第2話 飛猿


 「はい、こちらで登録完了となります。 そしてこちらが初心者セット、はいどうぞ。 他に何かご質問などはございますか?」


 「いえ、大丈夫です。 とはいえ……仲間が出来るか心配ですけど」


 「多分、貴方なら大丈夫じゃないでしょうか? フフッ、いざとなったらお姉さんが助けてあげるから、困ったら言うのよ?」


 綺麗なウインクを見せてから、ギルド受付のお姉さんは俺の書類を作成していく。

 う~む、結構本気の悩みなんだけどなぁ……。

 なんて事を思いながら苦笑いを浮かべていれば、正面玄関が騒がしくなってくる。

 はて、と首を傾げながら振り返ってみれば。

 誰もいなかった。

 あれ? と更に首を傾げていると。


 「おい、終った」


 すぐ隣から、そんな声が聞えて来たのだ。


 「っ!?」


 思わず腰の剣を抜き放ち、今しがた声の聞こえた方向へ切っ先を向けてみれば。

 そこには、赤黒く染まったローブを身にまとった男が立っていた。

 見るからに不吉、更には近くに居るだけでも濃い血の匂いが漂って来て居る。

 そして何より異常なのは、その片手には銀色に光る巨大なシャベルが握られていた事。


 「ひっ!? って、あぁ“墓守”さんですか……毎回言ってますけど、気配を殺してカウンターまで来ないで下さい。 私達は貴方達ウォーカーの様にレベルが高い訳じゃないんですよ?」


 「以後気を付ける」


 「前もそう言っていた気がするんですけどねぇ」


 やけに呆れた様子を見せる受付嬢に、シャベル男は淡々と返事をしながらも物品を収めていく。

 何の魔獣だろうか、大きな角なんかもちらほら現れている。

 腰に下げた“小さなバッグ”から。


 「おい」


 「っ! は、はい!」


 急に声を掛けられて、思わず声が裏返ってしまった。

 更にはフードの中から銀髪……というか灰色に近いのか? そんな色をした髪の毛が零れ、青い瞳がこちらを睨んでくる。

 相当ベテランのウォーカーなのだろうか?

 周りも彼に対して一歩引いた様な態度だし……。

 とか何とか思っていれば、彼は大きなため息を一つ溢した。


 「ウォーカー同士の争いごとはそこら中で起こるが、ギルド内では止めて置け。 すぐに資格を剥奪されるぞ」


 そう言いながら、彼は俺が構えた剣の腹をコツンッと叩く。

 完全に忘れていた。

 ビビって剣を抜いたまま、彼の事をずっと観察していたらしい。

 普通なら失礼どころではない、すぐに叩き切られてもおかしくない状況だった。


 「ご、ごめんなさい! って、いったぁ!?」


 慌ててガチャガチャと剣を鞘に戻そうとすれば、指の間を薄く切ってしまった。

 マジで素人丸出し、物凄く恥ずかしい。

 これでも戦闘訓練は結構習って来たのだが……普段と違う環境に飛び込んだせいか、色々とやらかしてしまっていた。


 「見せろ」


 「へ?」


 先輩ウォーカー達から笑われそうな状況だったろうに、シャベル男は無造作に俺の手を掴み上げ、傷口を確認していく。

 そして、何かの液体をバシャッと振りかけて来た。


 「あれ? 傷が……」


 「ただのポーションだ。 気を付けろよ」


 それだけ言って、彼はこちらに背を向け歩き去ってしまう。


 「墓守はかもりさーん! 買取金は次回で良いですよねー!? 明日以降なら受け取り可能ですからねー!」


 受付嬢がその背中に大声を上げれば、シャベル男は両開きの扉を開けながらヒラッと小さく手を振って答え、そのまま出て行ってしまう。

 その態度にも慣れたものなのか、受付のお姉さんは「まったくもう」なんてため息を溢してから何事も無かったかのように椅子に腰を下ろしていた。


 「あの、さっきの人って」


 未だ唖然としながらも、再びカウンターに向き直ると。

 そこには少しだけ困った様に眉を寄せるお姉さんが。


 「“墓守”っていう二つ名のウォーカーですよ。 御覧の通りの恰好だから、普段あまり人と関わっている所を見ないけど……今日は貴方と随分話してましたね。 結構珍しいんですよ?」


