第8話 私は絶対に恋愛なんてしない! Ⅷ

 「幼い頃、自分は世界で一番とは言わずとも、相対的に見て相当に不幸な部類であると思っていた」


 著:C・A・オリヴィア・スミス

 訳:九条薫子






 


 ジャスティン・ウィリアム・ウィンチスコット。

 彼と私が初めて出会ったのは……約半年前、魔法校に入学する前のことだった、






 私は最近まで、非常に劣悪な救貧院で暮らしていた。


 どうやら子供を保護している救貧院に対しては、国から補助金が供出されているらしい。

 だからギリギリ死なない程度で、子供を飼う・・という体制が、救貧院にとっては一番儲かるのだ。


 当然、救貧院を卒業した後のことなど考えているはずもない。

 成年に達した段階で晴れて卒業、外へとポイされる。


 身寄りのなく、さらに進学するお金もない私にはどんなに頭が良くてもまともな就職先は残されていない。

 順当に考えれば、過酷な工場での長時間・低賃金労働。

 もしくは安宿の娼婦と言ったところか。


 工場の場合は肺炎。

 娼婦の場合は梅毒。


 病気の苦痛から逃れるために阿片を服用し、最後は中毒に苦しみながら、飢えと寒さで死ぬ。

 それが私のような子供の末路だ。


 但し……不幸中の幸いにも、私は優秀だった。


 私には母から受け継いだ知性と、父から受け継いだ人並み以上の魔法に対する適正があった。


 そして小学校の校長先生は私の才を認めてくれて、奨学金を借りられるように、中等教育を受けられるように取り計らってくれた。


 さて、どうせ進むなら……できるだけ良い学校に進みたい。


 そこで私は死ぬ気で試験勉強をして、連合王国に数ある魔法校のうちの一つ、最難関にして名門のカナリッジ魔法校に合格することができた。

 



 

