第17話 サポーター


 「墓守ぃぃ、分かってんだろうな? 貸し一つだ。 しかも結構な人数を動かしたからな? 結構デカい貸しだぞ?」


 「分かっている」


 「こちらとしては余り煩く言うつもりは無いが……何も無しではクランメンバーに示しがつかん。 だから、一応返してもらうぞ?」


 「大丈夫だ、問題ない」


 “海”の方には肩を捕まれ、“森”の方にはヤレヤレと呆れ顔を浮かべながらポンポンと頭を叩かれてしまった。

 とはいえ、こればかりは仕方ない。

 総員四十名前後。

 そのウォーカー達一週間の取り分を、俺達はルーを買う為に使い潰してしまったのだから。

 確かに彼らはレベッカの依頼を受けた。

 しかしアレは元々俺らに向けて即興で作った依頼書、報酬は未記入だった。

 多少の金額では買い取り金を補えないし、買い取ったルーを渡す訳にもいかない。

 だからこそ、無報酬。

 俺達は、彼らの一週間を丸々タダで借りてしまったのだ。

 だったら、返さなければならないだろう。


 「何が欲しい? 金か? それとも手か? 俺に差し出せるものは少ない」


 そう言って両チームのリーダーを眺めてみれば。

 脇から袖を引っ張られてしまった。


 「今回の原因は私、ならこの身を差し出すべき。 彼らが使った一週間、その代わりに私が何でもする。 私が両方のクランに恩返しするべき」


 グッと口元を噛みしめるルーが、震える手で袖を掴みながらそんな事を言って来た。

 だが。


 「「却下だ」」


 両クランリーダーが、即座にルーの提案を取り下げてしまった。

 そして。


 「とりあえずユーゴを貸せ、今夜の晩飯を全員分作って貰う」


 「なに?」


 「こっちもだ、旨い飯が食いたい」


 「おい」


 呆れた視線を二人に向けてみれば。


 「「お前は今度何かあった時に手を貸せ、それまで貸しだ」」


 「……了解した」


 結局、その程度で収まってしまった。

 ユーゴには悪いが、今夜は忙しくなりそうだ。

 なんて事を思いながらため息を溢してみれば。


 「ルナァァァ!」


 「レベッカ……なんでそんなに暑苦しいの」


 「だって、だってぇ!」


 ビェェと泣き叫ぶ彼女が、ルナに抱き着いている。

 全く、俺の周りも煩くなったものだ。

 とかなんとか思いながら息を吐いてみれば。


 「墓守さん? 貴方も手伝うんですよ? まさか分かっていますよね?」


 非常に影の濃い笑みを浮かべるユーゴに、肩を叩かれてしまった。


 「しかし、俺に料理は……」


 「海老の皮をむくとか、それ位は出来るでしょう? まさか俺一人にこの人数の夕飯を任せたりしませんよね?」


 「了解した……」


 「手伝う!」


 「私も、お手伝いしますわ!」


 そんな訳で、俺達のパーティの仕事は飯づくりになった。

 コレで良いのか? なんて思ってしまう訳だが。

 協力してくれた男達は、ニカッと笑みを浮かべてくるのであった。


 「損な性格をしているな、お前達」


 「お前にだけは言われたくねぇよ、墓守」


 「全くだ」


 二人から頭を引っ叩かれてしまった。

 何故だ。


 ――――


 「結局、例のお嬢様は彼らのパーティに入る事になったの?」


 「えぇっと、そうみたいです」


 渋い顔を浮かべるサリエは、微妙に視線を逸らしながら書類をこちらに差し出して来る。

 何か、問題があったのだろうか?