 「アレで、結構話していた方なんですか?」


 「えぇ。 普段は“終わった”とか、“分かった”とかしか喋りませんもん」


 とにかく、変な人だという事は分かった。

 でもフードのからチラッと見えたその顔は、随分と若そうというか……俺とそう変わりない年齢に見えたのだが。


 「あ」


 「今度はどうしました?」


 「俺、あの人にお礼言ってない! ポーション使ってもらったのに!」


 ポーションだってタダではない。

 ちょっとした切り傷ではあったが、アレだけすぐに効く薬なのだ。

 それなりの金額がしそうな予感がする。

 そんなモノを俺みたいな素人に使ってくれたのに、礼さえも伝えないなんて非礼を通り越して最低だろう。


 「行って来ます!」


 「あ、ちょっと!? 墓守さんは結構神出鬼没で……ってぁもう」


 受付のお姉さんの声を背中で受けながらも、両開きのギルドの扉を押し開いて外へと飛び出した。

 俺も今日からウォーカーなのだ。

 だったら、先輩には敬意を示さなければ。

 生意気な新人とか思われたくも無いし、見た目は怖かったけど何だかんだ優しそうな人だったし。


 「“墓守”さーん!? どこですかー!? “墓守”さーん!」


 大声で叫びながら、俺は彼を探して街中を走り回るのであった。


 ――――


 「結局、会えずにもう三日……」


 「どうした? ルーキー」


 「あ、いえ何でもないです」


 強面の先輩ウォーカーの後に続き、森の中を歩いていく。

 この街、というか国は海と山に挟まれている。

 だからこそ仕事は多いし、両方に“専門家”と呼べる様なウォーカーが多く滞在していた。

 海のクラン、山のクラン。

 多くのウォーカーが集まり、互いに助け合い生きる“家族”の様な存在、それがクランだ。

 両者が仕事の成果を競い合う様に仕事をしている為、仕事の回転率は非常に高いのだと受付さんが自慢していた。

 そして今回、俺に仕事のやり方を教えてくれているのが“山”の専門家。

 しかもそのクランのリーダー、イズリーさん。

 スキンヘッドに強面、そして顔に傷なんかあったりして。

 見た目は完全に山賊というか、結構な圧を放っているこの人だが。

 実の所かなり丁寧に仕事を教えてくれる。

 更にはかなり優しい性格をしているらしい、それがこの三日間で身に染みる程分かった。


 「気を付けろ、足元の注意ばかりをしているとすぐに囲まれるぞ」


 「あ、はいっ!」


 元気な声で返事をしてみれば、彼はフッと小さな笑みを溢してから再び正面を向き直った。

 それからしばらく、森の中を突き進んでいくと。


 「え?」


 森の中、少し開けたその場所に。


 「あぁ、アイツが来たのか」


 イズリーさんも、そんな声を洩らした。

 そこには、地面に幾つも並んだ大小様々な石が置かれている。

 その辺にでも転がっていそうなモノではありそうだが、それでもこんな均等に並んでいる事などないだろう。

 明らかに人工的であり、どう見てもこれは。


 「お墓……」


 「あぁ、そうだな。 ちょっと変わり者のウォーカーが居てな。 ソイツはこうやって、討伐した魔獣の墓を作るんだ」


 やれやれと首を振りながら、イズリーさんはその場に踏み込んでいく。

 そして足元に咲く花を摘み、その一つずつに備えていく。


 「あの……」


 「俺らは魔獣の墓なんぞ作らない。 食って、食われて、殺し合う。 それが人と魔獣の在り方だ。 だが、誰かが……“墓守”が埋葬したんだ。 どんな想いで埋めてるのかは知らねぇが、いちいち否定するつもりなんかねぇさ。 弔った奴がいるなら、俺らだってソイツが作った墓に祈りを捧げてやるくらいはする」


