Ⅳ 新天地の都

Ⅳ 新天地の都(1)

 あれから三日後のこと……。


「──なんて美しい街並みなんですこと! お父さま! ここは本当に新天地ですの!?」


 大通りを駆け抜けるカーゴ型の馬車の車窓より顔を出し、艶やかな黒髪を南国の熱い風になびかせながら、興奮気味のイサベリーナは感嘆の言葉をその口にする。


「これ、イサベリーナ! やめなさい。はしたない……」


 そんな、鮮やかな黄色のドレスに身を包むオテンバ娘をしかめっ面で眺め、対面の席に座る山吹色のシルク製プールポワン(※上着)にキュロットを履いた中年のエルドラニア人貴族──クルロス・デ・オバンデスは困惑気味にそう嗜める。


 この日、サント・ミゲル総督クルロスとその令嬢イサベリーナは、はるばるエルドラーニャ島から海を渡り、大陸にあるヌエバ・エルドラーニャ副王領の首都〝ヒミーゴ〟を訪れていた。


 石積みと漆喰で造られたカラフルで艶やかな街並み……本国の王都マジョリアーナにも引けを取らぬ、このエルドラニア風の瀟洒で美しい建物の並ぶ大都市をクルロスが訪れたのは、ヌエバ・エルドラーニャ副王に総督着任の挨拶をするためである。


 そもそも新天地への渡航の際からして船が海賊に襲われたし、サント・ミゲルの新総督として着任して以来、いろいろと忙しくしている内に早一月以上が経ってしまったのであるが、なんとか落ち着いたのでようやく挨拶に来れたというわけだ。


「ま、その気持ちわからなくはないがのう……サント・ミゲルもそれなりじゃが、このヒミーゴの街並みを見ていると、ほんと新天地にいることを忘れてしまう……そして、これでようやく副王閣下・・に拝謁ができるわい……」


 行儀の悪さを叱りはしたものの、クルロスとて娘と同じ思いである。


 久方ぶりに本国エルドラニアを思わす都市文化の薫りに触れ、また、ようやく新天地の最高権力者に挨拶ができるという安堵感から、眼をキラキラと輝かせてはしゃぐ愛娘の姿を見つめながら、彼はホッと安堵の溜息を大きく吐いた。


 〝ヌエバ・エルドラーニャ副王〟とは、〝王〟とはいうものの別に王族というわけではなく、エルドラニア帝国の植民地支配における高級官僚の役職名であり、いわば新天地におけるエルドラニア領全体の大総督といったような存在だ。


 まあ、王族ではないとはいえ、大量の銀や砂糖の採れる新天地の植民地──即ちヌエバ・エルドラーニャ領の経営は、今やエルドラニアの国家財政を支える必要不可欠な財源であり、副王に任命される者は優秀な上流貴族の中から選ばれるのが一般的である……一介の植民都市総督であるクルロスからすれば、気を遣わねばならないくらいの高位高官であることに違いはない。


「ウワサには聞いていましたけど、想像していた以上に美しい街ですこと! ほんと、お父さまについて来てよかったですわ!」


 一方、そうした父親の苦労などどこ吹く風に、なおも車窓から身を乗り出してはしゃぐイサベリーナはというと、エルドラーニャ島での生活にも慣れて退屈な日々を送っていたため、暇つぶしについて来たという父クルロスのオマケである。


「見て! お父さま! なんだかものすごく立派な建物がありましてよ!」


 そんな観光気分の総督令嬢がなおいっそう声を弾ませ、前方を指差しながら車内のクルロスに向かってそう告げる。


「…んん?」


 その言葉にクルロス総督も反対側の窓から顔を出してみると、遥か道の先には一際大きな、石造りの王宮が如き建造物が威風堂々とそそり立っていた。


「……ああ、あれこそが今やこの新天地の中心、ヒミーゴの副王宮殿だ。これから我々が訪れるところだよ」


 それを確かめ、顔を引っ込めたクルロスはどこか自慢でもするかのような調子で娘の質問にそう答える。


「あれが、副王さまの宮殿……」


 そして、その言葉通りにクルロスと、感嘆の問きを漏らすイサベリーナを乗せた馬車は、副王宮殿に向かって大通りを疾走して行った──。


※挿絵↓

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330668446889367


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