 なんて事を思いながら彼女の資料に目を通してみれば。


 「えっと……本人が希望したのよね? 本当に? 彼等が強要した、みたいな事ではないのね?」


 「それはないです。 むしろ墓守さんは家を貸してやるから留守番してろ、とか。 ユーゴ君は家族に助けを求めるから、そっちで過ごす様にって促していました」


 「それでも登録したんだ、この子……」


 はっきり言おう。

 特徴、なし。

 一応おかしな称号は持っているが……本人をチラッと見た限りでは普通の貴族のお嬢様だった。

 魔法も使える様だが、特出して目立つモノは無し。

 どこまでも、普通の少女だった。

 元貴族だから、余計にこれからが心配になってしまう訳だが。


 「大丈夫なのかしら……」


 「一応手先が器用。 あとは本が好きらしくて、図鑑なんかで植物の知識は相当なモノだとか……」


 「だとしても、体力的に厳しい気がするんだけど」


 「ですよねぇ。 今の所サポーターですけど、本人は強くウォーカーを希望しています」


 「はぁぁ」


 思わず、額に手を当ててしまう事態だった。

 たまに居るのだ。

 貴族のお坊ちゃまお嬢様達が、遊びでウォーカー登録する事が。

 しかし、三日どころか初日で辞める。

 その日登録したばかりの若い子に、大物の仕事を任せる事などあり得ない。

 ソレに不満を垂れる事はあるが、結局仕事に向かわせれば、辞めてしまうのだ。

 小物さえ討伐出来ず、雑用の様な仕事さえこなせず。

 そういう子達を多く見ているからこそ、不安が残る。

 彼女は、貴族として生きて来た人間なのだから。


 「ほんと、大丈夫かしらね……」


 「もう、見守るしかないですよね……」


 二人揃って、大きなため息を溢すのであった。


 ――――


 「最初は休んでも良い、とにかく歩け」


 私が受けた指示は、それだけだった。

 はて、と首を傾げてしまった訳だが。


 「えっと、俺達ウォーカーは基本的にずっと移動を続けます。 なので、まずは体力を付けましょうって事です」


 ユーゴに言われて、なるほどと納得した。

 基礎体力は大事だ。

 物語では「あれから数日」とか、「脚が棒の様になるまで歩き続け」なんて書かれるが。

 実際にそれ程歩き続けられる体力が無ければ、話にならない。

 なので、歩いた。

 街の中を。

 彼らに言われたルートを、ただただひたすらに。

 人の多い道、ウォーカーが多く滞在する場所。

 そのウォーカー達ですら、知った顔ばかりだったが。


 「お? ルナちゃん、今日も散歩かい?」


 「体力づくり、散歩とは違う」


 「そうかい、ならコレ食べながら行きな! 腹が減っちゃ筋肉は付かないよ!」


 露店のおじさんが、笑顔で商品だろう食べ物を差し出して来る。


 「でも、お金持ってない」


 「いいんだよそんなの! 食え食え! 坊主達とウチの嫁さんに見つかる前に食っちまいな」


 「ありがと」


 お礼を言いながら商品を受け取り、再び歩きはじめる。

 美味しい。

 魚の塩焼き。

 単純な料理だが、私や墓守が作ると生臭くなる。

 なんでだろう? ちゃんと本に書いてある通りに作っているはずなのに。

 そんな事を考えながら歩き回っていれば。


 「お、ルナちゃん発見! 今日も体力づくり?」


 「ん、二人がまだ連れて行ってくれない」


 「ま、仕方ないわな。 サポーターって言っても、やっぱりウォーカーに付いていく訳だし」


 若いウォーカー達が声を掛けて来たかと思えば、私を取り囲む様にして一緒に歩きはじめる。

 確か、海と森の若い人達。

 なんか絡まれている様な絵面だが、別段コレといって問題が起きたことはない。

 というか、何か厄介事があると真っ先に駆けつけてくれる。

 ウォーカーは荒くれ者、なんて話を聞いた事があったがガラリと印象が変わってしまった。

 皆良い人達ばかりだし、こうして一緒に歩いてくれる。


 「やっぱり、ウォーカーって大変?」


 「まぁ、そうだね。 命に係わる仕事だし」


 「でもま、やりがいもあるっつぅか」


 「俺らみたいな馬鹿にはそれくらいしか出来ないとも言う」


 ダハハ! と盛大に笑いながら、皆は私と一緒に街中を歩いていく。

 そして。


 「お、ついたついた。 ルナちゃん、いつものやろうぜ」


 「臨むところ」


 目先にあるのは、広い噴水。

 その中に、小さな足場が点々と置かれていた。


 「最初は、誰がいく?」


 そう言って振り返ってみれば。


 「んじゃ、俺からな」


 「そのまま俺ら続くわ」


 「最後ルナちゃんで」


 普通なら子供の遊び場だ。

 だというのに彼らはその中に飛び込み、水の上の足場をスイスイと渡っていく。

 たまにバク転なんかもかましながら、余裕の表情で。


 「いきます」


 フンスッと気合いを入れてから、足場に向かって飛び出した。

 一つ、二つ。

 非常に順調だ。

 なんて事を思っていたその瞬間。


 「あ」


 ズルッと足が滑った。

 着地した瞬間にバランスを崩した為、それはもう見事に水の中に倒れ込む勢いだ。

 あ、コレは不味い。

 帰ってから二人に怒られるヤツだ。

 なんて事を思った次の瞬間。


 「フォロー!」


 声と同時に、先程のウォーカー達が水に飛び込み、私の体を飛び石へと戻してくれた。

 皆普段通りの戦闘用装備だというのに、躊躇なく水の中に飛び込んで来た。


 「ごめんなさい……」


 「平気平気! おしかったよ!」


 申し訳なくなり頭を下げてみれば、彼らはグッと親指を立ててくる。


