第5話 マリア誘拐事件

 思っていた以上に怪我がひどかったらしく、2日してようやく床上げをした。久しぶりに小屋の外に出ると、日差しが眩しかった。



「おはようございます。ダンテさん。マーサさん。」


「今日はもういいのかい?」


「はい。もう痛いところはありません。」


「ところでツバサ。その馬車の持ち主は、本当に領主だったのか?」


「オレは領主のことを知りませんから。ただ、周りの人達は領主だといってましたよ。」


「ここの領主は、ドバイ伯爵といって、あまりいい噂を聞かない奴なんだよ。なんでも、商人からは賄賂を要求したり、使用人で若い女性を手籠めにしたりとな。そんな奴に目を付けられるとまずいから、あまり目立つなよ。」


「はい。」


「まっ、いざとなったら俺が片づけるけどな。」


「ダンテ!変なこと言うんじゃないよ。どこで誰に聞かれているかわからないんだからさぁ。」



 その日、マリアの帰りが遅かった。すると、マリアの学校の友達が血相を変えて店に飛び込んできた。



「ダンテさん! 大変! マリアが誘拐された~!」


「マリアが誘拐? どこでだ! 相手は誰だ!」


 ダンテさんもマーサさんも取り乱して聞いている。彼女が言うには、学校から家に向かう途中の人通りの少ない裏通りで、覆面をした男たち4人組に突然襲われて誘拐されたらしい。一緒に居た他の2人には被害がないことから、マリアを狙った誘拐に間違いがなさそうだ。女の子たちが必死に追いかけたところ、領主の馬車が近くに止まっていたそうだ。いかにも怪しい。マーサさんは友達2人と一緒に衛兵の詰所まで助けを求めに行き、オレとダンテさんはマリアの捜索に当たった。オレは、いざという時のためにフード付きの服に着替え、フードをかぶって出かけた。


 オレは、マリアの魔力を『気配感知』で確認しながら、領主の屋敷に向かった。すると、領主の屋敷の奥からマリアの反応が感じられた。屋敷を確認すると、表と裏の出入り口にそれぞれ2人、屋敷内に複数の傭兵の姿が見られた。


 オレは、怒りで身体からあふれ出る闘気を抑えて、マリアに近い裏の入口から突入することにした。



「お前は誰だ? ここで何をしている。」


「攫われた友人を助けに来ただけだよ。」



 門を守っている2人が、問答無用と剣を向いて切りかかってきた。オレはそれを左右にいなしながら、拳をお見舞いして2人の意識を奪った。その後、屋敷内に侵入したオレは、マリアがいる場所まで最短距離で近づいていく。すると、傭兵が何人も現れてオレに切りかかってくる。



