1-5話  怪異・狼男

「いやー、悔しい!」

 着替え終わった後も、莉子りこは負けたことに悔しがっていた。男子バスケと違い、この試合では両チームともにバレー経験者がいなかった。だからこそ接戦だったのだが、相手チームに背が高い生徒がいて、上手く得点を重ねていったのだ。当然、終わった後にバレー部の勧誘にあっていた。


「まあでも、しょうがないよね」

「受験明けバレー楽しかったぁ」

 などと、教室に戻ってからも話は止まらなかった。


 なお、男子バスケは、第2戦の相手にバスケ部が二人おり、拓海たくみたちの惨敗だった。

(バスケ部、つよ……。目がいいくらいじゃ勝てないなぁ)

 拓海はそう思った。


「なんか男女ともに凄い盛り上がったな」

浩太こうたも来週のサッカー、頑張ってよ」

「そっか、サッカー来週だったよな。授業枠つぶして複数イベントとか、うちの高校、本当に進学校なのか……?」

「その分の授業の補充、怖いな。というか、既に結構難しいし……」

 拓海と浩太は、他の男子生徒に混じって談笑している。


 莉子は女子と話しており、その中にはぎくもいる。日菜菊は、クラスの女子と別け隔てなく喋ってはいるが、莉子に構うことが多かった。


 拓海は少しだけそちらに目を向けた。特に思うことはない。それは拓海にとって分かっていることだ。


「よーし、皆、席ついてー」

 担任の剣持けんもちが入ってきた。連絡事項はほぼ無かったので、剣持が球技大会の所感を言って終わりだった。



    ◇



 拓海と莉子は剣持との約束通り、部活紹介を受けるため、図書室の隣にある資料室に向かった。剣持が言っていた通り、お菓子やらお茶やらが用意されていた。


「いやー、よく来たね。別に制限とかないから、好きなだけ食べていってくれ」

「あ、ありがとうございます」

「ところで、どうして私たちを?」

「特に理由はない、インスピレーションさ。君たちから、この部に興味を持ってもらえそうなオーラを感じたんだよ」

「は、はあ……」

 剣持は煙に巻くようなことを言い、拓海と莉子にお茶を渡した。お茶を頂きながら、拓海は切り出した。


「それで、この部はどういう?」

「ああ、そうだったね。これだよこれ」

 そう言うと、剣持は古臭いノートを取り出した。表紙には、怪異研究会とある。


「怪異……研究会?」

「そう怪異。都市伝説とか、その手の物語の研究はもちろん、この世に溢れる怪異を研究するのが目的さ」

「具体的にはどういう……?」

「ヴァンパイアとか、狼男とか、デュラハンとか、そういう類の奴ね」

「ホラー系……ですか?」

「良かったら、このノートもどうぞ」

「ありがとうございます」


 拓海は剣持からノートを受け取ると、目を通し始めた。莉子も横からそれを眺めている。都市伝説や伝承をまとめたページや、不思議な生き物を記載したページがあった。中にはイラスト付きのものもある。


 拓海は、首から上のない胴体と頭が描かれたページを見つけると手を止めた。胴体と頭は線で結ばれていて、メモが書かれていた。


「空間を超えて、繋がっている……?」

「ああ、それはさっき出てきたデュラハンだね。胴体と頭は空間的に離れた場所にあるのに、頭がものを食べれば胴体のお腹の中に届くし、胴体が五感で得た情報は頭にもしっかり伝わっているという、不思議な生き物だよ」


