事態は徐々に好転していく。

 文化祭二日目の開始時間までの間、俺達はクラスメイトと輪になって限りある時間をフルに使って出店の準備を進めた。

 授業開始のチャイムが、学園祭二日目の開始の合図だった。


 我がクラスの出店、ミックスジュースの出だしは……。


 やはりというかなんというか、閑古鳥が鳴いている状態だった。昨日までは皆半袖を着用していた気がするのに、今日は長袖のブレザーを羽織る学生が多いこと多いこと。


 二年の教室は連なっている都合上、ウチのクラスの前を通る学生も少なくないのだが、やはり売れ行きは芳しくない。肌寒い今日に、やはりジュースを買おうと思う人は少ないらしかった。


 それでも、料理係として残された俺を含めた学生四人は、教室内を騒ぎながら闊歩し続けていた。後先考えない在庫作成のため、フルーツを運んだりミキサーにかけたり、コップを取ってきたり、ジュースを注いだコップの上にラップをかけて保管したり。


 とにかく、順調に作業を進めていった。


 その中でも一番大変そうだったのは、受付も兼務している綾部さんだった。作業に参加しては、ポツポツ現れる購入客への接客をこなしたり、まるで休む暇がなさそうで、端から見ても既に不安だった。


「大丈夫かい」


 作業する途中、俺は綾部さんに声をかけた。


「うん。いやあ、大変だけど、結構楽しいね。なんだか青春を送っている気分」


 もしやそれ、気分ではないのでは、という疑問は口から出ることはなかった。やる気に滾っている彼女の水を差すのは、気が引けたのだ。


「やってますか」


 教室に現れたのは、鳳先生だった。


「はーい」


 綾部さんが受付に駆けて行った。


「ほう、古田君が調理しているのですか。これは味には気を付けないといけませんね」


「喧しい」


 鳳先生に目配せすることもなく、俺は文句を口にした。

 いやはやこの教師、生徒相手に容赦なさすぎないかい。


「これ、使えますか。このクラスの吹奏楽部の子からもらったんです」


 聞くだけで、鳳が見せたのが割引券であることを理解した。


「え、三枚も?」


「はい。三人からもらいました」


 おーい。このクラスの吹奏楽部部員三人。せめて渡す相手は選べよ。学生より金持っている教師に渡しても、値下げによる価格メリットを思い辛いだろう。


 学生の百円と大人の百円は違うんだぞ。


「鳳先生、じゃあ特別に三杯買ってくれていいですよ。定価で」


「そんなに飲めませんよ」


「じゃあ、一杯はここで飲んでください。それで大きな声で上手いと一言頼みます」


 多分それだけで、女子数名からの購入を得られる。


「あ、値段は三杯分もらいますけどね」


「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」


「冗談。冗談ですって!」


 何も買わずに去ろうとした鳳に、俺は持ち場を離れて駆け寄った。


「まったく。いくら相手が教師でも、真面目に応対しないと駄目でしょう」


「はい。ごめんなさい」


 ガチ説教だよ、これ。


 ただこれだけ言って鳳は満足したのか、ため息を吐いて説教を止めた。


「でも先生、薄々察しません? この寒い日に、誰がジュースなんて買ってくれます? ウチのクラス、結構ピンチなんですよ」


「まあ、それは察しますよ。で、打ち出した対策がこの割引券、というところでしょうか?」


「その通り」


「……君は、たまに高校生に見えませんね」


「褒めてもミックスジュースしか出ませんよ? 勿論、お金はもらいます。仕方ないので、割引券は適用しましょう」


「……本当に切羽詰まっているようですね」


「そろそろ開始から三十分。予想を更に下回るペースで売り上げが積みあがっています」


「それ、全然積みあがっていないと言う意味ですよ」


 鳳先生は呆れたようにため息を吐いた。


「わかりました。買いましょう。ただし、一杯だけね」


「……むぐぐ」


 チクショウ。金づるが。


「割引券は使いません。吹奏楽部の子と会ったら、これは渡しておきますよ。このクラスのジュースの感想も添えてね」


「マジっすか」


 鳳先生は黙って頷いた。

 俺は鳳先生の機嫌が変わらぬ内にと、俺は綾部さんに目配せした。


 綾部さんが手渡したミックスジュースをその場で飲み干した鳳先生は、目を瞑って味を吟味しているように見えた。


 ……それにしても、わざわざワインのテイスティングみたいに舌の上で転がしたりしなくていいぞ。

 所詮学生の出す物だし、そんなにご立派な飲み物では決してない。


「……ふむ」


「どうですか?」


「学園祭という祭りの場の飲み物としては、値段相応の味はしていますね」


 褒めてるのか、それ。


「他の人にレビューする時は、多少は忖度してください」


「さあ、それは私のその時の気分次第ですね」


 ただ、と付け加えて、鳳先生は踵を返した。


「また後で様子を見に来ますよ。もしその時にも在庫がまだあるようなら、もう一杯買っていきますよ」


「……先生って、結構面倒臭い性格していますよね」


「何か言いました?」


「いいえ。先生、次のご来店をお待ちしております」


「はい。それでは頑張ってください」


 鳳先生は、そのままキザな態度で立ち去って行った。


 そこから三十分が経過した。

 雨は朝方に比べれば随分と小雨になってきていた。もしかしたら、本当にこのまま止むのかもしれない。

 気温も上昇傾向だ。


 そして、客入りも。


 閑古鳥だったさっきに比べれば、大きな進歩だった。


 割引券の提示状況も順調に増えてきている。


 最悪なスタートから、事態は徐々に好転してきていることを、肌で感じ始めていた。




 あと気になっているのだが……。


 心なしか女子生徒客の割合が多い気がするのは、気のせいだろうか……?

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