学園祭、始まりました!

夏休みの課題

 夏休みも半ばに差し掛かった頃、俺は学校の図書館に足を運んでいた。俺の背よりも高い本棚を見上げながら、面白そうな本はないかと物色していた。


「あれ」


 丁度面白そうな本を見つけて脚立を借りに行こうとして、俺は綾部さんと出会ったのだった。


「おはよう、古田」


「おはよう、綾部さん。お久しぶりだね」


「どうしたの、今夏休みだよ」


 ぶしつけに聞いてくる綾部さんは、目を丸めていた。ちなみに、恰好は制服だった。


「読書感想文の本探し」


「夏休みの課題の? でもあれ、走れメロスだったよね。借りる必要もないんじゃないの? 教科書に載っている」


「違う違う。夏休みじゃなくて、部活動の一環だ」


「部活動……? 古田、何部だっけ」


「文芸部」


「……あー。七瀬さんと同じじゃん」


 そういう綾部さんは、どこか下衆な目をしていた。

 どうやらこの夏休み中に、俺と七瀬さんの交友関係の変化は、綾部さんも知るところになっていたらしい。


「まあそういうことだよ。で、その文芸部の部長から、色々とご指示を頂いているのさ」


「ご指示?」


「ウチの文芸部さ、碌な活動内容がないんだよ。確かに振り返ってみればあの部活、世間話の場かテスト勉強の場でしかなかったけど、本当にそれしかないとは思っていなかったよ。

 で、そんな部活動の現状を我らが部長が嘆いてね。


 部活動の一環として十月にある読書感想文コンクールに、各部員三件ずつ出すことになったんだ」


「えー、三件も?」


「うん。で、十月であればまとまって本が読める今の内に二件くらいはまとめておきたくて、今日こうやって学校に訪れたわけだ」


 あとはまあ、定期代が勿体ないから、というのも理由の一つだけどね。


「へー。七瀬さんは誘わなかったの?」


「誘った。あとで来るって。今日は午前中は少し予定があるんだって」


 俺は脚立を借りて、目当ての本を取って、目を通し始めた。


「お熱いことで」


 そんな俺を、綾部さんはニヤニヤしながら茶化してきた。


 どうにもむず痒くて、俺は黙って本に視線を落とし続けた。


「で、そっちはなんで今日学校来たの」


 しかし、ふと気付いたことがあったので、俺は綾部さんに尋ねた。


「……まあ、それはいいじゃない」


 綾部さんは、途端に口笛を吹き始めた。どうにもこの様子、知られたくない理由で学校に来たらしい。


「さては、補習とか?」


「ギクリ」


 どうやら正解らしい。


「いつか須藤先生に聞いたけど、君あんまり頭悪くないんだろ。何やってるんだよ」


「うぅーん。期末テストの直前は部活で忙しかったんだよー」


 頭を抱えた綾部さんは、とても情けなくて、俺は笑った。


「もしかして、補習が理由で軽井沢旅行は断ったの?」


「え、何のこと?」


 いつかの七瀬さんとの思い出の地のことを聞くと、綾部さんは意味がわからないと言わんばかりに目を丸めた。


「何って……。七瀬さんに、碓氷峠の廃線巡りに誘われたんじゃなかったの?」


 確か、七瀬さんは倉橋さんと綾部さんのことも誘ったとか言っていたような。

 しかしそれにしては、綾部さんの今の態度はどうも引っかかる。


「古田。言いたくないなら良いんだけど、出来れば教えてほしいかな」


 そういう綾部さんに、俺も自分の疑問の解消を図りたくて、当時の思い出を綾部さんに教えた。


 俺と七瀬さんが軽井沢に廃線巡りに行ったこと。

 元々は倉橋さんや綾部さんも誘ったが、断られていたこと。

 二人に断られたことが理由で、当日まで俺にその日の予定が知らされなかったこと。


 そして……。


「きゃー。そこで二人は……。きゃーきゃー」


 綾部さんが喧しい。

 根掘り葉掘り話す内に、どうにも引っ込みが付かなくなって、俺は七瀬さんとそこで交際し始めたことを教えた。


「ふー。なるほどね。ふぅー」


 綾部さんがしばらくして収まった。

 そして彼女は、真剣な顔をした。その顔から察するに、薄々俺の疑問への回答を彼女がひねり出せたのだろう。


「古田。多分それ、あなたの警戒を解くための嘘だよ」


「嘘?」


「そう。あたしと倉橋ちゃんの名前を出して、しかも断られたとすれば、多分あなたがノコノコ付いてきてくれると思っていたのよ、七瀬さん」


「はあ」


 ということはつまり、どういうことだろう?


「つ、つまりさ……。七瀬さん、最初からあなたと二人きりで何たら峠に行くつもりだったんじゃない?」


 意味を理解して、顔が熱くなっていくのがわかった。

 それを誤魔化すように手元にあった本に視線を落としたが、綾部さんにはそんな俺の変化は筒抜けだったらしい。


「本当にアツアツだねえ。妬けちゃうくらいアツアツだよー」


「喧しい」


 ついに、俺はニヤニヤする綾部さんに暴言を吐いた。


 綾部さんはとても嬉しそうに笑ってしまった。


「……そろそろ、補習の時間だ」


「そっか。頑張って」


 正直、今この場で彼女がどこかに行ってくれるのは有難かった。


「うん。じゃあ、お幸せにね」


 快活に微笑む少女の言葉は、ボディブローのように俺の身を飛び跳ねさせた。


 そんな感じで、あまり集中出来ない状態で本を読み進めて、時刻はそろそろ午後二時になろうかとしていた。


 ……正直、自分で言うのもなんだが、俺は少しこの件で狼狽えすぎている気がする。

 とても中身二十六歳とは思えない。


 そうだ。

 俺は中身二十六歳なんだ。でも今は、高校生。


 ……現状をまとめてみよう。


 俺は高校生古田健一。

 幼馴染ではない同級生の七瀬さんと図書館で待ち合わせして、親しげなバレー部員綾部さんの怪しげな肴のつまみ探し現場を目撃した。


「やってる?」


「うわっ」


 綾部さんの言動で平常心でなくなった俺は、背後から近づく七瀬さんに気付かなかった。


「……」


 俺は七瀬さんに微笑まれ、照れ隠しに目を細めていたら……。


「ねえ古田君。相談があるんだけど」


 相談事を持ちかけられてしまった!

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