第30話 踊る悪魔


 「はい、そこまでぇ」


 振り返ってみれば、通路を塞ぐような大男が道の真ん中に立っていた。

 元々狭い裏路地、男が二人立てば塞がってしまう様な道ではあったが。

 それでも、目の前にはおかしな光景が広がっていた。

 立って居るのはたった一人、だと言うのに。

 “逃げ道”がないのだ。


 「なんだぁ、てめぇは。死にてぇのか!?」


 仲間の一人が声を上げてみれば、その男は何も言わず大盾を二枚取り出し打ち鳴らしてみせた。

 ガツンッ! と、鼓膜に響く様な音で。

 正直肝が冷えた。

 嘘だろ? って、何度も心の中で思った。

 俺達が受けた依頼は、見栄えの良い若い娘を攫ってくる事。

 一人攫っただけでも、それなりの金額が約束されていた。

 この仕事が終わったら、仲間達と共に国を出るつもりだった。

 大金片手に、他所の国でもう少しまともに生きるつもりでいた。

 だというのに、コレだ。

 犯行現場を見られた、だったら口を塞いでしまえば良い。

 それは分かっているのに、どうしても足が動かないのだ。

 “アレ”は、なんだ?


 「お盛んな所わりぃけどよ、ちょぉっとお話を聞きてぇんだわ。幼女攫いのロリコンさん達? 大元と、他に依頼された奴らの情報。知ってる限りで良いから吐いてくんねぇかなぁ?」


 ゾッと背筋が冷えた。

 俺達の後ろ、そこは行き止まりだった筈なのだ。

 だと言うのに、その声は随分と近くから聞こえた。

 道がない筈の場所から、急に“ナニか”が語り掛けて来る。

 更には、俺の肩を掴んでくる始末。

 飄々としたその声を上げながら、全く気付かない内に間合いに入っていた。

 何なんだ、コイツらは。


 「ちゃんと喋ってくれれば、素手で相手してやんよ」


 「西君、僕もう盾構えちゃった……」


 「んじゃ無駄な抵抗した場合は東にぶっ飛ばされるって事で」


 ケラケラと笑いながら、彼が言葉を紡いだ瞬間。

 仲間の一人がナイフを振るってしまった。

 大馬鹿野郎が! なんて思わずそう叫ぼうとしたというのに。


 「交渉決裂っと。アイリさ~ん、もう良いぜ?」


 「せぇぇい!」


 声を上げる前に、目の前の仲間達が消えた。

 パラパラと零れ落ちるレンガの欠片を追って視線を向けてみれば、冗談みたいに壁にめり込んでいる仲間達。

 だと言うのに、攫おうとしていた少女だけは先程声を掛けて来た奴の腕に納まっている。

 なんなんだ、何だと言うんだ。

 俺は、何に出合った?


 「それじゃちょっとお話を聞かせて頂きましょうかねぇ」


 黒い鎧を纏う悪魔たちが、三人。

 こちらを見ながら薄ら笑いを浮かべているのが分かった。


 ――――


 「どっせぇい!」


 「ずるい! 私にも一人頂戴!」


 それっぽい奴等を見つけた瞬間屋根の上から飛び降り、拳を振り下ろした。

 隣を走っていた着物のお姫様も飛び込んできて、相手に対して鉄扇をぶち込んでいたが。

 すっげぇ痛そう……まぁソレは良いとして。


 「俺、参上!」


 「私が来た!」


 二人してポージングを決めてみれば、今しがた女の子を攫おうとしていた男達から冷たい視線を浴びせられてしまった。

 何故だ、ちゃんと格好良く登場した筈なのに。


 「北山さん! 数六! 内三人が刃物所有!」


 「お気を付け下さいキタヤマ様、残りの内二人は魔術が使えるようです」


 遅れて登場した初美と、彼女に抱えられた姫様が静かに声を上げる訳だが。


 「キタヤマ、半分貰っちゃっていい?」


 「むしろ全部貰っていくれて良いぜ? 魔法ってのは未だに良く分からん」


 「“斬風ざんぷう”!」


 エルフのお姫様が鉄扇を振るえば、男達の手に持っていた刃物が全て根元から切断された。

 安物使ってんねぇ。

 何てことを思っていると、今度は風に乗って男達の前髪が無くなっていく。


 「魔法ってのは凄いな……バリカン代わりにもなるのか」


 「服だけ剥がす事も出来るよ? やる?」


 「なにそれ男のロマン、男のは見たくもないが。俺も魔法使える様にならない?」


 アホな事を言っている内に、男達は態勢を立て直し二人がこちらへ。

 残る四人は後方へと走り始めた。

 ちなみに、当たり前だが攫われた女の子は後方組。

 と言う事で。


 「しゃぁねぇ、後ろ行くか」


 「それはキタヤマも剥いで良いって事かな?」


 「止めろ馬鹿。つぅか俺らの鎧舐めんな」


 とかなんとか言葉を交わしながら壁を蹴り、逃げ出す彼らの真正面に着地した。

 いらっしゃいとばかりに両手を拡げてみた瞬間。


 「このメンツは失敗ですね……ちゃんと警戒しているのは伝わって来ますけど、どうしてもこの二人が揃うと手より口が動いてしまう。リナ様の力量を信用しているからこそ、なのでしょうけど」


 「もう少し恰好良い所を見せて欲しかったです……お二人共」


 そんな事を呟く初美と姫様が、俺の影から生えて来た。

 それはもうニョキッと。

 そんでもって。


 「こちらで拘束しますね。この子、お願いします」


 初美の一言により、影から伸びた黒い物体に拘束される誘拐犯さん達。

 ありゃ?

