恨みは大抵知らないところで買っている

俺達が異世界に召喚されて1ヶ月たった。俺としては、かなり充実した毎日を過ごしている。日本にいた頃の、個を認めず個を無くし協調性だけを求めた教育を受けるよりも、個を伸ばす訓練を受けている方が何倍も楽しい。


訓練はアイリス団長の他に、聖堂異能遊撃団副団長のシンナス副団長とも手合わせをした。俺はまだ異能が発現していないので、身体強化をメインに鍛えているのだが、シンナス副団長はこの国の中で身体強化の扱いが1番上手いらしい。


シンナス副団長は蒼のストレートロングの髪に、口紅のように赤い目、体型はスレンダーだが、モデルのようにスタイルが良く、周りの目を集めている。口調は男勝りで親しみやすく、団長の同じように姉御と言った感じなので、シスター達からも人気が高い。


この世界は美人だらけか?と思ったが、よくよく思い返すと、食堂のおばちゃんは完全に大阪にいそうな人だった。美人の確率は高いかもしれないが、必ずしも全員が全員美人では無い。


ちなみに、俺はシンナス副団長の事を師匠と呼んでいる。というか呼べと言われた。


後、姉弟子も出来た。14歳のニーナだ。シンナス副団長が2年前に拾ってきた孤児らしく、見所があるから弟子として鍛えているらしい。


彼女は獣人と呼ばれる種族で、獣の特徴を持っている。牙狼族と呼ばれる獣人らしく、茶色のショートヘアに獣耳が付いている。尻尾も付いており、感情によって揺れ動くので見ていると結構面白い。歯は犬歯の部分が発達しており、俺にとっては固くて食えない肉を容易に噛みちぎる。更に爪も鋭く、人の肌程度なら簡単に切り裂く事ができるそうだ。


身長が小さい為とても可愛らしく、あまり人に関心がない花音がニーナの事を気に入ってよく尻尾をモフモフのしている。ちょっと羨ましいが、俺がモフモフしに行ったら間違いなくぶっ飛ばされるので我慢だ。


だが、その見た目に惑わされてはならない。2年間も師匠の教えを受けて来たニーナは、とんでもなく強い。獣人特有の身体能力の高さと野生の勘は、俺の攻撃を容易に捌き、反撃の拳はとてつもなく重い。初めて会った時にやった組手は酷かった。ボッコボコのギッタギタにされ、ボロ雑巾の方がまだマシなのでは?と思うぐらいボロボロにされたものだ。


同じ訓練場で訓練をしていたクラスメイト達からは(主に男子)、こんな幼女にボコられるとかザコと言う目で見られた。君たちもやってみるといいよ。多分手も足も出ないから。


1ヶ月たった今でも、俺はニーナに勝つ事は出来なていない。そりゃ1ヶ月と2年は大きすぎる差だからな。


それと、光司と黒百合さんとも話すことが多くなった。そりゃ毎日アイリス団長や師匠にボコられていれば、仲間意識だって芽生えるだろう。元々知らない仲じゃないんだし。


光司は相変わらず苦手だが、俺が生理的に受け付けないと言うだけで、普通に良い奴だ。訓練が終わった後とか、よく反省会を一緒にしている。


黒百合さんは、結構天然だと言うことが分かった。訓練が終わった後、水で冷やした布を渡してくれたのだが、なんかベタベタすると思ったら、塩入の水をつけた布だった。なんでも、これなら身体を拭いて塩分も取れるのでは?と思ったらしい。普通に馬鹿だ。尚彼女は学年トップの成績なので、単に馬鹿というわけではない。


訓練が終われば、夕食を食べて自由時間だ。この世界にはトランプのような物があるらしく、娯楽が少ないこの世界では重宝する。大抵はこのトランプで遊ぶのだが、俺はある場所へと足を運ぶ。花音や龍二は流石に付いてこない。花音はなんかやることがあるらしく、龍二は光魔法の復習をいつもしているんだとか。


この大聖堂には図書館のような、書物を管理する場所があり、許可があれば入って読むことができる。まだ異能が使えず、戦闘でもあまり役に立てない俺は、せめて知識だけでもと思って聖女に頼んで許可を貰ってい、毎晩この書庫で知識を蓄えているのだ。


「おや?今日もかい?」


書庫の扉を開けると、そこには男のエルフがいる。彼はこの書庫の管理人だ。名前はロムス。エルフの特徴と言える長い耳と右目に片眼鏡をかけ、金髪のストレートスーパーロングヘアの彼は、俺に為になる本を薦めてくれるいい人だ。人間の3倍ほどは生きる為か、性格はのんびりしており、偶にイラッとすること以外を除けばだが。年齢は150を超えているらしいが、見た目は若々しい。羨ましいな。


「ここには俺の知らない事が沢山あるからな。知っておいても損は無いが、知らない事は罪だ」


この世界は、地球とは全然違うのだ。歴史も文化も常識も。知っておいて損は無い。


「無知は罪。いい事を言うじゃないか。そんなジン君にはいコレ」


ロムスが1冊の本を俺に手渡す。古びて表紙が読めないが、ロムスが渡して来ると言うことは今の俺に必要な知識ということなのだろう。


席に着くと、ロムスも俺の正面に座ってくる。いつも、俺の本を読む姿を眺めてくるのだが、辞めて欲しい。言っても無駄なのは検証済みなので、気にしないようにしているが。


本の内容は、悪魔についてだった。悪魔はかつて大魔王アザトースが生み出した配下の魔物。確かに、今後必要な知識だ。


本を読み始めて10分がたった頃、書庫の扉が開かれる。視線を向けると、そこには聖女がいた。


「またここにいるのですか?勉強熱心ですね」

「魔法も異能も使えない役立たずなのでね。知識だけでも付けておかないと、みんなの足を引っ張りかねない」


聖女は毎日俺が書庫に入っているのを知っており、それに合わせてこの場を訪れる。監視が目的なのだろうか?


