決勝戦
ついにその日がやってきた。
決勝戦はゲーム開始から一進一退のシーソーゲームがずっと続いていた。柊斗のスリーポイントシュートは冴え渡っていた。アメリカのエースであるマイケルが得点を上手く重ねても、スリーポイントを決められると思うように点数が開いていかない。
柊斗のシュートは本当に綺麗ないい音を立てて気持ち良く決まるので、アメリカチームにとっては点数以上にダメージがあるようだ。ましてや会場の雰囲気は完全にアウェイ。日本への大きな声援が余計にダメージを大きくしていた。
日本は勝てるかもしれないという雰囲気が会場全体に行き渡っている。
それでもアメリカはやはり強い。崩れそうでも決して崩れず、要所要所ではマイケルが必ず決めてくる。一瞬たりとて気を抜けないまま、同点で第三ピリオドを終えた。
最終ピリオド、残り十分で決着が付く。アメリカはこのピリオドのスターティングメンバーに、この大会初出場の選手を入れてきた。これまでの大会で見た事のない若くて大柄な選手だ。ゼッケン28。高さはチームで一番を誇り、日本チームは彼は秘密兵器ではないかとずっと警戒していた。これまで出場の機会を与えなかったのは、その戦い方を明かしたくなかったからではないかと考えていた。ここで一気に点差を広げようという魂胆か。
ゼッケン28は高さを生かして柊斗のスリーポイントを徹底的に封じ込んだ。その封じ込めと同時にアメリカチームの攻撃的なディフェンスが炸裂し、日本チームのミスを誘い、いきなり三連続ゴールを決めた。得点差は一気に六点。堪らず日本チームがタイムアウトを取る。
「あれが出来るならもっと早くからゼッケン28は投入されているはずだから、必ず弱点があるはずなんだ」と昴が言う。
皆が頷き、海斗が昴に顔を向けた。
「あと八分か。スバル、出れるか?」
「勿論。ダメになったらすぐ交代してくれ。最初から全開で行くから」
そう言うと監督に鋭い目を向けた。残り五分を切ってから昴を投入する予定にしていたが、ここだという思いは一致した。
「選手交代」
昴が登場し、会場が沸いた。海斗と昴と柊斗が同時にコートに立つのはこの大会を通して初めてだ。
五人は円陣を組んだ。
「いくぞ!
負ける気はしねえ!
会場は異様な雰囲気だ。全ての人達がオレ達に力を与えてくれていると感じた。心は研ぎ澄まされ、落ち着いている。コートの中から見る景色は澄み渡っていて、ベンチから見えなかった所までよく見える。オレは障害者である事を忘れていた。
ゼッケン28の動きに注意を向けていると、すぐにある事に気づいた。あいつは片側にしかターン出来ない。障害か? 障害につけ込むのは辛い。しかし相手の弱みを探って攻めていくのがスポーツだ。たとえそれがどうにもならない障害であったとしても。様々な障害をカバーし合い、チームで補い合っていくのがイスバスだ。だから、あのゼッケン28の弱点を補えないとしたら、それはチームの弱さなんだよ。分かるか? 昴は心の中でアメリカチームにそう挑発していた。
昴はその弱点を執拗に攻めた。柊斗をマークしているゼッケン28が動けない方、動けない方に、あの奇妙なパスを入れていく。高さがネックになってシュートを打ちにくくなっていた柊斗とディフェンスの間に少し空間が出来、柊斗はシュートを放つ事が出来た。二連続シュートを決め、六点あった点差が一気に二点差に縮まる。相手も負けじとシュートを決めてきて再び四点差になる。二点差四点差の攻防がしばらく続いた。残り時間が刻々と短くなっていく。
四点差でマイボール。ここで柊斗が綺麗なスリーポイントを決めた! 一点差に詰め寄り、一発逆転のチャンスに、アメリカチームがすかさずタイムアウトを取った。
攻撃はアメリカから。残り時間は45秒しかない。ボールを保持してから24秒以内にシュートを打たなくてはならないというルールがある為、微妙な残り時間だ。アメリカは一回の攻撃を選ぶのか二回の攻撃を選ぶのか。一回の攻撃で確実にシュートを決めれば三点差となり、勝ちが濃厚となるはずだ。最悪、例え相手にスリーポイントを決められたとしても同点で延長戦にもつれ込む事になる。日本にとっては、ここでアメリカのシュートミスを誘い、自分達が持ち時間を使ってシュートを決めれば逆転優勝濃厚だ。
アメリカは選手を交代してきた。弱点を悟られたゼッケン28に替わって、シュートを確実に入れる選手、ゼッケン6が登場した。
昴はベンチに引っ込んでいくゼッケン28の悲しそうな背中を見送った
「ごめんよ。お前は悪くないよ。お前の弱点をカバー出来なかったチームが悪いんだ」
昴は無言で、その背中に呼びかけた。
アメリカの攻撃が始まる。日本のディフェンスも必死だ。アメリカはやはり、確実にシュートを決める為にじっくりとチャンスを窺ってきた。残り時間25秒の所でゼッケン6がシュートを放つ。普通なら確実に決めてくるようなシュートがリングに弾かれる。まさかのチャンスがやってくる? 日本がリバウンドを取って、そこから自分達がシュートを決めれば逆転優勝が濃厚になる。ボールはどちらの手に渡る?
天の
ゼッケン6がトップにパスを戻す。先程シュートミスをして動揺しているのか、少しだけパスがそれ、それを日本のローポインターが手で弾く。
昴は反射的に一目散に自分達のゴールに向かって走り出していた。決して早くは走れないがその反応は驚く程早かった。残り時間10秒。
弾かれたボールをもう一人の日本選手がキャッチし、海斗の手に渡る。
海斗から前方に走り出していた柊斗にパスが渡る。まだゴールまでは距離があるが残り時間も殆ど無い。柊斗はそこでゴールに向かって大きな放物線を描くシュートを放った。
シュートを放った、かのように見えたがそれは昴へのパスだった。そのパスは昴の車椅子の右横に優しく優しく静かにバウンドした。
昴はそのバウンドに合わせて、あのアンダーパスのようなフックパスのような奇妙なパスをするように、右手でボールをすくい上げた。そのボールは今度はゴールに向かって美しい放物線を描いた。
「スパン!!」
一瞬静まり返っていた会場に、これ以上無いと思われるような美しい音が響き渡った。
一呼吸置いて試合終了を告げるブザーの音が鳴り響いた。
沈黙。
少しの沈黙が訪れた後、その沈黙は一気に引き裂かれた。
「わー!!!」
地鳴りのような
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