かせてもらいたいなって思ってさ」

「私はさ、恋愛経験豊富って程でもないし泉の参考にはならないと思うけどな。もしかして、来週の日曜にデートの予定でも入ったの?」

「いや、デートって言うか、映画を一緒に見に行くって感じなんだけど」

「へえ、もしかして、私の意見を参考にするって事は、相手は朋花だね」

「うん、朋花ちゃんもいるんだけど、奥谷君と高橋君も一緒なんだよね」

「え、奥谷もいるの?」

「そうなんだよ。今週は無理だけど来週なら空いてるよって言ってくれたみたいでさ。本当に珍しいよね」

「奥谷がいるんなら私も行ってみたい気持ちになるけどさ、さすがに久しぶりのデートをずらすほどのイベントでもないよな。梓に教えたら驚きそうだけどさ、学校外で奥谷と一緒にいるって相当レアなイベントのような気がしてきた。ちょっと梓にメールしてみようかな」

「奥谷君って受験勉強していた時以外は学校でしか見かけなかったもんね。噂では部活の打ち上げには参加してたみたいだけど、クリスマス会とか新年会は参加してなかったって言うもんね。クラスの男子たちは奥谷君を餌に女子を誘おうとしてたみたいだけど、奥谷君がそういうのに参加しないってのはみんな知ってたからね。理由までは知らなかったみたいだけどさ、奥谷君らしいと言えば奥谷君らしいよね」

「それなんだけどさ、奥谷が家に引きこもっているのって何か理由あるの?」

「え、愛莉は長年奥谷君と一緒のクラスなのに覚えてないの?」

「うん、覚えてないって言うか、私は男子にあまり興味無いからね。奥谷に勉強を教えるのは面白かったけど、話してて特別面白いと感じたことは一度もないかも。で、奥谷が出歩かない理由って何なの?」

「本当に覚えてないんだね。奥谷君に妹さんがいるのは覚えてる?」

「いや、初耳のような気がする」

「そんなわけないでしょ。勉強会は時々奥谷君の家でやってたけど、その時に奥谷君の妹さんと会ってるよ。覚えてない?」

「あ、あのかわいい子か。誰かの家で勉強を教えている時に可愛い女の子がいた記憶があるんだけど、それって奥谷の家だったんだね。今初めて知ったかも」

「ちょっとちょっと、奥谷君に興味が無さ過ぎでしょ。まあ、愛莉がそんなんだから私も相談しやすいんだけどさ」

「で、奥谷が出歩かない理由って何なの?」

「愛莉は誰にも言わないと思うから言うけど、奥谷君の妹さんって紫外線に弱いんだよね。日中に出歩くと酷いときは肌に水膨れが出来ちゃうみたいなんだよ。それでさ、妹さんが自由に外で遊んだりできないのに自分だけ遊びに行くのは申し訳ないって理由で極力家にいることにしてるんだってさ。やっぱり、自分の兄が好き勝手に外で遊び歩いていたら妹さんも辛いんじゃないかなって考えてるって言ってたよ。妹さんは気にしてないみたいだけどね」

「へえ、奥谷って意外と家族思いなんだな。見た目からは想像もつかなかったよ」

「いや、見た目通りのいいやつでしょ。愛莉の目にはどう映ってるんだよ」

「どうって言われてもな。私は本当に奥谷に対して興味が無いから壁とか天井にしか見えてないかも」

「いやいや、さすがにそれは酷すぎると思うよ。奥谷君はカッコいいんだから他の男子とは区別しとこうよ」

「さすがにさ、私も奥谷の声を聞けばすぐに区別は出来るよ。他の男子の事はあんまりよくわかってないけど、奥谷は長い付き合いだから声を聞けばすぐに分かるさ。あ、梓からメール返ってきた。なになに、奥谷が出かけてる姿を見ると幸せになれるって噂があるからデートは映画館でもいいよ。だってさ。そんなわけで私と梓も映画を見に行くことになりました。でも、さすがに六人で固まるのってどうかと思うんで、私達は別の映画を見るかもしれないけどよろしくね。ちょうど気になってたアニメの劇場版もやってるし、それを見に行くか梓に聞いてみようかな」

「奥谷君って幸運を招くレアキャラみたいな扱いなんだね。学校でも奥谷君を見かけた後輩は男女問わずにソワソワしてるのってそういう事もあったのかな。その割には、奥谷君とよく話してる私にあんまり幸運がやってきてないんだけど、信ぴょう性ってどうなんだろうね」

「何言ってんだよ。泉は他の誰にも負けないくらい幸運を与えられていると思うよ」

「え、どこが?」

「だってさ、奥谷と私と幼稚園からずっと同じクラスなんだぜ。それってかなり幸運な事だと思うけどな。ま、私は泉よりも先に幸せをつかんだけど、それも泉と奥谷のお陰だって思ってるからさ。で、肝心の相談って何だっけ?」

