第18話 両親と同じ道は歩むまいと、心に決めていたⅦ


 それは聖誕祭の午後、ティータイムの時間のことだった。


「……なあ、オリヴィア。機嫌を直してくれよ」(揶揄ったのは悪かったからさ)


 ジャスティンは必死に私に謝っていた。

 さて、彼は「機嫌を直してくれ」と言っているが別に私は怒ってなどいない。


「怒っていません」

「悪かった。俺が全面的に悪かったから……」(さすがに笑い過ぎた……)

「怒ってないと言っているでしょ!!」

「わ、分かったよ……」(やっぱり怒っているじゃないか……)


 だから怒ってない!! 

 私は恥ずかしさと屈辱で熱くなった顔を、僅かに反らした。

 そして暖かい紅茶を喉に流し込む。


 

 そう、これは今朝のことだった。




 前夜祭の翌朝、聖誕祭の朝というのは子供にとって大変、大事な日である。

 というのもニコラオスという愉快なおじさんが、良い子にプレゼントをくれる日だからだ。


 ところが私はこのニコラオスというおじさんにプレゼントを貰ったことがなかった。

 いや、厳密には“記憶の限りでは”だが。(さすがに三歳、四歳以前のことは覚えていない)


 そのため私はこのニコラオスおじさんは都市伝説だと思っていた。 

 だって、私はどこからどう見ても良い子なのだ。

 私が貰えないなら連合王国の子供で貰える子は一人もいないだろう。


 ところがどっこい。

 今朝、目を覚ましたら枕元にプレゼントが置かれているではないか。


 箱を開けてみると、少しお高そうな化粧道具セットが入っていた。

 丁度、「欲しいけれど高いし、そんなに使うこともないから買うべきか……」と悩んでいたところなので、大変嬉しかった。

 

 マジか、ニコラオスおじさん実在していたのか。


 と、ちょっと興奮と喜びを胸に朝食の席でジャスティンに「ニコラオスおじさんっているんですね」と話した。

 すると彼は……


「は?」(ジョークなのか?)


 と、そんな反応をした。

 勿論、ジョークではない。そして私は察した。

 なるほど、彼は貰ったことがないのだろう。


 だから私は今朝、枕元にプレゼントが置かれていたんだよと。 

 ちょっと自慢してやったのだ。


 そうしたら……


 大爆笑された。


 お前、馬鹿。ニコラオスおじさんなんて、不法侵入爺が実在するわけないだろ。

 あれは親がやってるんだよ。

 え? お前の枕元に置いてあったプレゼント?

 それはうちの使用人が用意したんだよ。

 というか、お前、本当に信じてたの?

 十三歳にもなって?

 あんなの信じて許されるのは精々、十歳までだろ!


 と、まあそんな感じでゲラゲラと、馬鹿にされた。

 近くで控えていた使用人たちは表情は変えなかったが、「あら……可愛らしい」と内心で笑われた。


 そして口が堅いお姉さんを自称するおばさんの軽い口によって、「オリヴィア・スミスはニコラオスおじさんを十三歳になるまで信じていたピュアッピュアの可愛らしい女の子」と城中に知れ渡ったのである。





 と、以上が事の経緯である。

 ……勿論、最初は怒ったのは本当だ。 

 しかしいくら何でも、午後まで引きずったりはしない。

 そして拗ねてもいない。

 ……本当に本当だ。

 私はそんなくだらないことを、ずっと根に持つほど子供ではないのだ。


 ジャスティンが勝手に勘違いしているだけなのだ。

 怒っていないといったら、怒っていない!


「あ、あぁ……そう言えば! 俺もお前にプレゼントを用意したんだ!!」(本当は機嫌を直してもらってからが良かったんだが、仕方がない。……今、出してしまおう)


 ジャスティンがそう言うと、使用人が可愛らしく包装された箱を持ってきた。

 ジャスティンはそれを受け取ると、改めて私に差し出した。


「俺からの聖誕祭のプレゼントだ」(オリヴィアの趣味は分からなかったから、俺の趣味だけど……)


 物で機嫌を取ろうとは。

 浅はかな奴だ。


 と思いながら私はプレゼントを受け取り、リボンを解く。

 箱を開けると……


「ど、どうかな?」(悪くないと思うんだが)