「戦闘面で、ジンさんが役立たずになる訳ないじゃないですか。あれ程強いのに」

「ご冗談を。毎日師匠と姉弟子にボコボコにされているのに?」

「あの二人相手にあそこまで食い下がれる時点で、十分化け物だと自覚してください」

「聖女さんは俺を買いかぶりすぎですよ。師匠に至っては、明らかに手を抜かれてますしね」


そんな話をしながら今日が過ぎていく。聖女やその周りにいる神官、シスター達とも関係は良好。アイリス団長や師匠と訓練する内に、他の兵の人達とも仲良くなった。まだまだ油断は出来ないが、追放される可能性は低くなっているだろう。


だが、俺は1つ見落としていた。俺が使えないから追放される。そればかりを考えていた為、に追放される事を考えてなかった。


魔法も異能も使えない奴が、美人と仲良く話している。それだけで彼らの恨みを買うのは充分だった。特に、力を急に持ち、勇者と持ち上げられ、自分は選ばれた人間だと勘違いする愚か者には.........


━━━━━━━━━━━━━━━


「クソクソクソクソクソクソ!!」


この世界に来た時、自分は選ばれたのだと思った。自分はこの世界を救う勇者だと。誰からも好かれ、憧れる、そんな存在になれるのだと。だが、現実はどうか。勇者としての能力は、クラスで1番人気のある奴が持っていた。


それだけなら彼も我慢できたかもしれない。クラスで1番イケメンで人気もあり、誰からも好かれる彼ならまだ我慢できた。だが、奴は我慢ならない。


「なんで魔法も異能も使えないカスが、俺よりもモテるんだよ!!」


東雲仁。前の世界でも彼は特に特徴も無く、それどころか魔法も異能も使えない無能だ。もちろん、仁が訓練しているところを見れば無能なんて思わないだろう。シンナス副団長との手合わせを見ていれば、どれだけ馬鹿でも嫌でもわかる。


しかし、彼は初日に魔法訓練を受けた以来、一切訓練に参加していない。自分は選ばれた人間なのだから、訓練などしたくても強い。彼は本気でそう思っている。いや、彼だけではない。彼とよく一緒にいる悪友達も同じ考えであり、訓練を一緒になってサボっていた。


「奴隷もいないしよぉ。異世界って言ったら奴隷ハーレムだろうが」


彼の部屋には悪友が4人いる。その1人が天井を見上げながらポツリと呟いた。


神聖皇国は奴隷制度を禁止している。全てを愛する宗教だからだ。逆に、人間至上主義の正教会国は人間以外の奴隷を認めている。


「光司が勇者なのは仕方がねぇよ。前の世界でもアイツは勇者って感じだったからな。問題は東雲だろ」

「なんで俺らよりもモテるんだよ!!俺達は勇者だぞ?!この世界を救う勇者だ!!なのに、なんであの無能ばかりいい思いしてるんだよ!!」

「アイリス団長とシンナス副団長はすげぇ美人だったなぁ.........後ニーナちゃんも可愛かった」

「あの3人だってあんな無能よりも、俺達と話した方が楽しいに決まってる!!」


もの凄い言い様だ。元々自尊心が強く妄想癖な彼らだったが、自分達が勇者として召喚され、力を手に入れたことにより、その自尊心と妄想癖は更に大きくなっていた。


「シスター達もアイツとよく話すらしいぜ。しかも楽しそうに話してやがる」

「は?俺らと話す時は、あんなに嫌そうな雰囲気出すのに?」


訓練に全く参加しない彼らと、毎日訓練や勉学に励む仁。どちらに好感が持てるのか比べるまでもない。更に、仁はシスターをやましい目で見ることはないが、彼らはシスターをやましい目で見る。そんな下心丸出しの目で見られて、いい気分になる人はいないだろう。ましてや口説きに来るのだから。


「.............ならよ。アイツを消して俺らが貰っちまおうぜ」

「いいなそれ!!そうすれば、花音も俺達が可愛がってやれるな」

「そうそう。悲しむ花音ちゃんに俺達が優しく声をかければイチコロよ。なんてったって、俺達は選ばれた勇者様だからな!!」

「そうと決まれば、早速作戦練ろうぜ。あの野郎をこの世から消す.......殺す方法を考えないとな」

「ギャハハハハ!!彼奴が死ぬと思うと楽しみだなぁ!!」


こうして、東雲仁暗殺計画の構想が練られ始めた。そしてこれが、この世界を大きく変える歯車の動き出しだとは、まだ誰も知らない。

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