「そのさ、映画を見に行くときにどんな格好をしていったらいいと思うかな?」

「どんなって、制服じゃなければ何でもいいんじゃない。私はファッションに興味は無いけど、自分がいいなって思う服なら何でもいいと思うよ」

「え、愛莉って服に興味ないって嘘でしょ。あんなにオシャレな服をたくさん持ってて、着こなしとかも凄い決まってるのに、興味無いわけないでしょ」

「ああ、それね。私のお兄ちゃんが勝手に全部決めてくれてるんだよ。今は服飾系の専門学校に行ってるんだけど、私のために作った服を送ってきては着てる写真を送れって言ってくるんだよね。で、お兄ちゃんに褒められた服を着てるだけだからね」

「いいな。私は何回かしか会った事ないけど、愛莉のお兄さんってオシャレだもんね。雑誌で見るような私には想像もつかないような服を着てるのに決まってたもんね。時々コスプレしてるのは面白かったけど」

「そうなんだよね。私はお兄ちゃんの影響でオタクになったってところもあるんだけど、イベントに来ていくコス衣装とかも作ってくれるんだ。それが無ければお兄ちゃんの指定してくる服とか来てないんだけど、私のお小遣いじゃ衣装を買うことも作ることも出来ないから仕方なく従っているんだよね。でさ、最近はお兄ちゃんだけじゃなくてお兄ちゃんの同級生も私の服を作ってくれるって言いだしたから、私はどうしたらいいかわからないんだよ。そうだ、お兄ちゃんの友達が作るのは私のじゃなくて泉のにしたらいいんじゃないかな。それって、凄いいいアイデアかも。泉って顔も綺麗だしスタイルもいいから作る方も作り甲斐がありそうだし、泉も他の人の作る服を見たらアイデアが広がるかもしれないよ」

「確かに、それはいい考えかも知れないけど、問題は相手の人が愛莉のためじゃなくて私のために作りたいって思うかどうかの話じゃない?」

「そうだね。とりあえず、お兄ちゃんに電話してみるよ。私も一日に何回も服を着替えるのって辛いと思ってたからさ。そうそう、私の服を作ってくれる人は皆女の人だから安心してね」

「服飾系って男性もいるイメージだったけど女性も多いんだね」

「いや、男性もいるみたいなんだけどさ、お兄ちゃんが男の作った服に袖を通してほしくないって気持ち悪いこと言ってるんだって。私は誰が作ったかなんて興味無いんだけど、お兄ちゃんは嫌みたいだよ。あ、お兄ちゃんに繋がった」


 私は映画を見に行くのにどんな服装で出かければいいのかオシャレな愛莉に聞きに来たはずだった。愛莉のお兄さんがオシャレな人だから愛莉もセンスがあるのだろうと思って相談してみたところ、愛莉はお兄さんたちが用意した服を着ているだけだったという事実が判明した。

 そして、なんだかわからないのだが、愛莉に色々な角度から写真を撮られていた。


「よし、指定された写真は全部撮ったから後はお兄ちゃんに送るだけだね。あとは泉の大まかでいいんでスリーサイズを教えてもらってもいいかな?」

「え、さすがにそれはちょっと教えられないかも」

「そうか。じゃあ、あんまりタイトな感じじゃなくてゆったりした感じのシルエットにしてもらうね。でもさ、身長は泉の方が高いけど、私の方がバストはあるかもしれないね」


 確かにそうかもしれないのだけれど、体重は私の方が軽いんだから仕方ないと思う。身長が高い私の方が軽いんだから胸に脂肪がついてなくたって仕方ないじゃない。


「あ、お兄ちゃんに写真を送ったらお兄ちゃんの友達がやる気になったって。もしかしたら、来週の土曜日にはいくつか服を作ってきてくれるかもって言ってるよ。これで、デートの時に着る服に悩まなくて済むかもね」

「ありがと。期待して待ってるよ」


 そうなのだ。愛莉は私の相談に真剣に乗ってくれているとは思えない態度をいつもとるのだけれど、ちゃんと私の相談に答えを出してくれるのだ。それも、毎回私が期待している以上の答えを用意してくれるのだ。

 それにしても、来週の土曜日って一週間くらしかないのにそんなに簡単に服を作ることが出来るのだろうか?

 私が作ってきた衣装は舞台用という事を考えても一週間でどこまで出来るのか想像もつかない。そもそも、私は自分でデザインを起こしたことが無いのでその苦労も理解していないのだ。


 でも、私のために作ってくれた物がどのような仕上がりになっているのかは気になってしまう。


「あ、来週の土曜はお兄ちゃんが友達を連れてくるって言ってるからさ、泉のファッションショーを開催出来るって。以前作ったやつで泉に似合いそうなのが沢山あるって言ってるよ」

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