「何か外が騒がしいな? キト! キトはいないか?」


「はい。旦那様。ここに居ります。」


「何があった?」


「侵入してきたものがいるようです。」


「殺せ!」



 ドバイ伯爵の部屋には両手両足を縛られたマリアがいた。マリアは、ドバイ伯爵とキトの会話から、お父さんか誰かが助けに来てくれたのかもしれないと思った。



 「助けて-! ここよー!」



 マリアは大声を上げた。



「だまれ! 小娘! 大人しくしていろ!」



 ドバイ伯爵はマリアの顔を殴った。 



「キャー」



 マリアの唇が切れて、血が流れた。マリアは意識を失った。


 オレは、複数の傭兵を相手にしていたため、なかなかマリアがいる部屋までたどり着けない。




 しょうがない。もう魔法を使うしかないよなぁ。




 オレは草原で身につけた魔法を屈指することにし、目の前にいる相手に魔法を放つ。



「シャドウチェーン」



 すると前に出したオレの手から黒い霧のような靄が現れ、傭兵達に絡みついて行く。



「グェ! 動けねぇ!」



 オレは剣を取り上げて彼らに告げた。



「このまま大人しくしていればよし。さもなければこの剣で貴様らを殺す。」



 オレが凄むと男達は、顔を青くし、激しく首を縦に振る。オレは、剣を持ったまま先に進んだ。部屋の前には執事の姿をした男性がいた。



「よくぞここまで来ましたね。ですが、部屋には入れさせませんよ。」



 その執事服を着た男性はキトである。キトはオレに向かって魔法を放つ。



「ファイアーボール」



 オレは、それを外に向かってはじいた。



「おい、お前。ここは屋敷の中だぞ。火事になったらどうするんだ?」


「不法侵入者が火事の心配ですか? お人好しのようですね。」



 さらに魔法を放ってくる。



「ファイアースネイク」



 キトの手から蛇の形をした炎がオレに襲い掛かる。オレは水魔法で防御する。



「ウォーターウォール」


「あなた先ほど闇魔法を使っていませんでしたか? 水魔法も使えるのですね? これは厄介な。」



 そうだ。この世界では一人1属性が普通なのだ。2属性を使ったオレにキトは警戒をしているようだった。



「もうおしまいにしよう。『シャドウチェーン』」



 黒い鎖がキトの身体に絡みついて行く。そこから逃れようとするが、諦めたようだ。



「私の負けですね。」



 キトは大人しくなった。オレは、キトの後ろの部屋の扉を開けると、そこには剣先をマリアの首に向けたドバイ伯爵がいた。



「大人しくしろ! さもないとこの娘がどうなっても知らないぞ!」


「卑怯な!」


「卑怯もくそもないんだよ。勝てばいいのさ。勝てばな。」



 ドバイ伯爵は、オレに向かってニタニタと笑う。オレが手に持っている剣を捨てると、ドバイ伯爵は勝ち誇ったようにオレに言った。



「貴様、何者だ? まぁ、誰でもいいけどな。どうせこの場で死ぬんだから。」



 マリアは気を失っているが、オレが声を出してうっかりばれたら困る。オレは、修得に最も苦労した時空魔法の『瞬間移動』を発動し、ドバイ伯爵の後ろに回った。目の前からオレが突然姿を消したので、ドバイ伯爵は慌てている。



「ここだよ。」



 ドバイ伯爵が手に持っている剣を叩き落し、ドバイ伯爵の腹に拳を叩き込む。



「グワッ」



 ドバイ伯爵は、胃の中のものを吐き出し転げまわっている。



「貴様はこの街の癌だ!覚悟しておけよ。」



 オレは、ドバイ伯爵もシャドーチェーンで縛り上げ、気を失っているマリアを抱えて『うまい屋』の前まで『転移』した。その後、もう一度ドバイ伯爵の屋敷に戻り、夜になるのを待って、ドバイ伯爵を全裸にし、猿轡をして街の中心の広場の木に縛り付けた。キトを含めた傭兵達も猿轡をして、両手両足を縛り上げ街の広場に放置した。その近くに立札を掲げた。



『この者達はこの街の癌である。よってここに成敗した。世直し大明神』



 夜が明けると、街の住人たちがドバイ伯爵たちの周りに集まり始めた。噂を聞いて焦ったのは衛兵たちだ。衛兵たちは、ドバイ伯爵たちの縄を解いて屋敷に連れ帰った。1か月後、王都から使者が訪れ、ドバイ伯爵たちは王都に連行されていった。


 気を失っていたマリアは、ダンテさんやマーサさんの必死の呼びかけに目を覚ました。



「ここどこ? なんで私ここにいるの?」


「マリア~!」「マリア!」



 近くにいたダンテさんとマーサさんがマリアを抱きしめている。



「お父さ~ん。お母さ~ん。怖かったよ~。」



 マリアも泣きながら2人に抱きかかえられていた。しばらくして落ち着くと、マリアが聞いてきた。



「お父さんが助け出してくれたの?」


「いいや。俺じゃない。」


「じゃぁ、誰? まさかツバサ?」


「恥ずかしいけど、オレにそんなことできるわけないよ。」


「じゃぁ、誰?」


「マリア。誰でもいいじゃない。あんたが助かったんだから。ねぇ、ダンテ。」


「そうだな。誰かわからんが、感謝しよう。」

 


 その日の夜、オレは一人布団に入って考えた。はじめて、魔法を人に使った。魔物や獣には何度も使ってきたが、人に使ったのは初めてだ。それに、相手の魔法を魔法で防ぐこともできた。今回の事件で、ある程度自分の力に自信が持てるようになった。




 そろそろ、ナデシノ聖教国に行こうかな? コインの女性が誰なのかわからないけど、あの女性に会えば元の世界に戻れるかもしれないし。近いうちにでも、ダンテさんとマーサさんに相談してみよう。


 


