好きかどうかは言われなければわかりません

公社

一緒に登校します

(あー、今日もいる……)


 朝ラッシュ、都心へと向かう電車はだいたい混んでいるのですが、幸い私の乗る各駅停車は、多くのお客さんがこの駅で他の路線や、ここから先に早く到着する急行に乗り換えるために降りるので、この時間では珍しく座ることが出来ます。


 学校までは4駅12分。急行だとノンストップで7分なので、入学当初は早く着きたいと利用していましたが、度々痴漢に遭ったため使うのを止めました。


 自意識過剰と言われればそれまでですが、電車に乗り込むとき、走行中、降りるとき、もみくちゃになって触れ合う瞬間、あからさまに不自然な動きで私を触るおじさん達に、あんな短い乗車時間なのに度々遭遇しては嫌にもなります。


 一方この各駅停車は待っていれば確実に座れるので安心。時間はかかるけど、座れるので移動中に試験勉強をしたり本を読んだり出来るので楽なんです。


(あの視線を除けばね……)




「筑紫さん、おはよう」

「ほえ?」


 その不快な視線を遮るように私の前に立つのは、同じクラスの藤島君。空手をやっていて、全国大会の入賞経験もある実力者。


「あれ、藤島君って電車通学だっけ?」

「いやあ、自転車が壊れちまってさ」


 通学距離はおよそ8kmくらい。自転車でも十分通学出来る距離だけど、学校の周りはかなり交通量が激しく、危ないからと近場でも電車やバスを利用する子が私を含めて比較的多い。


 だけど藤島君は見た目に違わずパワフルで、いつも遅刻ギリギリに自転車で爆走してくるんです。


 で、漕ぎすぎて自転車を壊してしまったらしい。


「だから直るまでしばらくは電車通学さ」

「そうか。でも同じ駅から乗るとは知らなかったよ」

「筑紫さん、南中だろ。俺、北中」

「あー、駅の反対側か」


 同じクラスとはいえ、この程度の間柄です。




 彼は見た目厳つくまさに武道家といった雰囲気で、初見では非常に近寄りがたいけど、ものすごく人当たりがよく、女の子にも優しい。


 だから彼に好意を持つ女子は少なくないけど、武に生きる男みたいなイメージが強いせいか、誰かと付き合っているという話は聞かない。




「それにしても今日は早いんだね。これに乗ると始業の20分くらい前には着いちゃうよ」

「電車通学初めてだから時間の感覚が無くてね」

「早めに家を出たんだね」

「そう。いつもやってる朝練をちょっと早目に切り上げた」


 いつものルーティンと変わったから調子が出ねえなと言う彼を、それはご愁傷さまとからかうと、「悪いことばかりでもないよ」と言います。


「電車通学がちょっと新鮮だった?」

「それもあるけど、朝から筑紫さんに会えたから」


 お返しとばかりにからかわれました。こういう歯の浮くセリフをサラッと言えるのも、女の子に人気の理由。カッコいい男子にのみ許される特権ですね。


「私のことを惚れさせてどうするのよ」

「あながち冗談でもないさ。筑紫さんのこと可愛いって言う奴は結構いるんだぞ」

「聞いたことない」

「体育会系の男子とはあんまり接点なさそうだもんな」


 これまであまりお話したことはありませんでしたが、聞き上手話し上手の彼と喋っているうちに、学校の最寄り駅に到着します。


「せっかくだから学校まで一緒に行くか?」

「いいの? 変な噂が立っても知らないよ」

「ちょっと聞きたいことがあってね……」


 通学路を二人並んで歩きながら、藤島君が気になることというのを聞いてきます。


「さっき電車で筑紫さんの対面に座っていたおっさん。あいつヤベーぞ」

「何かあったの?」




 彼の言うおっさんと言うのが、私があの電車の中で唯一不快なもの。


 同じ駅から乗ってきて、必ずと言っていいほど私の対面の席に座る。そして、チラチラと睨め回すような視線を感じる。


 最初はただの偶然と言うか、たまたまその乗車位置が降りる駅で都合がいいんだろうくらいに思っていましたが、ある日違う車両に乗ってみても私と同じドアから乗る。試しにと一本早い電車に乗っても必ず同じ電車に乗ってくる。


 しかも乗ったあとに競うように私の対面の席を狙う。そしてスマホをいじりながら、チラチラとこちらの様子を覗っているのです。




 ハッキリ言って気持ち悪い。いい年した小太りの薄らハゲ。


 ある日のことなんか、走って駅まで来たのか知りませんが、大汗かいてゼーハー言いながらこっちをチラチラと見るその人は、ワイシャツがズボンからはみ出て、そのふくよかな白いお腹がものの見事に露わになっているんです。見た目で差別するなと言われても、社会人としてアウトすぎるでしょ。


 そんなわけで、ひたすら視線が合わないよう、私はスマホをいじったり、教科書を読んだりして到着するのを耐えて待っていたのです。




「あのおっさん、改札前でずっと待っていた。で、筑紫さんが改札を入った瞬間に、すぐ後を追いかけるように入っていった」


 藤島君は時間配分が分からず、随分と早く駅に着いてしまったのですが、その時点でソワソワしているおじさんが改札前にいたそうです。


 その時は彼も気にしなかったのですが、コンビニで立ち読みしたり、トイレに寄ったりして時間を潰して、そろそろ乗ろうかとしたらおじさんがまだ立っていた。そして、私の姿を見た途端に急ぐように改札を入ったので、慌てて後を付いてきたそうです。


