第4話 ヒナ×マサト【私の彼氏】Shine番外編

◆◆◆◆◆


これはマサトと付き合い始めてすぐの頃の話。


ヒナの職場は繁華街にあるカラオケボックス。

ここで働き始めて1年とちょっとが過ぎた。

正社員ではなくてバイト扱いだけど夜と深夜メインで入ってるからそれなりに収入はある。

仕事にも慣れたし、職場の人たちもいい人ばかりで居心地もいい。

アルバイトをしながらきちんとした仕事を探そうと思っていたヒナだったけど、すっかりこの仕事を気に入ってしまい

……もうずっとこの仕事でいいかな。

そう思い始めた頃だった。


繁忙期の年末年始の人員増強の為、アルバイトが数人やってきた。

その中に彼女はいた。

「今日から研修してもらう真中莉子さんです。みんないろいろと教えてあげてくださいね」

「真中です。よろしくお願いします」

緊張した面持ちでその人はスタッフに向けて勢いよく頭を下げる。

その初々しい姿をほほえましく感じながら、スタッフ達は答えた。

「よろしくお願いします」

挨拶が終わると

「真中さんは夜から深夜の時間帯の勤務希望だからヒナちゃんに指導役をお願いしようと思ってるからよろしくね」

店長が笑顔でヒナに視線を向けた。

「えっ? 私ですか?」

まさかの指名にヒナは驚きが隠せなかった。


「うん、ヒナちゃんもここで働いてもう1年以上のベテランさんだからね。これまでは教えてもらう側だったけどこれからは教える側に回ってもらおうと思って」

「……」

確かに店長の言う通り、ヒナはこの店で働き始めてもう一年以上が経つ。

この店では正社員だけじゃなくて、アルバイトやパートでも勤続年数が一定以上になれば新人の指導係を任される。

だからこれは特別なことではないのだけど

……新人さんを私なんかに任せて大丈夫なの?

ヒナには不安しかなかった。

困惑するヒナに

「ヒナちゃん、大丈夫?」

店長が声をかけると

「……いや、店長こそ大丈夫ですか?」

ヒナは思わず尋ね返してしまった。


「えっ? なにが?」

「私なんかを指導係に任命して……ヤバくないですか?」

「なに言ってるの? ヒナちゃん、ちょっと天然なところはあるけど仕事はできるじゃん」

「……そうですかね?」

「そうだよ。ちょっと天然だけど」

……あれ? 店長はなんで2回も『天然だけど』って言ったんだろう?

ヒナは気になったが、そこを聞きなおす余裕はなかった。


「ヒナさん、よろしくお願いします」

真中がヒナに深々と頭を下げる。

「こ……こちらこそよろしくお願いします」

……本当に私なんかにませて大丈夫かな?

