第4話 クラスメイトたち

「宮城県から来ました、ウイングノーツです。これからよろしくお願いします!」


 礼をして顔を上げると、クラス中から好奇心に溢れた視線がノーツに注がれた。

 もともと地元では唯一のトリ娘ということで注目を集めていたのでこうした視線には慣れていると本人は思っていたが、同じトリ娘同士に注目されるとまた違った緊張感がある。もしかしたら、ゆくゆくはライバルになるという警戒感も混じっているのかもしれない。


「皆さん、ウイングノーツさんを拍手で迎え入れましょう」

 いぬい先生の言葉でクラス中が拍手に包まれる。


「はい、ありがとう。聞きたいことは色々あると思いますが、これから一緒に過ごしていく中でお互いを知っていきましょう。ではウイングノーツさんの席は、空いている一番後ろの窓側になります」


「ありがとうございます」

 ありがちな質問コーナーに入らずに開放してくれたことへの感謝の気持ちも込めながら、ノーツは先生とクラスメイトにお礼を言って言われた席に向かった。

 前の席に大柄な娘と、窓と反対側の右隣の席に小柄な娘。幸い、黒板は斜めに見ることになるので、前の人の背の高さは気にしなくて済みそうだ。


「ウイングノーツさんが新しく入りましたので、改めてトリ娘コンテスト略してトリコンの概要説明をした上で、飛行理論の続きに入ります。」

 乾先生が黒板に『滑空部門』、『ディスタンス部門』と大きく書いた。


「滑空部門は、離陸時に与えられた飛び出す力と位置エネルギーのみを使って、羽ばたかずにどこまで飛べるかを競う競技です。

 一見簡単に見えますが、距離を伸ばすには最初に持っているエネルギーをどう水平方向の力に換えて進むか、翼や体のコントロールが重要になってきます。また、羽ばたいて途中でエネルギーを得ることもできませんから、一瞬たりともミスが許されません」


 感覚的には知っていたことではあるが、改めて理論立てて説明されるのは初めてなのでノーツはノートにメモを取りながら先生の話に集中した。


「対してディスタンス部門は、文字通り到達距離の限界を競う競技です。

 機械などの動力源を使わず、自分の力のみで飛ぶことになります。こちらは羽ばたくことで生み出す運動エネルギーを推進力に換えますが、長く飛ぶ分、様々な外乱に対処しないといけません。また、そもそも定常飛行に到達するには、安定した出力、バランス、風に負けない強度など様々な条件をクリアしていないといけません」


「先生」


 突然、一人の生徒が手を上げた。切れ長の目をした細身の美少女だ。


「はい、マエストロさん」

「質問、よろしいでしょうか」

「どうぞ」


 マエストロと呼ばれた少女は手をおろして立ち上がった。

「どうなったら定常飛行になったといえるのでしょうか?」

 マエストロの質問に、乾先生はにこやかな笑顔で答え始めた。

「ああ、マエストロさんは次回からディスタンス部門に挑戦するんでしたね。前回の授業で説明したように、飛んでいる物体には『揚力』『重力』『推力』『抗力』がかかっていますよね」

 先生はトリ娘らしき物体を黒板に書き、その上下左右に矢印をつける。

「これらの4つの力のバランスがとれ、一定の速度と方向で飛べているのが定常飛行です。トリコンの例ですと、水平直線飛行ができている状態を定常飛行が出来ていると言えるでしょう」


「ありがとうございました」

 ザッと座るマエストロ。結構積極的に聞く娘だなと思いながらノーツが今のやりとりをメモしていると、


「ねぇねぇ、ねぇねぇ」


 右の方からノーツを呼びかける小さな声が聞こえてくる。そちらを見ると、隣の小柄な美少女と目があった。ニカッと笑っている。


「ウイングノーツさん、トリコン出る派でしょ?」

 まだ授業中で先生の説明が続いているのに横に身を乗り出してノーツに質問をしてくる。ある意味積極的だ。


「ねぇねぇどうなの?」

 キリが無さそうなのでノーツは質問に応じることにした。

「そうです……が?」


 この学校は単位制を採用しているため、ホームルームと一般科目は指定されたクラスで受けるが、専門科目はそれぞれ個々で選んだ科目を教室を移動して受けることになる。

 このため、同じクラスといってもノーツのようにトリ娘コンテストを目指している人だけではなく、工学系や他の競技を志している人も混在しているのだ。それが、昨日ノーツが事務長から説明されたこの学校のシステムだった。


「やっぱり!予想当ったり〜」

 椅子から乗り出した顔が満面の笑みになる。

「あたしクラウドパル。出身は山形だから地元がご近所さんだよね。よろしくね」

「あ、はい、よろしく」


 伸ばされた手に思わずノーツが握手をしたところで、

「パル!まだ授業中だよ!ウイングノーツさんにちょっかい出さない!」


乾先生の雷が飛んできた。


 ◆


 スカイスポーツ学園の1日は、昼食を挟んで大きく2つに分かれている。

 午前中はほぼ座学で一般科目と一部の選択授業、午後は完全選択性となりトレーニングや実技、専門科目。トレーナーが付いている生徒は午後はほとんどトレーナーとのトレーニングとなる。この授業時間内のトレーニングも単位に換算できるのだ。


