15.4人(?)の奇妙な同居生活

アレクセイ様のとんでも発言に、シヴァ君と二人で叫んでしまった。息ピッタリ!


「君……名はティアラ、といったかな?」


「へ? あ、は……はい。ティアラ=リングです」


「ティアラ殿、今までのご無礼……どうかお許しください」


アレクセイ様は突然片膝をついて、私の手をそっと取った。


「え……えっと?」


「ティアラ殿は魔物に寄生され、これまで大変気苦労の多い人生を送ってきたのですね」


「あー……はい。ま、まあ……」


「ブギャアアアッ! グエッ、ジョエッ!!」


ペロリンが抗議するように鳴いた。


「こんな凶悪な魔物と始終一緒では気が休まるときもないでしょう、なんとお辛い身の上……!」


……うーん、できるならこの反応、最初から欲しかった……!


「ギエエエイッ! ペッペッ!」


「ああっ、なんとみにくい生き物……このアレクセイ、同情を禁じ得ません」


「おい、ドロン」


「ど、ドロン?」


「……私のミドルネームです。グラウス様、その名で呼ぶのはお止めくださいと言ってるでしょう」


おおやけの場では控えているだろう。とにかくドロン、ペロリンは魔物ではないと……」


「なら言わせてもらうが、グレン! 君はわかってないんだっ、この花がどれだけ凶悪か!!」


「グレン……?」


「御主人様のミドルネームです。二人は幼馴染おさななじみなんですよ」


シヴァ君がこそりと教えてくれた。


そっか、アレクセイ様って王族の親類で、たしかグラウス様とは歳も近かったはず。

グラウス様が『グラウス=グレン=クラウンザード』で、グレン。

アレクセイ様は『アレクセイ=ドロン=ディルカッセン』で、ドロン……つまり二人は、ミドルネームで呼び合うくらい仲が良いってことね。


「凶悪とは大袈裟おおげさな」


「人に向かって毒霧を吐くような花が安全と言えるか!?」


「あはは……」


乾いた笑いを浮かべる私。

ペロリンに何か噴き付けられたのがトラウマなのだろう……私はアレクセイ様に少しだけ同情した。


「俺にはそのようなこと、一切してこないが。ドロンが下手に刺激したからだろう」


「魔物は討つべし! 私の反応が普通なんだ。グレンは昔から、得体の知れないものに寛容かんようすぎる!」


「特にそんなつもりはないが……」


「とにかく、魔物から人々を守るのが騎士の使命! この可哀想なレディのためにも、私はここへ住み込む!」



・・・・・・・・・・。



「まったく、なんであんなのと一緒に暮らさなきゃならないんです!?」


「ごめんね、シヴァ君……私のせいで」


ペロリンを迎える部屋の準備とやらがまだ調ととのわないとかで――

結局、昨日グラウス様と一緒に寝たベッドでまた一晩明かすことになった。


「わわっ、謝らないでください! ティアラ様のせいじゃっ……全部、あのボンクラ騎士のせいです!」


「あはは、ボンクラって……アレクセイ様のこと、ずいぶん嫌ってるみたいだね?」


「大っっ嫌いです! だってあのわからず屋騎士はボクのことも退治しようとしたんですよ、しかも全力で!」


アレクセイ様が暴れたせいで乱れた部屋を、二人してせっせと片付ける。


「たしかにボクは魔物ですけどね……でも、こんな風に理性をなくして暴れたりしません!」


「魔物? シヴァ君って、狼なんじゃ……」


「あ……ボク、ゲンミツに言うと『ワーウルフ』っていう魔物なんです」


「へえ……犬が魔物化した『ガルム』みたいな?」


他にも、鳥とか蛇とか兎とか……魔物化した動物ってたくさんいたはず。


「……ティアラ様……ぼ、ボクのこと、怖くなりましたか?」


「え?」


「だって、狼の魔物なんて……こ、怖いですよね……?」


シヴァ君は手をもじもじさせてうつむいた。


「……ぜーんぜんっ!」


「プキュルンッ、ルンッ!」


私が微笑みながらシヴァ君へぴょんと近寄ると、ペロリンも弾むように反応した。


「わあっ!」


「あはは、むしろシヴァ君がペロリンを怖がってるじゃない」


「あ……あれ? ごめんなさい。ティアラ様のことは大好きなんですけど、ペロリンはまだちょっと……」


うーん、丸呑みされたトラウマはそうそう払拭ふっしょくできないか。


「とにかく、私はシヴァ君のこと怖いなんて全然思わないよ」


「ティアラ様……! ありがとうございますっ」


肩に優しく手を置くと、涙ぐむシヴァ君……。


「……シヴァ君も、きっと私と同じような苦労を味わってきたんだね」


「はい、ここに来るまではさんざんでしたから。でも……今は、御主人様がいるから大丈夫です!」


「え、グラウス様?」


「御主人様はボクみたいなよくわからない存在でも、怖がったり嫌がったりしないで自然でいてくれます」


ああ……たしかに、グラウス様は特別かも。

ペロリンのことも、最初から全然怖がってなかったし。むしろ、異常に好意的っていうか……。


「でもホントなら、アレクセイ様みたいな反応が普通……なんだよね」


「そうです、あの冷血騎士は魔物と見れば徹底的に排除しようとしてきますから」


冷血、か……アレクセイ様の豹変ぶりを見れば、そう言いたくなるのも納得してしまう。

今となっては――

あんなに冷淡に見えていたグラウス様の方がよっぽど……なんて思ってしまうから不思議だ。


「御主人様は、他と違うとかそんな基準で判断しません。普通の人間じゃないからって、変な目で見たりなんて絶対しないです」


「うん……そういうのっていいよね。なんか安心する。認められてるみたいで……」


「そうなんですそうなんです! えへへ、嬉しいな~! ティアラ様は御主人様のこと、よくわかってるんですねっ」


「そんな、わかってるなんてとんでもない! だって私、最初はグラウス様のこと……すごく怖いなって思ってたし」


でも……よくよく考えてみれば、グラウス様は一度だって私を傷つけようとしたことはなかった。

無表情で、言動が厳しくて、反射的に怖いって思っちゃったけど……グラウス様はいつもただ率直に、事実を言ってるだけだ。


「なぜか怖がられちゃうんですよねー、御主人様って……あんまり笑わないからですかね?」


「うん、無口でしかもあれだけの美貌でしょ? ととのいすぎてて妙な迫力があるんだよね」


とは言え……普段ほがらかな人でも、簡単に豹変するのをアレクセイ様を見て実感したから……。


「でも、今はグラウス様のこと……」


「――今は、何だ?」


「わあっ!?」


「プエプエッ!?」


突然後ろから声をかけられて、飛び上がる私(とペロリン)。


「ぐ、グラウス様……! そうやって、いきなり音もなく現れるの止めてくださいよっ」


「貴様みたいに、いちいち騒がしくするのは性に合わん」


「う……まあ、私レベルまでいくとちょっとうるさすぎるかもしれませんけど」


「自覚があるなら、少しは大人しくしたらどうだ」


「その言い方……相変わらず冷たいですねっ」


「だいたい、自分の家を歩くのに他人にとやかく指図されるいわれはない」


「もうっ、ああ言えばこう言う!」


シヴァ君は、私とグラウス様がやり合うのをニコニコと眺めている。


「ふふふー、お二人はとっても仲が良いんですね」


「全っ然っ」


「良くないっ」


「あはは、息ピッタリ」


それからも私たちが言い合い続けるのを、シヴァ君はじっと見つめていた……。

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