そう思いつつもヒナは頭を下げ返した。

「じゃあ、今日はヒナちゃんについて仕事を見て覚えてもらう感じで、明日以降は少しずつ実践してもらおうと思ってるから」

「分かりました」

「真中さん、分からないことはヒナちゃんに何でも聞いてね」

「はい」

店長と真中は未だに不安を抱えているヒナを置き去りにして話をどんどん進めていた。


◇◇◇◇◇


「じゃあ、これから休憩なんだけどその前にトイレチェックを済ませておこうか」

「はい」

真中さんはずっと真剣にヒナの話に耳を傾け、ジッとヒナの動きを観察していた。

時折、メモを取る姿にこの仕事に対する熱意のようなものを感じる。

アルバイトだって聞いているけど、これだけ真剣ならすぐに仕事にも慣れてくれるだろう。

初日の前半を終えた時点でヒナはそう思っていたし、店長にもそう報告した。


「休憩はこの部屋を使ってね。食事とかは持ってきてる?」

真中を休憩室に案内したヒナは尋ねた。

「はい。買ってきました」

「電子レンジやポットのお湯は自由に使って大丈夫だから」

そこまで説明を終えると、ヒナはロッカーからお弁当を取り出す。


「はい。ヒナさんはお弁当なんですか?」

「うん、食費節約のためにね」

「そうなんですね。私も明日からお弁当作ってこようかな。食事って買ったら高くつきますよね」

「そうだね。真中さんも自炊してるの?」

「はい、一人暮らしなんで」

「一緒だね」

真中とヒナは休憩に入ってはじめて仕事に関係のない会話をすることができた。


「ヒナさんっておいくつなんですか?」

「21になったばかりだよ」

「同じ歳ですね」

「そうなの?」

「はい、私も21になったばかりです」

「じゃあ、敬語じゃなくていいよ」

ヒナはそう言ったけど

「いいえ、研修期間が終わるまでは敬語でお願いします」

真中は頑なにそれを拒否する。

「そうなの?」

「はい。あっ、でも休憩中はタメ語でもいいですか?」

「それはいいけど、別に仕事中もタメ語でいいのに……」

「いいえ、これはけじめなんで」

「そうなんだ」

「はい」

……けじめか。

真中さんってものすごくまじめな人なんだ。

ヒナはひそかに感心していた。


◇◇◇◇◇


真中莉子の新人研修が始まって数日後。

すっかり仲良くなったヒナが

「どう?仕事には慣れてきた?」

休憩時間にそう尋ねた。


「初日に比べれば緊張は少なくなったけど、まだお客さんが多いとテンパっちゃうかな」

「最初は仕方ないよ。でももう少ししたら余裕も出てくるし、なにかあっても周りがファローするから大丈夫だよ」

「そう言ってもらえると気持ち的に楽になる」

「うん、もっと気楽にいっていいと思うよ」

「ヒナちゃん、ありがとう」

初日の宣言通り、勤務中は敬語を使う莉子だが、休憩中はタメ語でヒナともお互いを名前で呼び合うくらいに仲良くなっていた。

同じ年齢ということもあって、2人が親しくなるのに時間は掛からなかった。


「あっ、メッセージ来てる」

スマホを確認した莉子が嬉しそうに声を弾ませる。

「彼氏?」

声の感じからヒナが尋ねると

「ううん、まだ彼氏じゃないんだ」

莉子は気恥ずかしそうに答える。

「まだ?」

「うん。今はまだ片思い中」

「そうなんだ」

「ヒナちゃんは?」

「えっ?」

「彼氏いるの?」

そう尋ねられ

「……」

ヒナはつい黙り込んでしまった。


「ヒナちゃん?」

「……一応、います」

「一応?」

「うん」

「一応ってなに?」

気恥ずかしさから意味なくつけてしまった“一応”を指摘され

「います」

ヒナは再び言い直した。

「いるんだ。いいな~」

羨ましがる莉子に

「あっ、莉子ちゃんそろそろ休憩終わりだよ。返信しておかなくていいの?」

そう言ったのは、もちろんヒナなりの照れ隠しだった。

だけど莉子は、それを疑うこともなく