 それから数日が過ぎ、マリアも学校に行けるようになっていた。学校から帰ってきたマリアが、いきなり話し始めた。



「ねぇ、お父さん。街の人達が噂してるの聞いたんだけど、私を助けてくれた人はフードをかぶっていたらしいよ。」


「そりゃ領主の屋敷に忍び込むんだから、身元が分からんようにするだろう。」


「そうかな~?それに、いろんな魔法を使ったらしいよ。」


「マリア。どうしてその人はそんなこと知ってるんだい?あの屋敷の人間はみんな連行されたんだろ?」


「使用人の人達は連行されなかったし、物陰から見ていた人もいるらしいよ。」



 オレはうっかり小声で呟いてしまった。



「へ~。見てた人いたんだ~。」


「ツバサ。何か言った? ところで、肝心な時に、ツバサとお父さんはどこにいたのよー!」


「俺はスラム街を必死に探してたんだぞ!」


「オレは市場の方を探してたよ。」


「まったく、2人とも役に立たないんだから!」



 その後、『うまい屋』が開店していつもように忙しく働いた。閉店後、オレは3人に自分の考えを伝えることにした。



「ダンテさん。話があるんですが、マーサさんとマリアちゃんもいいですか?」


「畏まって、どうしたんだ?ツバサ。」


「オレ、そろそろナデシノ聖教国に行こうかと思うんですけど。」


「え~。ツバサ、この国から出ていっちゃうの?」


「ごめん。突然で。以前見せたコインがどうしても気になって。何か思い出せるんじゃないかと思うんだ。」



 オレは苦し紛れの嘘をついた。



「別に思い出さなくたっていいじゃない。ここが嫌なの?」


「違うさ。こんなに親切な人たちに囲まれてすごく幸せだと思う。でも、行きたいんだよ。」


「なら、私も行く。私もツバサと一緒に行く。いいでしょ? お父さん。お母さん。」


「マリア。あなたには学校があるでしょ。」


「マリア。お前はこの店の跡取りだ。この国からは出さないぞ。」


「そんな~。」


「マリアちゃん。ありがとう。でも、オレ・・・・ごめん。」


「ツバサなんてもう知らない!」



 マリアは自分の部屋に走って行ってしまった。



「ツバサ君、ごめんね。あの子はツバサ君のことが好きなのよ。」


「わかってます。でも、オレは正体不明だし、いつ・・・・・・」


「わかったよ。ツバサ。それで、いつ出発するつもりだ?」


「明後日には旅立ちたいと思っています。」


「急だな。」


「はい。申し訳ありません。」



 オレは小屋に戻った後、3人に渡すお礼の品物を何にしようか考えた。いろいろ考えていると、なかなか寝付けなくなってしまった。翌日は旅立ちの準備をするために仕事を休ませてもらい、朝からテントや調理道具、日持ちのいい食材、簡易の寝具などを買い込んだ。そしてダンテさんには包丁、マーサさんにはネックレス、マリアちゃんにはブレスレットを購入した。


 そして、いよいよ旅立ちの日だ。学校もお店も休みだ。お見送りに、以前助けたリュウも来てくれている。



「ツバサ。元気でやれよ。」


「ツバサ君。いつでも帰ってきていいからね。」


「ツバサ。これ途中で食べて。」



 マリアちゃんは目に涙を浮かべながらお弁当を手渡してくれた。



「お兄ちゃん。僕、大きくなったらお兄ちゃんのように強い男になるよ。」


「みんな。ありがとうございました。」



 オレは、深く深くお辞儀をしてその場を後にした。




 それから数日後、『うまい屋』に、ある男がやってきた。



「あなた、冒険者ギルドで私達にケンカを売ってきた人じゃない!」


「何しに来たのよ!」


「お前か?ツバサを殴った奴は! 許さねぇぞ!」


「ちょっと待ってくれよ。俺が悪かったよ。あいつはツバサっていうのか? 今いるかい?」


「もういないわよ! ほかの国に行ったわ。」


「そうか。実は、俺、森で大蛇の群れに襲われたんだけど、その時フードを被った男に助けられたんだよな。フードを被っていたから顔はわからなかったけど、声に聞き覚えがあってな。あの声、確か俺がギルドで殴った奴の声だって思い出したんだよ。だから、お詫びに来たんだよ。」


「えっ」


「おい! お前! 今、フードを被った奴に助けられたって言ったよな?」


「ああ、そうだよ。」


「それはいつだ?」


「確か俺がギルドであいつを殴った数日後の夜だったと思うな。」


「そのフードの男はそんなに強かったのか?」


「魔法で、あの大蛇を次々と退治してたから相当強いと思う。でも、なんで俺なんかに殴られたんだろうな?あいつ。」



 男の話を聞いて、ダンテもマーサもマリアも確信した。



 ドバイ伯爵の屋敷からマリアを助け出したフードの男がツバサだったと。

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