「俺も考え過ぎかなと思ったけど、対面に座ってジロジロ見ていたから、こりゃあぶねー奴かと思って筑紫さんに話しかけたんだ。俺が前に立った瞬間、めっちゃ舌打ちし始めてよ。しかも体を右に左に動かし始めて。怪しすぎる」


 藤島君は窓越しでおっさんの不自然な動きに気づき、なんだコイツと振り返った瞬間に慌ててスマホに目を落としたそうです。


「アイツ、知り合い?」

「私、枯れ専の趣味は無いから」


 仮に知り合いだとしても距離感おかしいし、行動に説明がつかないですよ。


「実はさ……」

「サイちゃん、おはよー!」


 彼に今までの経緯を話そうとしたところで、友人の結衣に声をかけられました。


「あれ、藤島君? サイちゃん藤島君とそんなに仲良かったっけ?」

「事情があって今日からしばらく電車通学なんだ。そしたらたまたま同じ電車に乗っていたから、一緒に来ただけだよ」

「ほんとに〜?」

「結衣、藤島君が困ってるじゃない。アナタの期待するような展開じゃないわよ」


 結衣も加わって三人で歩くことになったので、おじさんの話の続きは出せずじまいのまま、学校に到着するのでした。






「筑紫さん、この後時間ある?」


 その日の放課後、藤島君から声をかけられました。


「今日は図書委員の仕事も無いし、このまま帰るだけだから。何の用?」

「朝の話の続き」


 それはあのおじさんのことでしょう。藤島君に迷惑かけたくありませんでしたが、目撃してしまった以上知らんぷりは出来ないからと、良かったら相談くらいは乗るよと言ってくれます。


「二人でいるところを見られたら、また朝の結衣みたいに茶化されるかもよ」

「俺は気にしないよ。だから筑紫さんが良ければだけど」


 申し訳ない気もしましたが、こちらも朝話そうとしていたわけですし、何より抱えている気持ち悪さを少しでも吐き出したいという思いもあったので、彼の申し出を受け、一緒に地元の駅まで戻ってから、駅前のファストフード店に入ります。




「少食なんだね」

「いやもうすぐ晩御飯だからね。こんなところでガッツリ食べてたらデブまっしぐらよ」

「筑紫さんは痩せすぎ。もう少し食べたって十分可愛いと思うけど」

「またそういうこと言って……」


 私が頼んだのはナゲットとアイスティー。藤島君は肉厚パティ3枚のメガサイズバーガー。見ているだけで胃もたれしそうですが、彼はそれでも足りないと言います。


「それで、朝の話の続きなんだけど」

「実はね…………」




「それ、軽くストーカーじゃん」

「ただ、今のところはそれだけなんだよねぇ」

「気持ち悪いと感じているなら、それで十分有罪だろ」


 私の話に自分のことのように怒っている藤島君は、ならばしばらく自分が一緒に電車に乗ろうと提案してくれます。


「そんなの悪いよ」

「遠慮すんな。現場を見ちゃっておいて、スルーするのは気が収まらねえ。俺の自己満足だから筑紫さんは気にしなくていい」

「でもいつもより家を出るのが早くなるよ」

「筑紫さんと毎日一緒に通学出来るなら役得だ」


 イケメン過ぎて惚れるわ。


「じゃあ折角だからお願いしようかな」

「任せとけ、指一本触れさせんよ。筑紫さん……あー、一緒に通学するほど仲良いフリするなら、名字呼びはよそよそしいか」

陽花はるかでいいよ」

「急にハードルが上がったな……だけどさ、名前が『はるか』なのに何で『サイちゃん』って呼ばれてんの?」


 それを聞いちゃいますか……


「名字が筑紫、名前が陽花。つなげると筑・紫陽花あじさいになって、そこから『サイちゃん』なわけよ」


 親のネーミングセンスを疑わないでください。両親が離婚してしまい、母方に引き取られた私は、母が旧姓に戻したせいでこうなったんです。最初から狙っていたわけではありません。


「そりゃ悪いこと聞いちゃったな」

「しょうがないよ。誰だってそんな裏事情があるなんて分かるわけないもの」

「俺もサイちゃんで呼んだ方がいいか?」

「藤島君には陽花って呼んで欲しい。周りに誤解されるのを気にしないならだけど」


 こういう機会でも無ければ男子に名前呼びなど頼めません。それに私も藤島君のことをカッコいいと思っていたので、図々しいお願いと分かっていながら可能ならばと申し出てみたら、あっさりと「全然気にしない」なんて言うものですから、「もしかして私に気がある!?」なんて妄想でウキウキしてしまいます。


「じゃあ明日からは同じ時間に駅前で待ち合わせな」

「よろしくね藤島君」

「おう」


 こうして、藤島君と一緒に登校する毎日が始まった。

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