「ヤバい。返しとかなきゃ」

焦ったように返信を打ち始めた。


◇◇◇◇◇


「……今日も疲れた……」

勤務時間を終えた莉子は休憩室でテーブルに突っ伏している。

そんな莉子に

「よく頑張ったね、莉子ちゃん」

ヒナは労いの言葉をかける。


「ありがとう。ヒナちゃん」

「帰ってゆっくり休んでね」

「うん。そうする。てか、ヒナちゃんはまだ帰らないの?」

「報告書を書いたら帰るよ」

「報告書? それって私の指導報告書?」

「うん」

ヒナが頷くと

「ごめんね~、ヒナちゃん」

莉子は申し訳なさそうにヒナの腕にしがみついてきた。

どうして莉子が謝ってくるのかが全く分からないヒナは

「えっ? なにが?」

キョトンとした。


「通常業務に加えて私の指導係までして疲労も半端ないのにその上報告書まで書いてもらっちゃって」

「大丈夫。今日はそんなに忙しい方でもなかったし」

今日は平日で、客足も特別多い方ではなかった。

週末や祝日前の忙しさを知っているヒナにしてみれば今日は余裕もあった。

だから莉子が言うほど疲れてもいない。


「えっ? そうなの?」

「うん、莉子ちゃんも慣れたら今ほど疲れなくなるよ」

「そうかな?」

「そうだよ。とりあえず今日は帰りなよ」

ヒナが促すと

「うん。お疲れ様でした」

莉子は力なく立ち上がり、フラフラとドアの方へ向かう。

どうやらかなり疲労困憊しているらしい。

「お疲れ様」

莉子を見送ったヒナは

……莉子ちゃん、大丈夫かな。

心配しつつ、報告書にペンを走らせていた。


報告書を書き終え、裏口から外に出た私は

「……寒っ」

思わず身を竦めた。


「ヒナ」

背後から聞き覚えのある声が聞こえてきて

「……マサト」

ヒナは反射的に振り返ると、ふにゃりと表情を綻ばせる。

「迎えに来てくれたの?」

「あぁ」

「毎日来てくれなくてもいいのに……」

「今日、どうやって帰ろうと思ってた?」

マサトは聞きながら自分の首に巻いていたマフラーを外すとそれをヒナの首に巻き付ける。

「えっ? 歩いてだけど」

答えながらヒナはマフラーに微かに残るマサトの香水の匂いとぬくもりに一気に寒さが吹き飛んだ。

「危ねぇだろ」

「危ない?」

「時間も遅いし、この時期酔っ払いも多い」

マサトが言う通り、今は年末。

平日とはいえ飲みの帰りらしき人で賑わっている。

こんな場所を若い女性がひとりで歩いていれば危なくはある。

「……そう言われてみれば確かにそうかも」

「だろ?」

「うん」

「ほら」

差し出された大きな手。

ヒナはその手を見た瞬間、嬉しそうに顔を綻ばせるとその手を掴もうと手を伸ばす。

あと少しでマサトの手に届くというところで――

「ヒナちゃん?」

背後から聞こえてきた声にヒナは驚いたように身体をビクっと揺らし、伸ばしていた手を引っ込めた。

「莉子ちゃん? どうしたの?」

「ちょっと忘れ物をしたから取りに来たんだけど」

「そうなんだ」

「それより……」

「うん?」

「大丈夫?」

「なにが?」

「なんか絡まれてたりする?」

……はっ? 絡まれてる? 私が?

莉子は怯えたような視線をチラチラとマサトの方に向けていた。

「もしかして、この人?」

「う……うん。ヒナちゃんの知り合いなの?」

「知り合いっていうか……」

「やっぱり絡まれてるの?」

「ううん、そうじゃなくて……」

「なに?」

「……彼氏なの……」

「えっ? なに?」

「この人は私の彼氏なの」

「……」

「莉子ちゃん?」

「……彼氏?」

「うん」

「ヒナちゃんの?」

「うん」

「……」

「……?」

「……はっ!?」

ヒナの言葉をようやく理解したらしい莉子が驚いたようにその瞳を見開いた。


「……つかぬことをお聞きしてもいいですか?」

……なんで莉子ちゃんは敬語になってるんだろう?