 そういって、イズリーさんは片膝をついて瞳を閉じた。

 “墓守”。

 先程確かにイズリーさんは、そう呟いた。

 だとしたら、間違いなく“彼”なのだろう。

 変わり者のウォーカー。

 しかし周りの雰囲気を見る限り、“嫌われ者”ではないらしい。

 何となくホッと胸を撫で下ろしてから、俺もその隣で膝を折る。

 どうか、安らかに。

 魔獣からしたら天敵とも呼べる俺達、ウォーカーに祈りを捧げられた所で嬉しくもなんともないだろう。

 それでも、だ。

 俺達は生きていく為に魔獣を狩る。

 だが憎んでいる訳でも無ければ、逆に慈悲の心を持っている訳でもない。

 ただ、“魔獣とウォーカー”だったというだけ。

 ならば、死んだモノに対して祈りを捧げるくらいはしても良い気がする。

 例え自己満足だったとしても、しないよりはずっと良い。

 なんて、どこまでも綺麗事なのかもしれないが。

 とかなんとか、考えている時だった。


 「っ! ユーゴ! 警戒!」


 「へっ? は、はいっ!」


 急に俺の名前を呼びながら、イズリーさんは巨大な斧を構えた。

 警戒する様に周囲を伺っているものの……今の所コレと言った敵は見えない。

 何か見えたのか、それとも感じたのか。

 何も分からぬままこちらも長剣を引き抜いて、何処に居るかも分からぬ相手に向かって切っ先を向ける。

 周囲に広がるのは森の木々、そして多くの葉に遮られて日光も届かぬ暗闇。


 「イズリーさん……一体何が?」


 「シッ! 見えないなら耳に集中しろ」


 訳も分からずスッと目を細めながら耳に神経を集中させてみれば。

 僅かだが、木々を爪で引っ掻く様な音が聞こえる。

 カリッと、本当に小さな音だが。

 それが、“周囲全体”から響き渡っているのだ。


 「コレって……」


 「囲まれたな……」


 舌打ちを溢すイズリーさんが巨大な斧を背負い直し、腰から短剣を二本引き抜いた。

 そして、大きく深呼吸した後。


 「ずらぁぁ!」


 大声を上げながら、急に明後日の方角に向かって短剣を振るった。

 え? は? なんて間抜けな声を上げる俺の足元に、“ソレ”は降って来た。

 先程の一撃でやられたのか、完全に絶命している“猿”。


 「っ!」


 「“飛猿とびざる”だ! その辺からすっ飛んでくるから警戒を怠るな!」


 なんて声を上げる中、イズリーさんは更に二匹の猿を仕留める。

 す、すげぇ。

 物凄い勢いで突っ込んでくる魔獣を、正確に捉えている。

 一体どれ程の経験を積めば、あんな事が出来るようになるのか。

 とかなんとか考えていた時だった。


 「なっ!? ちょ、離れろ!」


 「ユーゴ!」


 俺の首元に、一匹の猿が腕を回して来た。

 飛んでくる事ばかりに警戒していたが、コイツは上から降って来たらしい。

 まるで肩車でもするみたいな状態で、鋭い爪を立てながら俺の兜の固定具を外そうとしている。

 マジか、魔獣ってこんな頭の良い奴もいるのか。


 「離れろっつってんだろうが!」


 我武者羅に暴れた所で無駄だと判断し、多少の怪我は覚悟した上で両手で猿を引っぺがして地面に投げつけた。

 いってぇ……鎧の隙間に爪が入った。

 多分頬とかざっくり切った気がする。

 でも、とにかく助かった……なんて息を吐きだした瞬間。


 「ユーゴ! 避けろ!」


 「へ?」


 イズリーさんの声に周囲を見渡した時、息が止まった。

 上から追加で降って来る猿が、周囲の木々の隙間から砲弾かって程の勢いで突っ込んでくる猿が。

 いずれも、真っすぐに俺の事を睨んでいた。

 あっ、コレ……終わったかも。

 思わず、スッと瞼を下ろしそうになったその時。


 「全員目と口を塞いでしゃがんでいろ! “染みる”ぞ!」


 その声と同時に、空中で何かが弾けた。

 広がっていくのは、赤い粉末。

 それが風に乗る様に、周囲に広がっていく。


 「こ、これは……?」


 「馬鹿! アイツの声が聞こえなかったのかユーゴ!? 眼と口を塞いでしゃがめ!」


 ポカンと眺めていた俺の事を無理矢理伏せさせるイズリーさん。

 頭を押さえられ、目の前には青臭い草が見える。

 そんな状況で耐えていれば、周囲から聞こえてくるのは随分と控えめな斬撃音と獣の悲鳴。

 訳が分からない。

 だというのにそれすらもほんの数十秒ほどで無くなり、すぐに元の静寂が訪れる。


 「えっと……」


 声を上げてみれば、俺の頭を押さえていたイズリーさんのデカい手が、スッと退かされた。

 更には。


 「助かったぜ“墓守”、俺は細かい集団はどうも苦手でな」


 「いや。 ……花を供えてくれたんだな。 律義な奴だ」


 「抜かせ小僧。 全く、いい加減ウチに入らねぇか?」


 「……考えておく」


 「そうかい。 ま、気長に待ってるよ」


 随分と気安い会話が聞こえてくる。

 一体何がどうなってるんだ。

 困惑する頭を振りながら、正面へと視線を投げてみれば。

 やはり、そこには“彼”が居た。

 赤黒く染まったローブを身にまとい、肩に担いだデカいシャベル。

 今回は正面から見ている為か、その灰色の髪と蒼い瞳も良く見える。

 間違いなく、ギルドで出会ったその人であった。


 「あ、あのっ!」


 大声を上げる俺に驚いたのか、彼とイズリーさんが揃ってこちらに視線を向けて来る。

 何となく気恥ずかしくなりながらも、俺はバッ! と音がしそうな勢いで頭を下げた。


 「あの、ありがとうございました! ポーション!」


 「「ポーション?」」


 まずは今の状況のお礼からだろうに。

 色々と話したい事が詰まりまくった俺は、最初から相手に困惑させるような言葉を発してしまうのであった。

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