「……」


 それは美しいガラスと宝石で作られた造花の髪飾りだった。


 ………………

 …………

 ……


 ふ、ふーん。

 ま、まあジャスティンが選んだにしては良いセンスをしているじゃないか。


 認めてやらないこともないぞ。


 私は髪飾りを手に取ると、簡単にだが頭に着けてみた。


「どうですか?」

「うん、似合っている。綺麗だと思う」(うん、やっぱり可愛いな)


 そ、そうか。

 まあ、私が可愛いのは前からだし、髪飾りがあろうがなかろうが変わらないけれど。


 仕方がない。

 今回はプレゼントに免じて許してやろう。


 ……いや、別にそもそも怒ってなんていないけれどね?

 

(良かった……機嫌を直してくれて。それにしても本当に美人だなぁ……)


 だから別に怒ってなんていない。

 が、気分が少し良くなったのも事実である。


 ……タイミングとしては丁度良いか。

 私は鞄に手を入れると、中から箱を取り出した。


 ジャスティンは目を大きく見開いた。


「え? それは……プレゼント?」(オリヴィアから、俺に?)

「……まあ、大したものではありませんが」


 聖誕祭と言えばプレゼント交換だ。

 ジャスティンからプレゼントをもらえることは、予想して然るべきである。

 ならば私もプレゼントを用意しておくのは当然のことだ。


 お金がないと言ってもプレゼントが用意できないわけではないのだ。


 ジャスティンはまるで壊れ物を扱うように私からプレゼントを受け取った。

 そして丁寧に箱を開ける。

 

「ハンカチ? あ、俺の名前が入ってる」(……もしかして、手作り?)

「ええ……まあ、本当に大したものではないので、申し訳ないのですが」


 ジャスティンがくれた高そうな髪飾りと比較すると、見劣りする。

 少し恥ずかしいなと思っていると……


「いや、嬉しいよ。ありがたく使わせてもらう」(俺のために時間を掛けて作ってくれたのかぁ。嬉しいな)


 そう言ってジャスティンは微笑みを浮かべた。

 キューッと、下腹の辺りに変な感覚が広がった。


「そ、そうですか。それは良かったです」


 私はおそらく真っ赤になっているであろう顔を逸らした。

 ジャスティンの翡翠色の瞳を直視できなかった。


 ……落ち着け。こいつはジャスティン・ウィリアム・ウィンチスコットだ。

 今朝、私を馬鹿にしてきた、クソガキだ。

 この数時間で何かしらの変化があったわけではない。


 私は大きく深呼吸をして、必死に心臓を落ち着かせる。


「それにしても、オリヴィア。裁縫とかできるんだな」(てっきり、そういう女子っぽい能力は壊滅的かと……)


 クッソ、失礼なことを抜かすジャスティン。

 やはりこいつはクソガキだ。安心した。


「まあ、救貧院でやらされたので」


 と言っても、布を少し切ったり縫ったりする程度で大したことはできないのだが。

 一方私の返答を聞いたジャスティンは「あぁ……」と小さな声を漏らした。


 どうやら聞いてはいけないこと、言ってはいけないことを言ったと思ったらしい。

 いや、別にそこまで気にしなくても良いのだが。


「あのさ」

「何でしょう」

「……今度の春季休暇と夏季休暇も、来ないか?」(夏季休暇となると長くなるし、親の許可がいるかもしれないけれど……)


「それは……」


 嬉しい提案だった。

 けど……けどなぁ……


「私は……嫌ですよ。あまりあなたに頼りっきりになるのも、親切にされ過ぎるのも」

「俺は気にしない」

「私が気にするんです。……あなたとはできるだけ、対等でいたい。いえ……おこがましいかもしれませんが……」


 貰ってばかり、というのは嫌だ。

 それに何より、私はあなたとは……


「オリヴィア?」(ううん……無理強いはさせない方がいいのか、いや、でもなぁ……)

「……いえ、すみません。少し考えさせてください」


 結局、私は結論を先送りにするのだった。







 「両親と同じ道は歩むまいと、心に決めていた。

 しかし気が付くと、私は、私たちは両親の足跡を踏んでいた」


 著:C・A・オリヴィア・スミス

 訳:九条薫子

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