吹奏楽部三年のお悩み事

 思わず悶えるような暑さだった昼間頃を過ぎて、ようやく照り付けるような太陽が沈み始めたのは、今日の授業が終わり、放課後に突入する頃のことだった。


 七瀬さんを一人先に部室に向かわせて、俺は日直の仕事を手短にこなしていた。しょうもない日誌を書きながら、これからまた行われる鬼軍曹の勉強、辛いなーとか考えていた。勿論、当人には絶対に言えない。


「ねえ、古田」


 そんな中俺に声をかけてきた人物がいた。綾部さんだった。


「何さ」


「相談あるんだけど、いい?」


「どうした、いきなり積極的になったね」


 以前なら多少なり困ったであろう相談事を単刀直入に切り出してきた綾部さんに、俺は少し目を丸めていた。


「い、いけなかった?」


「そんなことない。むしろ、嬉しかった」


「あ……そう」


 綾部さんは顔を真っ赤にしながら俯いていた。どうしたというのだろう。


「で、話って? というか君、部活行かなくていいの?」


「今日は久しぶりの休みなんだ。それで相談ってのは、友達の件についてなんだ」


「折角の休みに友達のために尽力するとは、君って奴は良い人すぎやしないか」


「古田に言われたくない。で、本題入っていい?」


 どうぞ、と手で促しながら、今日は随分と単刀直入で手短に話したがるなと俺は思っていた。


「えぇと、この前の学校案内のパンフレットの作文のこと覚えてる?」


「覚えてる。忘れるはずがない。誰かが納期遅延したことはね」


 嫌味ったらしくニヤニヤしながら言うと、


「あうう……」


 綾部さんは頭を抱えて落ち込んだ。


「ごめんごめん。それで、その件がどうかしたの? ……まさか、先生がまだ編集作業が終わってないとか?」


「え。あたしこの前時点で、後あたしの作文を入れるくらいだと思ってたけど、違ったの?」


 まあ違ったね。印刷会社に怒られたとか言ってたし。


「うーん。わからないや」


 とりあえず、誤魔化すように嘘をついた。


 綾部さんはわずかばかりそのことを気にしている風だったが、とりあえず本題に入る気を取り戻してくれたみたいだった。


「えぇと、まあ先生の作業の状況は別で聞くとして……、あの時古田、あたし以外のパンフのモデルが誰かって気にしたじゃない? 覚えてる?」


「あったねー、そんなこと」


 えーと、と腕組しながら、俺は続けた。


「確か生徒会長の足利さんと……成績優秀者のなんとかさん」


「清水さん。……ああと、先輩」


「そう。それだよ、それ。喉元まで来てたんだけどなー」


「一文字も言えてなかったじゃない」


 呆れたように綾部さんは目を細めて、気を取り直しながら続けた。


「実はね、あのパンフレットの件がきっかけで、あたし清水先輩と仲良くなったの」


「え、パンフ作りで一緒になる場面なんてなくない?」


「パンフに載せる写真、同じ日に一緒に撮ったんだよ。それで、恥ずかしいねー、とか色々話し合って、意気投合したの」


 コミュ力たけえ。


「それでね、実は清水さ……先輩。今、部活の件で悩んでいるみたいで」


「ふーん、何部なの?」


「吹奏楽部」


 ああ、今朝も練習していた、あの。


「清水さん、部長なんだって」


「そりゃあ凄い。それでまあ、部の長であれば、悩みくらいはあるだろうねえ」


「もう。他人事みたいに言わないでよ」


 いやまあ、今のところ他人事だし。

 ……まあ。


「まあつまり俺に、その清水さんと話して悩み解消に努めてほしいとかだろ?」


「うん。詳しい話は、昨日あたしも聞いたんだけどさ。この後清水さんとまた会うことになっているから、一緒に来てほしいなって。


 いい?」


「勿論」


 三年ともなれば、受験でこれから忙しくなる時期であり、もうすぐ部活からも卒業する時期。そんな直前に悩みを抱えて、清水先輩とやらが受験に部活に消化不良で卒業するだなんてなったら、可哀そうでしょうがない。


 あとは、なるほど。

 先ほどから綾部さん、随分と手短に話したがるなと思っていたが、これから待ち合わせの約束があるからか。


 納得。


「……本当、聞き分けいいよね。古田」


「何さ。喧嘩売っているのか?」


「違う違う。本当、いつもありがとう」


「いいよ。こっちこそ、ありがとう」


 いつか見た夢の中で、そういえば俺は綾部さんに就活の件で結構お世話になっていた。そんな彼女の頼みとあらば、手伝わないわけがない。

 ……まあ、将来的な話だから、先行投資という形になるのだろうが。


 綾部さんは、不思議そうに小首を傾げていた。


「で、どこで会うの?」


「え? ああ、文芸部室だよ。文芸部室」


「ん?」


 なんでそこで、俺が所属する部の名前が出てくるのだろう。


「実はさ、古田に相談する前に、七瀬さんに相談したの」


「七瀬さんに?」


 意外な名前が出てきたな。

 七瀬さん、綾部さんグループのこと嫌いとか先日言っていたし、取り合ってもらえなかったんじゃないか?


 ……ああいや、部室に集合ってことは、快諾したってことなのか。


「そういえば、七瀬さんにあなたのこと誤解してたとか言われたんだけど、何のことかわかる?」


「いいや? 全然」


 アハハ。なるほどね。


 何があったかは知らないが、七瀬さんの中で綾部さんの評価が一変する出来事があったのか。

 ……タイミング的に、学校案内のパンフレットを先生にでも見せてもらったのかな? どうやら綾部さんの面倒を俺に見させるように先生に言い含めたのも七瀬さんみたいだし。


 というか今更気付いたが、学校案内の件も今回の相談の件も、先生なり綾部さんなり、学生の中で一番に誰に相談するかって言われたら七瀬さんになるんだな。


 彼女の信用され具合を知って、そして自分の信用がまだまだ低いことを知って、俺は少しだけ悔しく思った。


 ……あれ、待てよ?


「あー。あと、実はさ……」


 ふとあることに気付いた瞬間に、綾部さんは何とも言えない顔で俺を見てきた。


「古田も巻き込もうって言いだしたの。七瀬さんなんだ」


 やはり。

 どうやら、先生にも綾部さんにも、町おこしなり学校案内の件で結果を出しているのに、俺はまだ信頼されていないらしい。

 だけど、七瀬さんは俺のこと、結構信用してくれているみたいだ。少なくとも、問題事があればいの一番に俺を頼ってくれる程度には。


 少しだけ嬉しかった。


 そして同時に……。




 鬼軍曹とか言って、申し訳ございませんでした。

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