 エルフのお姫様と一緒に呆けている間に、攫われそうになった女の子をペイッと投げ渡されてしまった。

 キャッチしたは良いが、こっちの姿を見て今にも泣き出しそうになる女の子。

 アイコンタクトを送り、エルフのお姫様にも即座に救援に来てもらった訳だが。


 「あ、甘いモノとか好きかな? ほら、ウチの国で作られている飴だよぉ? 美味しいよぉ?」


 「ならこっちはウチのクランの奴が作ったクッキーだ。ホレ、旨いぞ? な? もう大丈夫だから、旨いモン食って祭りに戻ろう? な?」


 二人して、マジックバックからボロボロと菓子を取り出してみせるが。

 目の前の女の子は未だ泣き顔、というかブワッとするまで五秒前って所だ。


 「わ、私……食べられちゃうの?」


 「「喰わねぇ(食べない)よ!?」」


 二人して叫んでしまったのが良くなかったのだろう。

 少女は泣き出し、アワアワと慌てた黒鎧の馬鹿と着崩した着物の馬鹿が誕生した。


 「初美ぃぃぃ!」


 「もう、本当に何やっているんですか貴方達は……」


 やけに呆れたため息を溢しながら、彼女は少女の前までやって来ると視線を合わせる為に腰を落とした。

 そして、絶対俺達には向けてくれないだろう柔らかい笑みを浮かべながら、少女へと笑いかけるのだ。


 「こんにちは、もう怖い人は居ないから大丈夫だよ。どうしてこんな所に来ちゃったのかな? 迷っちゃった?」


 え、なにその口調。

 語尾が丸っこいんだけど。

 姫様を守る騎士様な上に、子供達にスパルタ物理教育してる初美はどこいった?

 今では保育園の先生ですよって言われても納得しちゃう。

 なんて事を思った瞬間、俺の影から何かが生えて来て背中を引っ叩かれたが。


 「お父様に……今日はこの道を通れって……いわれたの」


 「へぇ……いつもはこの道を通るのかな?」


 「ううん、いつもなら危ないから通るなって」


 少女の一言と共に、初美は姫様に対して鋭い視線を向ける。

 そして、静かに頷くウチの姫様。

 なんか、ややこしい事になって来たな。


 「多分、直接関わっている貴族は少なくとも、声を掛けられて“我が子”を高値で売ろうとした貴族はそれなりに居たって事だよ。攫われたっていう“口実”さえあれば、売り払ったというより世間体は良いからね。貴族が皆裕福って訳じゃないから、口減らしの可能性もあるけど」


 ボソッと、隣に立つエルフ姫が耳打ちしてくる。

 なるほど、把握した。

 つまりクソヤロウって事で良いんだな?

 奴隷システム自体を俺達がどうこう言うつもりは無いが、コレはあまりに肝っ玉の小さいやり方に思える。

 自分は被害者面しながら、子供を売って金にするってか。

 随分と面の皮が厚い奴らが居るじゃねぇか。


 「頭に来るのは分かるけど、便乗する貴族がある程度居る事は予想していた。抑えて」


 「ソレで良いのかよ、ふざけやがって」


 「“ソレ”が現実だよ。ウチみたいな島国じゃない限り、王とはいえ全ての人間を把握する事は出来ない。それに人を売るのが当たり前の世界だ。皆が皆そうだとは言わないけど、薄情な人間はいくらでもいる。それくらい分かるでしょ?」


