第二章 対岸編

第14話 滑空か、ディスタンスか

 目の前に、2通の封筒がある。


 片方はいわゆる普通の定型封筒で、もう一つは定形外の大型封筒。差出人はどちらもトリ娘コンテスト事務局だ。

 ウイングノーツはどちらも受け取った経験があるから分かる。小さい方には不合格通知、大きい方には合格通知と出場手続きの書類。さすがに両部門同時出場という無茶は回避できたようだが、問題はどちらの部門に出場することになったのか。


「ではまず小さい方から開けるのね?」

「はい、お願いします!」


 苦笑しながら尋ねる青葉にノーツは真剣な顔で返す。

 残り物には福がある。

 これからの自分の方向性を左右する通知なのだ。既に中身は決まっているんだろうと分かっていても、験担ぎだろうがなんだろうがやれることはやっておきたいウイングノーツなのだった。


 シュレディンガーの封筒ね、と提案を聞いて笑っていた青葉が、ゆっくりと封筒にハサミを入れていく。ゴクリと自分のつばを飲み込む音が聞こえた。


「さあ、開けたわよ。……えーと、これは滑空部門。落選ね」

 トリ娘コンテストのロゴがはいった紙を広げて見せる青葉。


「と、いうことは!」

 ウイングノーツは急いで大きい封筒を開ける。


「やったーっ!」

 そして、「登録番号通知書」と書かれた通知に、ディスタンス部門の登録番号と自分の名前が入っていることを確認した。


『書類選考会の結果、貴殿は合格と判定され、上記の番号で登録されました。大会出場をめざし、トレーニングに励んでください。』


 書かれた定型文にも身が引き締まる。


「さて、これで本腰入れてディスタンス部門に向けた練習に100%集中できるわね」

「はい!」


「おめでと〜!!」

 遠慮してかトレーナー室の外で様子を窺っていたクラウドパルが、ノーツの声を聞いて飛びついてきた。


「ありがとう、パルちゃん。……他のみんなは?」

 抱きあって喜びをかみしめながらも、気になっていたことを聞いてみる。


「あたしとマエストロもディスタンス部門出場決定。でも、バートライアはホテル湖岸になっちゃった」

「そっか……。残念だね」


 ホテル湖岸とは、文字通り会場近くの琵琶湖湖岸での宿泊――つまり野宿を指す。

 多くの観光客もいるのに学園関係者だけで会場近隣のホテルを占拠するわけにはいかないため、体調管理を最優先とする出場選手とトレーナーのみホテルに泊まり、他の生徒は湖岸にキャンプすることが学園の不文律になっていた。もちろん、自腹で離れたホテルに泊まる生徒もいることはいるが、大半の学生にそこまでの経済力はなく、会場近くでサポートなどのボランティアや作業をしながら湖畔でキャンプするのが通例となっている。そのうち、誰ともなくそのキャンプを『ホテル湖岸』などと呼ぶようになったのだ。


 つまり、トリ娘コンテスト出場を志す学園生にとって、ホテル湖岸とは大会に出場できなかったことを指す。


「バートライアの分まで頑張らないとだね」

「そうそう、次回みんなで一緒に飛べるようにね」

「そうね。そのためには今回しっかりと距離を飛んで成績を残すことが必要。今日から気を引き締めてトレーニングしていくわよ!」

「「はいっ!」」

 青葉の激に、二人は大きな声で応えた。



「じゃあ、ノーツは羽ばたきのトレーニングの続きね」

 体幹トレーニングに向かったクラウドパルと別れ、ウイングノーツと青葉はグラウンドの隅に移動する。


「滑空の場合、風を受けて揚力を生むことが翼の主な役割。でも、羽ばたいて飛ぶ場合にはそれに加えて効率良く推進力を得るための工夫をしないといけないわ。翼を振り降ろすときには空気をたくさん受けて力を生み出し、上げるときには逆に空気を受け流して逆方向の力がかからないようにするの」