仕事中でもないのに急に敬語になった莉子を不思議に思いつつも

「ど……どうぞ」

ヒナは答えた。


「脅されてたりするの?」

「脅されてる?」

「うん。付き合えって脅されてたりするのかなって思って」

「……ううん、全然脅されてはいないけど」

「本当に?」

「うん、本当」

「じゃあ、ヒナちゃんはこの人のことが好きで付き合ってるってこと?」

「普通、付き合うっていったら好きだから付き合うんじゃないの?」

「それはそうなんだけど……」

「莉子ちゃん?」

「なんかヒナちゃんの彼氏って感じがしない」

「そ……そうかな?」

「うん」

莉子に断言されてしまい、ヒナは少なからずショックを受けた。

元々、ヒナは自分がマサトに釣り合っているとは思っていなかった。

思っていなかったけど、こうして断言されてしまうとそれはそれで傷ついてしまう。

マサトに釣り合う女性になる。

それがヒナの目標ではあるけれど、どうやらその目標までは程遠いらしい。


「ヒナ、帰るぞ」

少し離れた場所で待っていたマサトが寒そうに身を竦めている。

「う……うん、ちょっと待って。莉子ちゃん、また明日ね」

ヒナは早口でそう告げるとマサトの元に駆け寄った。


◇◇◇◇◇


翌日の休憩時間。

休憩に入ってすぐに莉子はその話題を口にした。

「ねぇ、ヒナちゃん」

「うん?」

「ヒナちゃんの彼氏ってなにをしてる人?」

唐突な質問に、ヒナは咄嗟にその質問の意味を理解することができなかった。

「なにって……なにが?」

「仕事だよ」

「仕事は……してないんだよね」

「……はっ?」

「えっ?」

「もしかしてニートなの?」

「ニート!?」

「うん。仕事をしてないってことはニートでしょ?」

「そうじゃなくて、まだ学生なの?」

「……はい?」

「私の彼氏……マサトっていうんだけど」

「うん」

「マサトはまだ高校生なの」

「高校生⁉」

「見えないよね?」

ヒナが窺うように尋ねると

「見えないね」

莉子は即座に答えた。

それも仕方がない。

ヒナは思った。

マサトは雰囲気が落ち着いているから、実年齢よりも年上にみられることが多い。

童顔のヒナと並んで歩いているとほぼ100%の確率でヒナの方が年下に見られてしまう。

そもそもマサトと出逢ってすぐの頃は、ヒナ自身もマサトの方が年上だと思っていたくらいなのだ。

しかも昨日はマサトも制服ではなく私服だった。

私服姿のマサトはどこからどう見ても未成年にも学生にも見えない。

だから莉子が高校生に見えないと言ってもそれは仕方がないとヒナは思った。

「そうだよね」

「うん」


その後、莉子はなにかを考えるような表情で黙々とお弁当を食べていた。

いつもに比べると口数も少ない。

ヒナは気付いていたが、あえてそれに触れようとはしなかった。


お弁当を食べ終わった莉子が

「ヒナちゃん、明日ってお休みだよね?」

尋ねてくる。

その口調はいつもと変わらないもので

「うん」

ヒナもいつもと変わらない様子で答える。

「私もお休みなんだけど、一緒にご飯食べに行かない?」

「それって時間は何時くらい?」

「夜ご飯だから18時ぐらいかな」

……その時間だったらマサトも忙しいから私が食事に出かけても大丈夫かもしれない。

そう考えたヒナは

「あまり遅くまでは付き合えないけど少しくらいなら」

そう返事をする。

「本当? 職場以外でもヒナちゃんと話したいと思ってたから嬉しい」

「私も」

女友達とご飯を食べに行く。

それはヒナにとって久しぶりのことで楽しみな予定となった。


その日の帰り道。

ヒナは迎えに来てくれたマサトと帰路についていた。

「ヒナ、明日休みだよな?」

「うん。あっ、でも夕方にちょっと約束があって出かけようと思ってるんだけど」

「約束?」

「うん」

「ふ~ん、誰と?」

「職場に最近入ってきた子なんだけど」

「あぁ、ヒナが指導してる子?」

「うん、その子に食事に誘われてて」

「そうか」

そう言ってマサトの声ががっかりしているように聞こえて

「ごめんね」

ヒナは思わず謝罪の言葉を口にした。


「なんで謝るんだ?」

「……えっ?」

「別に謝ることじゃないだろ」

「それはそうなんだけど……」

「なにをするんだ? 買い物か?」

「ううん、食事に誘われてて」

「そっか。楽しんで来いよ」

「ありがとう」

マサトは快くそう言ってくれた。


◇◇◇◇◇


翌日。

待ち合わせの時間ぴったりに莉子はやってきた。

「ヒナちゃん」

「莉子ちゃん」

「ごめんね。待った?」

「ううん、私も今来たところ」

「良かった。じゃあ、行こうか」

「うん。今日行くお店ってこの辺り?」

「すぐ近くだよ」

