検査入院

 昴はコーチにいつもの病院に連れていかれた。そこにはコーチと親しいドクターがいて、バスケ部員は何かあると、いつもそこで診てもらっている。昴も何回か治療を受けた事があり、ドクターも昴の事をよく知ってくれている。

 病院に到着すると、コーチはドクターを呼び、少し話し込んだ後、レントゲンの他に血液検査など様々な検査を受けた。

「せっかく病院に来ていい機会だから、この際悪い所が無いか色々調べてもらっておいた方がいいから」

 コーチは昴にそう言っていた。


 色んな検査を受けた後、まずコーチだけが呼ばれて二人で話をしていた。その後昴が呼ばれて三人で話をした。

 右足首の骨に異常は無く、ちょっと強い捻挫で一週間位安静が必要だと言われた。左足に力が入らないのも、おそらく一過性の物だが少し様子を見ようと言われた。

「そこは問題なさそうなんだけど、ちょっと引っ掛かる所があってな」

 ドクターはそう言って、昴の顔を見て続けた。

「ここは小さな病院だから、一度大きい病院でちゃんと検査を受けてほしいんだ。問題無いかもしれないし、もしかしたら問題があるかもしれない。ここでは何とも言えない。アメリカの病院でもいいんだが、私の友人の腕のいい専門医が日本の病院にいるんだ。彼は若月わかつきという日本人だ。

 そこで提案なんだが、スバルは一度日本に帰って、彼に診てもらうのが一番いいんじゃないかと私は思っている。

 どうせ今はバスケの練習もまともに出来ないし、オリンピックも終わった事だし、バカンスのつもりで里帰りもいいんじゃないか?

 小学校を卒業してアメリカに来てから、一度も日本に帰ってないそうじゃないか。ご家族もきっと会いたがってるよ」


 昴は困った顔をしている。

「帰れない。オレ、家族から逃げたくて、こっち来たみたいなもんだし。一度も連絡した事無いし。きっとオレの事なんかもう忘れてるさ」


 コーチが「そんな事は無い」と言った。

「オレは御家族と連絡を取り合っている。必要な連絡が時々あるんだ。スバルは自分一人でここでやってるつもりだろうけど、御家族の支援があるから出来ている事なんだぞ。御家族にはオレの方から連絡するから、スバルは心配しなくて大丈夫だ。悪いようにはしない。ドクターと最善策を考えるから、ここはオレ達に任せてくれないか」


「え?」

 昴の頭の中は混乱していた。アメリカに来て自分一人の力でやってきたという自負が崩れ落ちた。家族の顔が浮かんだ。

 戸惑いの表情を浮かべている昴にコーチは言った。

「大丈夫だ。スバルは何も心配しなくていい。今日はオレの家に泊まれ。早速、ご両親に連絡を入れてみるから」


 昴は他に名案は浮かばず、コーチに従うしかないと思った。信頼出来るコーチだ。

 日本か。つい先日、急に海斗に会いたいと思った。家族に会いたいと思った。でもこんな形で? あんなに会いたいと思ったのに、現実味を帯びると怖くなった。やっぱり会いたくないと思った。会うのが怖いと思った。


 コーチの行動は滅茶苦茶に早かった。昴に有無を言わさず、翌日、昴を成田行きの飛行機に乗せた。

 昴はまだ移動には車椅子が必要だったが、空港内では航空会社の援助を得られたし、成田には母親が迎えにきてくれていた。

「ごめん」

 昴が言うと母親は笑った。変わらない笑顔だった。

「何、謝る事ないよ。オリンピック、凄かったね。みんなで応援してたんだよ。おめでとう」と言った。

 昴はみんなって誰だろう? と思ったけれど、その事は聞かなかった。多くの事は語らなかったけれど、母は以前と変わらず優しかった。そこから母の運転する車で病院に直行した。


 昴は四日間、検査入院をさせられた。車椅子に乗せられて、看護師さんに、あちこちの検査室に連れ回された。

「何かオレ、病人みたいだな。こんなに元気なのに」

 看護師さんに向かってついついボヤキがでる。

 病院には父親も弟の柊斗も訪れてきた。家族はみんな優しかった。昴が家を出ていった年に小学校に入学する事になっていた柊斗は立派な六年生になっていた。大きくなった。ドゥーリハリハに入り、イスバスもやっていると言っていた。


 そして検査結果は望む物とはかけ離れた物だった。ドクターはその事を両親に告げ、本人にどう話すか話し合いを重ねた。母親は海斗に相談した。



 退院する前日の夕方、その日の検査を全て終えた昴はベッドの上で、人差し指の上にバスケットボールを乗せて回していた。

 そこに突然、海斗がやってきた。

「お邪魔するよ」

 そう言って突然入ってきた海斗を見て、昴は思わずバスケットボールをベッド上に落とした。

「カ、カイト‥‥‥。さん。な、何で? オレ、えっと、えっと‥‥‥」

 言葉が出てこない。

 海斗は笑って言った。

「オリンピック、凄かったな。銅メダルおめでとう! お前のプレー、メチャメチャ痺れたぞ!」

「え? あ、ありがとう。ご、ございます」

 昴のおかしな敬語を聞いて、海斗はプッと吹き出した。

「いいよ、そんな変な敬語みたいなの、使おうとしなくて。久しぶりだな。相変わらず、ボールは手放せないようだな」

 昴はちょっと安心した。まず言いたい事があった。

「オレ、オレ。ごめん。ずっと謝りたいと思ってた。突然出ていって、イスバス封印して、ずっと自分勝手で」

 そこまで言うと、海斗が口を挟んだ。

「オレもごめん。お互い様だ。昴は幼かったし、オレも若かった」


「え? オレ、いっぱい話したい事があるんだけど。あ、手、大丈夫? パラ、テレビで観たよ。小四の時、出ていってイスバス封印してて、あの日以来初めて観たんだ。最後のオーストラリア戦だった。カイトのプレーと、試合終了後の顔見て、観れて良かったって思った。その後色んな思いが押し寄せてきて、急に会いたくなって。こんな形では会いたくなかったけどさ。ちょっとだけ聞いてくれるか?」


 声は男らしくなったけれど、小四の時と変わらない口調に海斗は微笑んだ。

「ああ、オレも話したい事があるけど、まずは昴の番だ」


 昴はゆっくりと話し始めた。

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