 歩きながら、ウイングノーツは青葉の新しいトレーニングについての説明に耳を傾ける。

「ただ単に翼を上下に動かせばいいってわけじゃないんですね……」

 少し難しい顔をしたノーツの言葉に、青葉は頷いた。


「そう。とはいっても、実は鳥やアナタたちトリ娘の羽根一枚一枚には元々その仕組みが備わってはいるの。それがの方向性。下方向にはって風を受け流し、上方向にはしならず風を受け止める。さっき言ったことはそれである程度カバーできるのよ」

 思わず自分の翼を上げて羽根を見るノーツ。自分の羽根にどういう特性があるかなんて、ヒトとの生活ではあまり考えたことがなかった。


「普通の鳥ならそれで十分なことが多いの。……でも、アナタたちトリ娘が飛ぶ場合はそれだけでは足りない」

 その言葉に顔をあげたノーツに、少し微笑んで青葉は説明を続ける。


「体が人間並みに大きいから、翼の動きにあわせて羽根の向きを変えてさらに抵抗を減らし、効率をあげる必要があるの。ノーツには、これから大会直前までほぼそれだけに集中してトレーニングしてもらうわ。さっきは次回出場には距離を稼ぐのが大事とは言ったけれど、正直時間もないし、対岸を見据えているのならばここで焦って変なクセがついてしまうことの方がリスクだわ」


「わかりました。やってみます!」

 青葉の口からも出た最終目標の名前に、ウイングノーツは気を引き締めて頷いた。



「あんさん、大丈夫いける? 大分お疲れやないの」


 大会まであと2週間足らずとなったある日。ウイングノーツがトレーニングと夕食を終えて部屋のベッドに飛び込むと、シャイニングスタァが顔を覗き込んできた。


「……あ、大丈夫です。ありがとうございます。さすがに羽ばたきながら羽根を捻じるトレーニングばかりしてると腕の筋肉がつりそうで」

「そらそうや。この短期間でのコンバート、さらには体幹強化のトレーニングも並行してやってるって聞いてんで。無茶してるんやさかい疲れて当然やわ」

 ノーツの顔色がそれほど悪くないことを確認して、シャイニングスタァは自分のベッドに座った。


「あ、そうだ。今日ようやく初めて体が浮いたんです」

 ノーツは仰向けに寝たまま、顔だけシャイニングスタァに向けて、今日のグラウンドでのトレーニングのときの感覚について話しはじめた。彼女はノーツの話を聞きながら、ベッドの上でストレッチを始めている。


「おめでとうさん。初々しおして、ええなぁ」

「ははは……。まだ上手くいかないことの方が多いですけど」

 シャイニングスタァの言葉に照れながら、ノーツは天井を見上げた。

「……でも正直楽しいんです。少しずつ飛べるようになるのも、こうやって限界までトレーニングするのも。新しいことができる自分になれるのを感じられるんで、大変だけどつらくはないんです」


 その言葉にシャイニングスタァはストレッチの動きを止めた。


「大変だけどつらくない……なぁ。この時期特有のテンションやさかい、その気持ちはようわかるわ。そやけどほんまに無理はしいひんといてな。……毎回いんねん、大会直前に練習で怪我して出場断念する人」

 そう言ったシャイニングスタァの目に少し寂しい光が見えた。


「……あ、はい。気をつけて練習します」

「それでええ。大会で飛べへんことにはなんも始まらへんしな。……シャワー浴びてきたならもう休み。うちもストレッチ終わったら寝るさかい」


 その言葉でノーツはベッドにもぐり直して目を閉じた。今日のトレーニングの感覚を思い出す。

 グラウンドで走りながら羽ばたき、ふっと足が地面から離れたあの感覚。それを本番でも再現することができるか。


 ナスカやシャイニングスタァなどの常連クラスになるとさらに長く飛ぶための工夫を追い求めるが、今そこまでの必要はないしできないと青葉は言い切っていた。

 今大会の目標は、しっかりと羽ばたいて飛ぶこと。まず飛べれば最悪滑空してでも距離を伸ばせる。そう考え、羽ばたきや方向制御などの基礎のみに重点をおいてトレーニングしてきたのだ。


 いよいよ2回目のトリ娘コンテスト、初めてのディスタンス部門の舞台がせまる。

 体の浮いた感覚を頭で反芻しながら、ウイングノーツは深い眠りに落ちていった。

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