出逢い

 二日後、昴は母親と一緒にドゥーリハを訪れた。事務所に行くと窓越しに一人の女性が見えた。昴が走り出して、いきなり窓をバンバンと叩くと女性が窓を開けた。母親は置いて行かれてまだ数メートル後ろにいる。

「ねえ、おととい、でんわに出たおばさんでしょ? 見にきていいって言ってくれた人でしょ?」

 女性は「あら」と言って笑った。

「電話には出たけどおばさんじゃなくて、お姉さんよ。よく来たね。あの方はお母さん?」


「あ、ごめん。おねえさん。そう、かあちゃんにつれてきてもらった」

 母親がやっと追いついて頭を下げた。

「申し訳ございません。失礼な言葉遣いで。宇川と申します。この子がどうしても見学したいって言うものですから」

 女性はにこにこしている。

「御案内しますね。バスケの練習は16時からなんですけど、カイト君はもう来てますから。パラリンピック終わったばっかりなのに、練習したくてしょうがないみたいなんです。決勝戦、負けちゃったでしょ。もっとシュート確率上げるんだって頑張ってますよ」


 三人が体育館に到着すると、体育館にはまだ海斗だけしかおらず、彼はシュートを打っていた。

「すげー、なまカイトだ〜」

 思わず昴が言った言葉に女性は笑った。海斗がすぐに気がついて、軽く会釈をした。女性が海斗を呼んだ。

「カイト君、ちょっといいかな?」

 海斗は車椅子を漕いでやってきた。

「すげー、なまカイトだ〜」

 昴の目はキラキラしている。

「こら!」と母親。

 女性が海斗に二人を紹介した。

「さっき、言ってた電話の子。早速見にきてくれたの」

 昴が待ちきれないように口を挟む。

「ぼく、スバル。テレビ見てた。カイトがめちゃくちゃカッコよくて、ぼくもやりたくなって。ねえ、おしえてくれるでしょ?」

「こら!」と母親。

「ごめんなさい。口が悪くて。お邪魔にならないように見させていただければと。あ、パラリンピック素晴らしかったです。銀メダルおめでとうございます」


 海斗は嬉しそうに笑っていた。

「スバル君、テレビで応援してくれてたんだね。ありがとう。もうすぐチーム練習が始まっちゃうから、まずは見てて。終わったらちょっと話そっか。

 お母さん、僕達、練習とか試合とかを観てもらえるのは凄く嬉しいんです。気合い入りますよ。ありがとうございます。そこで椅子に座ってゆっくり観てて下さい。事務員さん、ありがとう。椅子よろしく」

 そう言ってコートに戻っていった。

「かあちゃん、赤くなってやがる〜」と昴は母親を冷やかした。


 二人は用意してもらった椅子に座って練習に見入っていた。昴は最初こそ椅子に座って大人しくしていたが、そのうちに立ち上がって、海斗の動きを真似し始めた。ドリブル、パス、シュート!

「よし!」と大きな声をあげていた。


 練習が終わると、海斗が二人の所にやってきた。

「カッコよかったよ」

 昴がまず声を出した。

「お疲れ様でした。ありがとうございました」と母親が言った。

 海斗はお辞儀をすると、昴に顔を向けた。

「スバル君は何年生? バスケはやった事あるの? 車椅子に乗った事は?」

「小学一年生。バスケはやったことない。見たこともない。イスバスしか。くるまいすもはじめて見た。でも、ドッチボールとかけっこはとくいだよ」


 昴がそう言うと、海斗はいきなりバスケットボールを昴に向かって投げてきた。昴は咄嗟にキャッチした。

「おもて〜。でかいな。このボール」

「ナイスキャッチだ。ドッチボールが得意なだけあるな。ちょっとドリブルとかしてごらん」

「うん。あれ? うまくできないな」

 そんな風に言いながらも、どんどんコツを掴んでいくようで、初めてとは思えないボールさばきに海斗は驚いた。


「そうだ。倉庫に一台、子供用の車椅子があるはずだ。ちょっと乗ってみる?」

「ほんと? のる、のる、のらせて!」


「あれ? むずかしいな」

 そんな風に言いながらも、どんどん身体と一体化して乗りこなしていく様子に海斗は驚いた。


「じゃあさ、ちょっとだけ自分の足で思い切り走ってみて。体育館の端まで。ヨーイ、ドン!」

 昴は走った。小さな身体なのに、その速さに海斗は驚いた。

「おいで」


「スバルは運動神経抜群だね。そんなに足が速いのに、何でイスバスがやりたいの?」

「だってカッコいいから。カイトみたいになりたいっておもった」

「ハハハ。ありがと。イスバス、やりに来てもいいけど、一つ約束出来る? スバルはいい足があるんだから足も鍛えないといけないよ。ここに来たら、半分はイスバスの練習、半分は足を使った練習をやる事。出来る?」


 昴は満面の笑みを浮かべている。

「もちろん、できるよ」


「それから、スバルの家はここから遠いの? お母さんに送ってもらわないと来れない? お母さん、お腹大きいだろ?」

「うん。じてんしゃでこられるかな。じてんしゃもとくいだから、がんばってみるよ。あしたもきていい?」


 海斗は母親と話してから昴に言った。

「よし。明日自転車で来てみろ。

 明日はチーム練習は無いけど、オレは毎日16時から練習してるから。遅れたっていいから、学校から帰ったら安全運転で来るんだよ。転んで怪我したりしたら、練習させてやらないから。明日は帰りはオレが送ってやれるから」

 昴はぴょんぴょん飛び跳ねながら「わーい!わーい!」と叫んでいた。



 次の日から毎日のように昴は自転車で40分位かけてドゥーリハに通い、一生懸命に練習した。海斗の動きをしっかり観て、真似をしたり、時々は一緒に出来る練習に混ぜてもらったり、足で走る練習も海斗がメニューを作ってくれて、一人で頑張ってやっていった。

 小さな身体で大きな車椅子や重たいボールを扱う事は大変だったが、出来ない事が悔しくて、何度も何度も挑戦し、どんどん上達していった。

 海斗と昴は歳の離れた兄弟のように仲良くなっていった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る