理系男子の恋心

鈴木ユウスケ

序章

第1話 身辺整理

 目が覚めた時、視界に入ってきたのは、見慣れた寝室のものとは模様の異なる天井だった。点滴がぶら下がっていた。身体にチューブがたくさん繋げられていた。


 自治会の防災安全講習会の最中に、心筋梗塞を起こして救急搬送されたのだと、看護師に教えてもらった。「AEDの練習が、本番になってしまった」「救急車を呼ばなくても、すでにスタンバイしていた」と見舞いに来た自治会役員に笑われた。

 退院して自宅へ戻ると、身辺整理の必要性を感じた。こんなことがあると、いつまた発作が起こり、命を落とすか分からないと思ったからだ。自分の部屋の戸棚や押入れの中から、人に見られてはいけないものを見つけ出し、処分するのだ。


 押入れの段ボール箱から、高校時代の通知表が出てきた。身長・体重が記載されていた。身長は今と同じ175cmで、体重は今より1kg軽い61kgだった。高校時代から30年間、60kgを中心にプラスマイナス3kgの範囲で変動している。これは別に人に見られてもいいから、残す物用の箱に入れた。


 同じ段ボール箱の中に、高校3年と2年の時の生徒手帳があった。縦10cm横6cmと、今見るととても小さい。まあ学生服のポケットに入れていたわけだから、こんなサイズだったのだろう。加藤高広という名前と若干あどけなさが残る顔写真が、開いた最初のページに載っていた。校歌が載っていたが、全く思い出せなかった。高校1年の5月以降、歌った記憶がないからだ。カレンダーのページには、テストや行事の予定が書き込んであった。「生徒心得」には服装規定が書かれている。「靴下は、白または黒とする」の部分にアンダーラインが引かれていた。


 賞罰規定には、「男女間の好ましくない行為をなしたもの」は懲罰対象とある。こんな校則があったとは知らなかった。生徒手帳のメモ用ページには、クラスメイトにいろいろアンケートした結果が記入してあった。「血液型」「コーヒーか紅茶か?」「朝食はパンかご飯か?」「洗濯・弁当作りは自分でするか?」など。これは家族には見られると格好悪いので、ゴミ袋へ入れた。


 赤いビニル表紙の手帳があった。198X年のもので、僕が大学へ入学した年のものだ。カレンダーの1月、2月のところには大学入試の予定が記入してある。2月14日から8月22日までは、その日の出来事が、小さな字でびっしり書いてあった。大学受験、春休み、一人暮らし、そして夏休みまでの日々の日記になっていた。高校時代好きだった女の子に、告白し、付き合ったが、その後いろいろあった。この時期は、僕の人生の中で、最大の喜びと最大の屈辱を味わった時期だった。いろいろあって楽しかったが、やり直したいことの方が多かった。

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