 メモには『頭と胴体が別の位置に在るだけで一つの生命体』、『情報が瞬時に伝わる』、『量子的な何かか?』といった言葉が残されており、拓海が熱心にそれらを読んでいた。


「でも、そういうのをってどういうことですか? まとめてどこかで発表したりでもするんですか?」

 拓海があまりにノートに熱心だったからか、莉子が剣持に尋ねた。


「ふむ、そうだね。それを説明するには、実感してもらうのが早いと思う。お菓子とお茶は一度中断して、見せてあげよう。ついておいで」

 そう言うと、剣持は立ち上がってドアの方へ向かった。


「え、はい。ほら行こ、拓海」

「……ああ」

 莉子が立ち上がり、拓海もノートを閉じてそれを追いかけた。剣持がドアを開けると、その前には日菜菊が立っていた。


「うわ、びっくりした」

「あれ、ヒナちゃん?」

「先生、それ、私も一緒に行っていいですか?」

 何か真剣な表情をして、日菜菊が剣持に問いかけた。


「うーん、聞いていたのかい? 二人ずつ勧誘するのが例年のことなんだが……。まあ、いいよ。行こう」

「ありがとうございます」

 そう言うと、日菜菊は拓海と莉子に並んで剣持と共に歩き始めた。それについて、拓海は何も言わない。


「ヒナちゃん、今の話、聞いてたの?」

「うんちょっと。急にゴメンね。これ、何だか私にとっても大事なことの気がして」



 連れて行かれたのは屋上だった。

「屋上? ここに何かあるんですか?」

 拓海が剣持に尋ねた。


「魔の13階段って知ってるかい?」

「普段は12段しかないのに、13段あるっていうあれですか?」

「都市伝説ですよね?」

「そう、都市伝説だ。だけど、今屋上に上がってくる時の階段の数、どうだったか覚えているかい? もしかしたら1段多かったかも」

「え、まさか……。はは」

「……変なこと言わないでくださいよ」

「それに、ここは、ほら。月がよく見える」


 拓海たちは剣持が指差した方向の空を見上げた。夕暮れではあったが、月がはっきりと見えた。


「満月……?」

 莉子はそう言ったあと、言葉を失った。それに気づいた拓海が莉子を見ると、莉子は剣持の方を見ていた。つられて拓海と日菜菊は剣持を見た。


「せ、先生……!?」

 剣持の目が赤く輝いていた。


「さっき、聞いたな? 研究するとはどういうことかと」

 そう言うと、剣持の肩が膨れ上がり、上半身が筋骨隆々の状態に変貌した。後を追うように毛が生えてきて、剣持の顔がまったくの別物に変わった。それは、紛れもなく、狼だ。


 そう、剣持は狼男だった。


 驚きのあまり、莉子は怯えた表情で座り込んでしまった。とっさに日菜菊が莉子を庇うように前に出て、拓海はさらにそこから前に出て身構えた。誰も何も言うことができなかった。


「落ち着いて。危害を加えようというんじゃない。ただ、見せたかっただけだ。怪異がこの世に存在することを」

 そう言うと、剣持は元の姿に戻った。


「別に僕は、満月の日に必ず変身して人を食うような怪異ではないからね。安全そのものだよ」

 いつもの姿で、いつもののほほんとした口調に戻っても、拓海たちはまだ一言も発することができなかった。


「ふむ、ちょっと刺激が強かったかな。例年よりは脅かさなかったつもりなんだが。一旦、部屋に戻ろう。ほら不室ふむろ、女子二人をエスコートして」

「……はい」

 驚愕が治まらないままだったが、拓海たちは資料室に戻ることにした。



 資料室に戻ると、剣持は日菜菊の分のお茶を用意し、生徒3人を座らせた。


「ああいうのを研究する、つまり、本物の怪異に触れる。都市伝説を調べたりするだけじゃない」

「……ヴァンパイア、狼男、デュラハンだけじゃなく、様々な怪異を取り扱うってことですね」

「ああ、そうだ」

「未知の怪異を探ることも可能ですか?」

「可能だ。怪異の存在は知っている人は知っている。案件によっては、専門機関と相談することもできるね」

「「入部します!!」」

 声が揃ったのは拓海と日菜菊だ。


「いや、面白そうですし」

「普通の部活じゃありえない体験できそうですし」

 二人とも興奮しすぎたことに気づいたのか、ややトーンを押さえて言い直した。


「莉子は、どうする……?」

 日菜菊が隣で言葉を発さない莉子に問いかけた。


 莉子は、最初こそ怯えていたようだったが、スマホで何かを調べていたようで、剣持に尋ねた。


「さっき、魔の13階段の話をしていましたよね?」

「そうだな」

「今日は、満月の日じゃないはず。なのにあの屋上からは満月が見えた」

「お、鋭いね。そうだ、あの屋上は異次元に作られた偽物だ」

「ということは、本当に……?」

「ああ、これを使ったんだよ」

 剣持は莉子にお守りのようなものを見せた。


「これを使うとあそこに入ることができる。実際、階段が1段多かったのは本当だよ」

「……なるほど、気づきませんでした」

「狼男の姿、あまり大勢に見せるもんじゃない。あそこなら外からは見えない。だからあの『裏の屋上』に連れて行ったのさ。それに、あそこはいつも満月になっているから、僕がこれを見せるにもちょうどいい」

 莉子はその会話に満足したのか、笑みを見せた。


「……やる……!」

 莉子から発せられた言葉は肯定だった。莉子は、突然、隣の日菜菊に抱きついた。


「わ!?」

 日菜菊が声を上げる。あたふたしている日菜菊をお構いなしに、莉子は日菜菊を抱きしめる力を強くし、興奮した様子で言った。


「狼男だよ!! 見たでしょ!! 凄い、凄い!! びっくりよ! あんなのが本当にいるなんて……!!」

 先生をあんなの呼ばわりしたことにも気が付かないほどに、莉子は興奮が止まらないようだった。恐怖よりも好奇心の方が圧倒的に勝ったのだ。


「りりりりりり、莉子…………あああああの!!」

 抱きつかれて狼狽ろうばいする日菜菊に気づき、莉子は日菜菊の身体を離した。


「あ……、ヒナちゃん、ゴメン。痛かった?」

「え、ううん、そうじゃないの、そうじゃなくて……、いや、そう! ちょっと息ができなくて苦しかった!」

「ん? 変なヒナちゃん。ま、いいや、一緒に頑張ろ、この部!! 拓海もね!!」

 そんな莉子と日菜菊のやり取りを見ることもなく、拓海は地面を眺めていた。


 そして剣持が声をかけた。

「では、ようこそ、怪異研究会へ」

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