「そうなんだ」

莉子と並んで歩きながらヒナはわくわくしていた。

今日は莉子ちゃんとたくさん話ができる。

そう思うと嬉しくて堪らなかった。

これまで休みの日と言えばマサトと過ごすことがほとんどだった。

マサトと一緒に過ごす時間は楽しいし幸せだ。

だけどマサトはこの街が地元なので友達も多い。

いくら彼氏だからと言って独り占めするわけにはいかず、マサトに友達との約束あると聞くとヒナは『行ってきなよ』と送り出すことが多かった。

マサトが友達と過ごす間、友達という存在がいないヒナは一人で過ごさないといけない。

でもこれからはそんな時間も減るかもしれない。

ヒナは勝手に期待を抱いていた。


だけど店に入ったヒナは

「……莉子ちゃん」

戸惑いが隠せなかった。

「うん?」

「ご飯って2人で食べるんじゃないの?」

スタッフに案内された個室には見知らぬ男性が3人と女性が1人いた。

「うん。人数は多い方が楽しいかなって思って。この人達、私の友達でいい人だから心配しないで」

「でも……」

これが女の子だけならヒナはこんなに戸惑ったりしなかったかもしれない。

「うん?」

「私には彼氏がいるから」

見知らぬ男性との食事はマサトに対する罪悪感のようなものを覚えるには十分だった。

「彼氏がいたら友達とご飯を食べるのもダメなの?」

「友達?」

「だって私とヒナちゃんは友達でしょ?」

「う……うん」

「……ってことは、私の友達はヒナちゃんの友達でもあるでしょ?」

……えっ?話したこともない人が友達?

「違う?」

「……どうだろう?」

見知らぬ男性を友達だと思うことはできない。

だけどそれを莉子に伝えるのはなんだか気が引けてしまった。

「ほら、あんまり深く考えずに楽しもうよ」

莉子はヒナの言を俟たずにドアを開けた。

「あっ……」

莉子を引き留めようとしたヒナの声は

「ごめん、お待たせ」

莉子の声にかき消されてしまった。


「ヒナちゃん、座って」

「う……うん」

それから先はもう莉子に言われるがままだった。


◇◇◇◇◇


ヒナはずっと変えるタイミングを見計らっていた。

莉子の言う通り、彼女の友達はみんな優しかった。

初対面のヒナにも気さくに、そしてフレンドリーに接してくれた。

でもヒナは心を開くことができなかった。

莉子がお手洗いに立ったタイミングでヒナはそのあとを追った。

「莉子ちゃん」

「あっ、ヒナちゃん。楽しい?」

「ごめん。私、そろそろ帰るね」

「えっ? なんで?」

「彼氏が待ってるから。これ、私の分」

ヒナは自分の食事代を莉子に手渡した。

それを受け取った莉子は思い切ったように口を開いた。

「……ヒナちゃん」

「うん?」

「別れた方がいい思うよ」

「えっ?」

「あの彼氏はヒナちゃんには似合わない」

「似合わない?」

「うん。ヒナちゃんはもっと普通の人と付き合った方がいいと思う」

「……」

「彼氏って年下なんでしょ。しかもまだ学生とか……」

「……」

「学生の彼氏なんて付き合ってる意味なくない?」

「それってどういう意味?」

「どういうって……お互いに学生同士なら楽しいし問題ないかもしれないけど……」

莉子が言いたいことをヒナはなんとなく察することができた。

だから

「……確かにそうかもしれない」

それを遮った。

「えっ?」

「莉子ちゃんの言う通りなのかもしれない」

「……?」

「マサトは私には似合わないのかもしれない」

「ヒナちゃん?」

「マサトは私にはもったいないくらいの人だから」

「そうじゃなくて私が言っているのは逆の意味……」

「でもね、私は絶対に手放したくない人なの」

「……」

「私はマサトと別れるつもりはないの」

ヒナがきっぱりと断言すると莉子はまだ何か言いたそうではあったが、それを口にすることはなく黙り込んでしまった。

「莉子ちゃん、また明日から一緒に頑張ろうね」

ヒナは笑顔で明るく言うと、くるりと踵を返し、そのまま外に出た。


店を出たヒナは

……マサトに会いたいな。

すぐにスマホを取り出すと発信した。

『……――はい』

「マサト?」

『ヒナ、もう食事は終わったのか?』

「うん」

『楽しかったか?』

「うん。とっても美味しかった」

『よかったな』

「うん。ねぇ、マサト」

『うん?』

「会いたいな」

『分かった。すぐに迎えに行く』

「待ってるね」


通話を終えたヒナは

……よし。また明日から少しでもマサトに釣り合う彼女になれるように頑張ろう。

スマホをギュッと握り締めて心に誓った。


ヒナ×マサト【私の彼氏】 完

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