片思い同士の初恋

釧路太郎

第1話

 春の日差しが柔らかく私を包んでくれているのだが、残雪の残る日陰はまだ肌寒いので厚手のタイツを履いてきたのは正解だったと思う。幼馴染の山口愛莉は冬でもタイツを履かず生足なのは若さをアピールしているためではなく、タイツの締め付け感が好きになれないという理由らしい。私は愛莉とは幼稚園からの付き合いで、小学校と中学校ではずっとクラスが一緒だったのだが、高校三年間もずっと同じクラスだったのはまさに奇跡と言っていいだろう。中学と高校では部活の関係で一緒に帰ることは稀になってしまったのだが、こうして一緒に登校することが出来るのはこの上ない喜びである。

 愛莉は私と違って勉強が得意なので本当だったら違う高校に通っていてもおかしくはないのだが、どうしても私と同じ高校に行きたいと中学生なのに泣いて駄々をこねていたのがとても可愛らしく感じていた。ただ、私は申し訳ないくらい勉強が苦手だったので受験できる高校もほとんどなかったのだが、それでは愛莉に申し訳ないと思い、中学二年生の時から部活が終わった後は愛莉の家で勉強をするという日々が続いていた。そのおかげで人並み程度には勉強も理解出来るようになったし、何とか愛莉の事を直視出来るようなレベルの学校に入ることが出来たのだった。

 私は中学二年の三学期で早めにバスケ部を引退したのだが、それほど戦力として期待されていなかったし、テストの平均点も一桁だったので勉強に集中したいという私の思いもあって引き留められることは無かった。それでも、部活のみんなとはたまに遊びでバスケをやったりもしているし、勉強自体も愛莉の教え方が上手かったおかげで苦にはならなかった。

 そして、私と愛莉にはもう一人幼稚園からずっと一緒のクラスの幼馴染の男子がいるのだ。彼は身長も高く運動も得意で明るい性格と相手を選ばない優しさがある素敵な男子なのだが。だが、彼も私と同じくらい勉強は苦手だった。私と比べるのは申し訳ないけれど、テストの順位は私のすぐ上に彼がいたので仕方ないと思う。そんな彼も、愛莉の家の勉強会に参加することになったのだが、そのおかげで私達は三人で同じ高校に通うことが出来るようになったのだ。勉強会のきっかけを作ってくれた私達のママは三人とも同じ高校に合格できたことを喜んでくれた。パパたちも喜んでくれていたけれど、男子が一緒の部屋で勉強をしているという事に少し不満があったと後になって聞かされたのだが、奥谷君は私と目を合わせることも出来ないくらいの恥ずかしがり屋なのでそんな心配はいらないと思っていた。


 私達の高校はクラス替えが無いので、高校一年生の時点で三人とも同じクラスになっていたため、自動的に高校卒業までの三年間も同じクラスになることが確定していたのである。私は誰にも言ってはいないのだけれど、小学三年生の時から奥谷君の事を意識していた。その思いが恋だと気が付いたのは中学に入ってからだったけれど、私は自分の思いを彼に伝えることは出来なかった。小学校中学校と同じクラスだったという事でいつでも伝えることが出来ると安心していたことはあったのだが、私は結局中学三年間で自分の気持ちを伝えることが出来なかったのだった。

 そんな事もあり、私は三人で同じ高校に合格出来た時は二人以上に嬉しかったと思う。ただ合格しただけではなく、自分の思いを伝えるチャンスがまた三年間与えられたという嬉しさがあったからだ。

 どうして自分の気持ちを奥谷君に伝えることが出来ないのだろうと考えてみたのだが、私は幼稚園から中学卒業までの間に奥谷君と二人っきりで何かをしたことも無ければ、二人っきりになったことも記憶に残らないくらい無かったのだ。好きな人と二人っきりになった瞬間なんて記憶に残りそうなものなのだが、私の中に奥谷君と二人っきりになったという記憶はかけらも存在していなかった。