 クラウドパルに誘われて、ノーツは昼食を食べに食堂にやってきた。前の席の背の高い娘と、さっきのマエストロと呼ばれた娘も一緒だ。


「あたしはS定食かな〜、ポチ」

 クラウドパルが食券を買う。


「じゃあわたしも。ご飯大盛りで」

 大柄な娘もそれに続いた。


「A定食」

 マエストロも注文した。


「ウイングノーツさんはどうするの?S定食まだあるよ」

 クラウドパルが聞いてくる。


「えっと、食べ終わったら早めに行きたいところがあるので、ササッと食べれるものがいいかな」

 ノーツが答えると、大柄な娘が口を開いた。

「じゃあQ定食かな」

「もしかしてクイックQuickに食べれるからQとか?」

「大正解。やるねウイングノーツさん。早めにささっと食べれて栄養も取れる日替わりの丼ものがQ定食なのよ」


 昨日のS定食といい、ここの食堂のネーミングが大体分かってきたなと思いながら配ぜん口に並んで、食券と引き換えに定食を受け取る。今日のQ定食は幸先よくカツ丼のようだ。味噌汁もついている。


 同じくA定食のアジフライ定食を受け取ったマエストロと席を確保していると、


「おまたせ~」


 クラウドパルと大柄な娘がジュージューと音を立てる鉄板を載せた木のトレーを持って席にやってきた。アツアツの鉄板にはゲンコツ大の丸いハンバーグが載せられている。これがスカイスポーツ学園の誇るS定食なのか。


「「いただきまーす」」


 全員揃ったので、挨拶をして食べ始めることにした。


「ところで、ウイングノーツさんはなぜ急いでるの?」

 食べ始めたところで大柄な娘―バートライアと名乗った―が聞いてきた。


「以前お会いしたことがあるトレーナーさんに早く挨拶に行きたくて。編入できたらトレーナー室に来るように言われてたから」

「トレーナーだって昼休みなんだから、今急いで行ったところで部屋にいるわけないよ、たぶん」


 あ、とノーツが気づいたと同時に、言ったクラウドパルはハンバーグを半分に切って赤い切り口をまだ熱い鉄板に押し付けた。ハンバーグからしみ出す肉汁が、そのジュウゥゥと焼ける音が、香りが、ノーツの唾液腺を殴りつける。


「アタシ、早まったかな……」

「まあまあ、ここのカツ丼も美味しいよ?次回のS定食は1か月後だけど」

 バートライアがフォローと追い打ちを同時にかけてきた。


「えーーーー」


「大丈夫、大丈夫。今日の夕食でもメニューに並ぶから。忘れさえしなければ、ね」

「この美味しそうな音と匂いは忘れようもないですよ……」

 あはははは、という笑い声を浴びながら、受け入られたような居心地の良さを感じるノーツだった。


「それで、」


 食事も終わりかけの頃、マエストロが聞いてきた。

「ウイングノーツさんが会うというトレーナーって、結局誰のことですか?」

「ノーツでいいですよ。青葉さんという方なんだけど、知ってますか?」


 すると、マエストロとバートライアの視線が向かいの席のクラウドパルに集まった。同時にクラウドパルの顔がぱあっと輝く。


「え?え!青葉さんって青葉萌夢もゆトレーナーのこと!?」

「あ、はい」

 ノーツが頷くと、クラウドパルはハイテンションに真っ直ぐ右手を上げた。

「はいはい!あたしも!あたしも青葉さんにトレーナーについてもらってるの〜!やった〜!仲間が増えた〜!全員東北出身だからチーム東北だね〜!」

「いや、まだトレーナーについてもらえると決まったわけでは…」

「絶対やってくれるって〜!……そうと決まったら、こうしちゃいられないよ!急いで食べてトレーナー室行こ行こ!案内するよ〜!」

「さっき昼休みだから今行ってもトレーナー室にいないって言ったの誰でしたっけ……?」


 食器を返して、クラウドパルにひきずられるように連れて行かれるウイングノーツを、マエストロとバートライアは席に座りながら生温かく見送っていたのだった。


 ◆


「青葉さんっ!」

 バンっとクラウドパルがドアを勢いよく開けた。トレーナー室や部室が入った建物の一室。おそらくここが青葉トレーナーのトレーナー室なのだろうが、部屋は薄暗く、残念ながら人はいない。


「あれ〜?」

 首をかしげるクラウドパル。


「お昼のときに自分でいないと思うって言ってたじゃないですか」

「いないかもしれないってことは同時に、いるかもしれないってことなんだよ」


 部屋の電気をつけながら理屈をこねようとするクラウドパルに続いてウイングノーツが中に入ると、背後に人の気配があった。


「パルちゃんの声が聞こえたから戻ってきたんだけど……何かあったの?」


 ノーツが振り向くと、そこには琵琶湖で会った青葉の姿があった。編入手続きがあったから2ヶ月弱ぶりだ。振り向いたノーツの顔を見て、青葉も顔をほころばせた。


「あ、ノーツさん?今日から登校?」

「はい、お久しぶりです。青葉トレーナー。無事編入して、今日からここに通っています」

「そう、良かった。待っていたわ。じゃあ中に入って。何もないけど、コーヒーくらいは出すわ」


 促されてノーツが部屋の奥に入ると、クラウドパルが棚からコーヒーメーカーを引っ張り出してきてテーブルの上に置いた。

「あたしもいいよね、青葉さん」

「いいわ。――あ、そういえば、確か行雲ゆくもトレーナーにもらったうなぎパイがまだあったはずだから、探して3つ持ってきてくれない?」

「は〜い♪」


 動き回るクラウドパルを見ながらノーツが椅子に座ると、向かいの席に座った青葉が真剣な顔に変わって話し始めた。

「編入を祝していろいろと話や学校案内をしたいところだけど、その前に一つだけ、あなたにお知らせしておきたいことがあるわ」


 その鋭い眼差しに思わず居住まいを正すウイングノーツ。


「単刀直入に言うとね。ウイングノーツさん。

……あなたのトリ娘コンテスト出場が決まったわ」


「……は?」


 それは全く予想していなかった言葉だった。

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