 「体力だけじゃなくて、こういうのも慣れておかないとな! 頑張れよ!」


 「あぁ……やっぱり、柔らかい」


 「「てめぇは死ね」」


 何故か一人だけ噴水の中に叩き込まれているが。

 でも、コレも普段通りだ。


 「後もうちょっと、跳んでみて良い?」


 「「おうよ!」」


 些か過保護過ぎる扱いを受けながら、私は最後まで足場を渡り切り、噴水の反対側へとたどり着いた。

 ふぅと息を溢してみれば、先程のウォーカー達からは拍手が返って来る。

 ちょっと恥ずかしい。

 でも、嬉しい。

 こんな風に人と関わる事も無かったし、褒められる事も無かった。

 だからこそ、今の環境が楽しいと感じられた。

 更には。


 「ルナ!」


 「あ、レベッカ」


 馬車から降りて来たレベッカが、一直線にコチラに向かって走って来ていた。

 そして、その背後にはにこやかに微笑む執事。

 おかしいな、レベッカは走っているのに執事は歩いてる。

 でも同じ速度で迫ってくるのだ。

 これだけは、いつもちょっとだけ恐怖を感じる。


 「ルナ、今日もお散歩!? なら一緒に歩きましょう!」


 「散歩ではなく体力づくり。 レベッカはいいの? 忙しくない?」


 「もう予定なら全部終わったわ! 一緒に歩きましょうよ、色々とお話がしたいわ!」


 「ん、なら平気。 皆も一緒に……」


 なんて振り返ってみれば。


 「俺らはこの辺で。 後はレベッカ嬢と楽しんで来なよ」


 「だな、また明日。 頑張ってね、ルナちゃん」


 「百合……」


 「「死ね」」


 彼らは笑顔で手を振り、一人を沈めていた。

 まぁ、いつも通りだ。


 「それではまた! ウォーカーの皆さま!」


 「また明日、ありがと」


 そう言いながら手を振り、私達は街中を歩き始めた。

 彼らからもブンブンと手を振られたので、こっちも大きく手を振って返す。


 「いやはや、なかなかどうして。 ルナ様も馴染んできましたな」


 「そうでもない。 私は、まだ二人に付いていく許可さえ貰えないでいる」


 「もう少しの辛抱です、頑張りましょう」


 執事のお爺さんからもそんな事を言われながら、私はひたすらに歩いた。

 日が登って、二人が仕事に出かけて。

 身の回りの雑用を済ませてから、ずっとだ。

 墓守とユーゴが帰って来るであろうその時間まで、ひたすらに歩く。

 足が痛くなる事もあった、怪我をする事もあった。

 その度に、彼らは教えてくれるのだ。

 この薬が良い、包帯の巻き方はこの方が良い。

 歩き続けたと言えば、よく出来たと言ってくれる。

 でも、サボって良いとは言わなかった。


 「二人は、休みを入れないの?」


 そう、聞いた事もあった。

 しかし、返って来た答えは。


 「休めば、その分稼ぎが減る。 俺達は常にギリギリで生きている」


 「ま、たまには必要だと思いますけどね。 それでも、墓守さんの言う通りです。 それから、俺の憧れた人が言っていたんです。 狩りってのは、俺達に甘さを許してはくれない。 だから、胡坐をかくなって。 きっと俺達は殺し、殺され。 生き続ける事で初めてウォーカーになれるんです。 だから、休む必要が出るまでは働き続けますよ」


 そう言って、今日も二人は仕事に出てしまった。

 もうアレから、私を仲間に入れてからずっと休んでいないのだ。

 これが、ウォーカー。

 休日云々ではなく、数時間休めれば良いという世界。

 とても過酷だ。


 「ちなみに、ルナ様はどういったウォーカーを目指しているのでしょうか?」


 「質問の意図が良く分からない」


 「なに、難しく考える必要はありません。 言葉通りです」


 老人は、歩きながら私に笑みを向けて来た。


 「剣を振るい、強敵を倒す。 日々様々な魔獣をより多く狩る。 ウォーカーとは様々です。 それぞれが多種多様な生き方をする。 そんな中で、貴女はどうなりたいですか?」


 そう言われてしまうと、思わず首を傾げてしまった。

 私は、どう在りたいのだろう。

 別にウォーカーとして名を上げたい訳じゃない。

 これという大物を退治したい訳じゃない。

 でも、物語になりそうな人物の隣には立ってみたい。

 妄想であり、願望。

 しかし現実と向き合って良く分かった。

 隣に立つだけでも、側に居るだけでも大変な世界なんだ。

 だからこそ、物語になる。


 「私はただ、見てみたい。 戦いたい訳じゃない」


 「ほう?」


 「でも、それは私の我儘。 今現状としては、役に立ちたい。 今の私は、何の役にも立たない。 だから、せめて彼らに付いていけるようになりたい。 少しでも、支えられる存在になりたい」


 「まさに、サポーターですな」


 ハッハッハと笑いを洩らす老人に、グッと親指を立ててやった。


 「煽ってくれて結構、馬鹿にしてくれても構わない。 でも、まずはサポーターを目指す。 私は、何もしてこなかったから。 だから、追い付く。 そうじゃないと、“並ぶ”事も出来ない」


 「良い心構えかと思います」


 そんな会話をしながら、今日も私は歩くのだ。

 ただひたすらに、歩き続ける彼等の隣に並べるように。


 「私もウォーカーをやってみたいって、お父様に相談してみようかしら……もっと皆と一緒に居たいわ」


 「よろしいのではないでしょうか? 旦那様なら、きっと許してくださいますよ。 明日から訓練を倍に致しましょう。 皆様を納得させる為にも」


 「そうね! それが良いわ!」


 なんか、二人が凄い事言っていた。

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