 今のままではまた三年間何も出来ずに終わってしまうと思っていたのだが、私は奥谷君と一緒に過ごせる時間を多く確保するために、奥谷君が入る部活に入部することに決めたのだ。運動の得意な奥谷君はサッカー部かバスケ部に入ると思ったので、私はマネージャーとして支えていこうと考えていたのだが、奥谷君が選んだ部活はまさかの演劇部だった。確かに、奥谷君は背も高くて顔も良いし声も聞きとりやすい綺麗な声なのだから演劇部に誘われるのは当然だろう。私が演劇部のスカウトだったとしたら、誰よりも真っ先に奥谷君に声をかけていると思う。奥谷君が演劇部に誘われた時には私と愛莉も一緒にいたのだが、愛莉は入部するつもりはないらしく断っていた。私は奥谷君と愛莉の勧めもあり、奥谷君と一緒に入部することに決めたのだが、恥ずかしがり屋の私が人前で演技をすることが出来るわけもないので衣装政策や小道具づくりとして入部することが決まったのだった。ただ、部員もそれほど多くないので私も舞台に立つことはあるのだけれど、その際は一切セリフのない役柄で動きもそれほどない簡単な役割を与えてもらう事にしている。

 奥谷君はもともと演劇にも興味があったみたいなのだが、他の誰よりも目立っていたし演技も上手かったので割と早い段階で主役を演じる機会を与えられていた。先輩たちもそのことに腹を立てることも無く、奥谷君の演技力があったためか直接関わりのない卒業生からも可愛がられていたりもした。

 ある日、完全にオリジナルの芝居をしてみたいと誰かが言ったことがあったのだが、私達にそんなものを作れるはずもなく、テーマすら決めることが出来ずにいた。そんな時に、奥谷君が愛莉に脚本を依頼したのだが、それは無口な姫と饒舌な王子の恋物語という見ている方も演じる方もハラハラしてしまうような内容に仕上がっていた。舞台に上がらないはずの私がハラハラしたのには理由があって、愛莉は私が舞台に立った時には一切のセリフを言わないという決まりを知ってそれを逆手に取り、姫は一切喋らないという設定にしたのだ。そして、その役は私のためにあて書きされたものだという事は誰が見ても明白だったのである。私は一度だけという条件でその役を引き受けたのだが、私が想像していた以上に評判も良く、去年の秋もその役を引き受けることになってしまったのだ。そして、きっと今年の秋もなんだかんだと言って言いくるめられてしまうのだろうと思うと、今から胃がキリキリと痛くなってしまう。でも、私は舞台の上で演じているセリフとはいえ、奥谷君から愛の告白をされるという経験が出来てとても嬉しく思っていた。


「そう言えばさ、去年のお姫様は一昨年と違って柔らかい表情を出来るようになったんだね。一昨年は緊張してガチガチだったのが離れていても分かったんだけど、去年のビデオを見ていると笑顔になってたもんね」

「そうなのかな。私は自分が出てるのが恥ずかしくて見た事なかったけど、愛莉ちゃんがそう言ってくれるならそうなのかもね」

「泉ちゃんって綺麗なのに人前に出るのが苦手ってなんか可愛いよね。ちょっとだけ奥谷のセリフを変えさせてもらったんだけど、今年はもっと奥谷の意見を取り入れた愛の告白にしようかな」

「え、去年のセリフって奥谷君が考えたの?」

「いや、ほとんど私が考えたままだよ。ちょっとだけ奥谷の考えたセリフもあったけど、そこまで強い言葉ではなかったと思うよ。あ、そうか。奥谷の考えたセリフに反応して顔が柔らかくなったのかもね」

「違うって、大体そんなのわかるわけないじゃない。私だって演劇部として活動しているんだけら舞台になれることだってあると思うよ。いつまでも緊張して固まってるだけじゃないんだからね」

「そっか、それは良い事を聞いたな。今年は少しくらいセリフを入れても大丈夫みたいですよって先生に言ってみようかな。泉も高校生活最後の舞台になるんで気合入ってますよって言わなきゃね」

「ちょっと待ってよ。私は今年こそ舞台に立たないから。私はずっと裏方で良いの」

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