 「分かっちゃいるが……気分は悪い」


 「それは、同意」


 お互いに苦い顔をしながらも、敵意を引っ込めた俺達。

 あぁ嫌だ嫌だ、これだから貴族社会に関わるのは嫌なんだ。

 何てことを思いながらガリガリと首を掻いていれば。


 「獣みたいなおじさん……助けてくれて、ありがとうございます」


 話が終わったらしい女の子から、ペコッと頭を下げられてしまった。

 だがちょっとまて。


 「獣? おじさん? いや、おじさんではあるが」


 「やーい獣おじさん。子供からも怖がられてやんのー」


 「なっ!? てめぇ! これでも孤児院じゃ引っ張りだこなんだぞ!」


 「きゃー! 獣おじさんに襲われるぅー!」


 「間違いなくお前の方が年上だろうが! 待てこら!」


 ケラケラと笑うエルフのお姫様を、空中含め追い回してみれば。


 「北山さん……またこの子から怖がられますよ?」


 「さっきより良い動きしてませんか?」


 二人から更に呆れたお声を頂きながらも、必死でエルフのお姫様を追い回すのであった。


 ――――


 「随分と遅くないか?」


 誰かが、ポツリと呟いた声が聞こえた。

 ここは国の外。

 外壁のすぐ隣に位置する場所。

 そんな所で、私達は彼らの仲間達が到着するのを待っていた。


 「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」


 まだ予定の時間にはなっていない。

 だからこそ焦る必要はない事は分かっているのだが。

 それでも、ジリジリと焦燥感が込み上がって来る。

 カツカツッと、落ち着きなくつま先で地面を叩いていれば。


 「まだまだ日が落ちるまでには時間がある。安心してくれよ、旦那」


 盗賊のリーダーが、こちらに向けてヘラヘラと薄汚れた歯を見せながら笑った。

 ここ最近、国の外に出来た盗賊団。

 近くの集落を寝床にしているらしいが、魔獣の森の中を生き抜ける実力者揃い。

 あぶれ者の集まりでとにかく人数が多く、技術者も多いらしい。

 馬車の扱いから船の操縦、更には身元の偽装まで出来るメンツが揃っているという話だ。

 だからこそ、私は最後の賭けとして彼らと繋がりをもった。

 もうこの国では生きていけない。

 全てが悪い方向に転がるこの国は、私に合っていない。

 そう感じたからこそ最後の金を使って彼らを雇い、今後の為の“売り物”を大量に仕入れてから国を出るつもりでいた。

 だというのに……。


 「まだ聞いていた半分も集まっていないではないか。ちゃんと日が落ちるまでに約束の数を集められるんだろうな?」


 「大丈夫ですって、旦那。街の中の協力者全員使った上に、腕利きも半分以上中に入れたんですぜ? それに貴族連中にもちぃっと話を付けてくれる奴が居ましてね、今じゃ向こうからウチの娘を持って行けって連絡まで来るくらいだ。おっかないねぇ、貴族ってのは。旦那から最初に預かった金だけでも、随分と多くの娘っ子が買えちまったくらいだ」


 それなら、大丈夫なのだろうか?

 仲間がほんの数人だというのなら、失敗する可能性の方が高い気がするが。

 彼らが動かしている人間は三桁に近いという。

 それだけの数の人間をどうやって集めたのかは気になるが、あまり深く関わっても仕方のない事だろう。

 彼らとは次の国に着き次第、関りを断つと約束しているのだから。


 「ま、もしも遅れた奴が居たら捕まったって事ですわ。ソイツ等は見捨てて、俺達だけで出発。半分は陸から、もう半分は海から。例えどっちかが捕まっても、もう半分だけで元が取れるくらい“上玉”を攫ってこいって命令してあるんで」


 「なっ!? 約束が違うだろうが! ちゃんと数を揃えろ! 約束の数の半分では今後の計画に狂いが出る!」


 「そうは言ったって、仕方ないじゃぁないですかい。みーんな一緒に動けば目立つ、何たってこんな人数だ。全員牢獄暮らしになるか、打ち首なんて御免ですぜ? なぁに、どっちも見つからなきゃ良いだけの話ですわ。気楽にいきましょうや」


 なんてことを呟きながら、ソイツはその場にゴロリと横になった。

 全く、分かっているのか?

 人生逆転のチャンスが目の前にあると言うのに。

 まるで緊張感が無い。

 やはりこんな奴らに任せるべきじゃなかったか?

 なんて、親指の爪に歯を立てていれば。


 「アナタ……大丈夫なのよね?」


 不安そうな声を上げる妻が、そして“残った”子供達が私の事を見上げて来る。


 「大丈夫だ、絶対に上手く行く。なんたって“あの子”でさえ白金貨三枚の価値が付いたんだ。シーラの若い貴族令嬢というブランドを付ければ、他所の国ならもっと高く買ってくれる筈だ。だから、他の国でやり直そう」


 そういって微笑んでみれば、背後からは大きな笑い声が返って来た。

 さっきからコイツは、何処までも不快にさせてくれる。


 「いやはや随分な家族愛があったもんだ。やっぱりおっかないねぇ、貴族ってヤツは」


 「黙れ、貴様らはさっさと自分の仕事をしろ」


 「へいへい、仰せのままに」


 コレは、最後の賭けなのだ。

 祭りに浮かれた今の状況なら、多少騒いだ所で見つかる事の方が少ない。

 それに、兵の多くは集まった王族の警護に大忙しなはずだ。

 ならば、この機を逃す手はない。


 「絶対に上手く行く……いや、上手くいかないとおかしいんだ。全てを投げ出して、こんなにも人を集めた。なら、失敗する方がおかしい」


 独り言の様に呟きながら、私達は残るメンバーの到着をひたすら待ち続けるのであった。

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