 さて、無事に合格できたということで、私は小学校の教師の付き添いで学用品を買いに出かけた。

 丁度、入学・進学準備の時期ということもあり、街には私くらいの年の子は大勢いた。


 多くは貴族や資本家などの、良家の子女だ。

 だから小学校の教師と一緒に出歩く、薄汚れた服を着てガリガリに痩せている子供はとても良く目立った。


 好奇の目線に晒されたし、周囲から侮蔑された。

 しかし他人からのそういう視線は、まだ良い。


 それよりも不愉快なのは……


「ねぇーねぇー、お父様。買ってよう。今日は誕生日だよ?」

「そう言ってさっきも洋服を買ってやったばかりじゃないか。全く……仕方がない。これで最後だぞ?」

「やったー!!」


 親子連れを見かけることだった。


 大抵は私のことなど気にも留めないが……

 中にはみすぼらしい服装の私に対して「可哀想な子だなぁー」などと同情と侮蔑の視線を向けてくる者たちもいた。



 愛なんて、くだらない。

 欲しくもない。

 羨ましくもない。

 誕生日なんて、別に目出度いことでも何でもない。

 私は生まれたくなんてなかったんだから、祝って欲しいなんて思わない。


 それでも……

 両親に対して同い年の子供が物を強請り、両親がため息をつきながら仕方がないから買ってあげるなどというやり取りを聞いているのは、とてつもなく不愉快で……


 そして辛かったのを覚えている。


 私はそのまま周囲から侮蔑を受けながらも買い物を続け、最後に教科書を買うために本屋を訪れた。


 しかし必要な教科書のうち、最後の一冊、その前では三人の女の子たちが談笑をしていた。

 服装や話し言葉からして、上流階級の子供たちだった。


 会話内容から、同じカナリッジ魔法校に入学予定の子供であることが分かった。


 彼女たちは私が貧しい生まれであり、またその教科書を求めていることを察すると……

 もうすでに自分たちは一冊ずつ、教科書を持っているにも関わらず、それぞれ、その最後の一冊の教科書を手に取った。


 その教科書の売れ残りは丁度、三冊しか無かった。

 つまり私の目の前で教科書を買い占めて見せたのだ。


 そして口々に私を見て嗤った。


「あら、ごめんなさい。予備に必要なの」

「まあ、でも……どうしてもと、お願いするなら、私のを譲ってあげないこともないわよ?」

「お願いする時はちゃんと、膝をつきなさいよ? 元々、汚い服を着てるんだし、変わらないでしょ?」


 そう言って私に頭を下げるように命じたのだ。

 怒りが沸々と湧くのを感じた。


 悔しかった。

 私は他の子よりもずっと努力して、首席で入学した。

 にも関わらず、生まれが低いというだけで、こんな扱いを受けるのだ。


 ……いや、ただ生まれが低いだけなら、まだ納得できたかもしれない。

 だが、私の父親は貴族だ。

 本当なら、決して私の身分は低くはないのだ。


 父が認知さえしてくれれば、私生児と揶揄されることはあっても、ここまで侮蔑されることはなかったはずだ。

 そして愛人ではなく、父の妻の子として生まれていれば……逆に彼女たちを足蹴にできた……かもしれない。


 ただ、生まれた胎が違うだけで。

 父親の認知の有無だけで、人生が大きく異なってしまう、この世界の不条理が憎かった。


 諦めるか。

 力づくで奪うか。

 それとも……頭を下げるか。


 私が悩んでいる時だった。


「……君たち、何をしているの?」


 背後から声が聞こえてきた。

 思わず振り向く。


 輝くような黄金の髪に、翡翠色の美しい瞳。

 まるで彫刻のように整った、美少年がそこにいた。


 思わず見惚れていると……少年と目が合った。


(……何か、雑巾って感じの子だなぁ)


 彼はみすぼらしい姿の私にそんな感想を抱きつつも、状況を一瞬で判断したらしい。

 

 面倒くさいが、見捨てるわけにもいかない。

 そんなことを内心でぼやきながら、ゆっくりと少女たちに近づき、こう提案した。


「……俺の教科書を譲るよ。交換しよう。それで良いだろう?」


 少年は自分が持っている教科書を、少女たちへと差し出した。

 すると少女たち……のうちのリーダー格の女の子は顔を赤くし、嬉しそうに少年から教科書を受け取った。

 そして自分が持っていた教科書を少年に渡すと、逃げるように立ち去って行った。


 そして少年は少女から受け取った教科書を、私に手渡してくれた。


 鮮やかでスマートな手並みだった。

 彼の容姿が優れていたこともあり、私は少しだけボーっとしてしまったが……慌てて自分の名前を名乗った。 


「申し遅れましたね。オリヴィア・スミスです……今年から、カナリッジ魔法校に入学します」

「……ジャスティン・ウィリアム・ウィンチスコットだ。同級生、ということになるな」(はぁ……これを切っ掛けに付きまとわれたら、面倒だな)


 ややぶっきらぼうな口調で、そして内心で毒を吐きながら言った。

 感じ悪いなと、少し好感度が落ちた。


「モテるんですか?」


 試しに私はそんなことを聞いてみた。

 興味半分、揶揄い半分の質問だ。……先程の少女の反応と、男の子の容姿から求められる、簡単な推理からだ。


 照れるのだろうか? 恥ずかしがるのだろうか? 

 そんな私の予想は裏切られた。


「やめてくれ。言っておくが、俺は女子は嫌いだし、色恋沙汰にも興味はない。むしろ嫌いだ」(あー、失敗した。無視しておけば良かったかもしれない)


 彼が見せたのは、怒りと嫌悪だった。

 どうやら恋愛は嫌いらしい。

 それは私にとってはとても共感性の高い要素ではあったが……一つ、訂正しなければいけないことがある。


「そうですか、奇遇ですね。私も恋愛なんてものは、馬鹿らしいと考えています。ですから、ご安心を」 


 私がはっきりとそう言うと、彼は驚きで目を見開いた。

 かなりキツイ言い方をしたにも関わらず、彼から伝わって来た感情は……共感だった。


「……そうか。それは良かった」(同じ考えの人は、初めてだな……)


 どうやら彼は私と同じ、アンチ恋愛の仲間らしい。

 それならお互いに親しくなることはなさそうだ。安心した。






 ……とその時の私はそう思っていた。




 ジャスティンと再会したのは、カナリッジ魔法校に入学した後のことだった。

 私とジャスティンは共に成績上位で合格した、“王の学徒”だった。


 入学式で名前を呼ばれたこともあり、私はすぐに彼がジャスティンであることに気付いた。


 もっとも……彼は最初、私が本屋で出会った女の子だと思わなかったらしい。


 久しぶりですね、あの時はありがとうございます。

 そう声を掛けた私に対する、彼の反応は「え? 久しぶり……?」(誰だっけ? ……こんな可愛い女の子と知り合った記憶はないけど)というものだった。


 本屋で彼と出会った時の私は受験のストレスや、金銭的な問題から、少しみすぼらしい姿をしていた。

 しかし入学式の日には食欲も戻り、服も……まあ、みんな同じ制服ということもあり、外見に大きな変化が生じていた。


 オリヴィア・スミス、本屋で助けて貰った者です。

 そう名乗ると、翡翠色の瞳で顔を覗き込まれた。


(言われてみれば……確かに。いや、確かに思い返してみると、元々美人だったね。あの時は何というか、雑巾みたいな感じに薄汚れてたから、気付かなかった……)


 そしてそんな感想を心の中で言われた。

 ……割と好みなタイプの男の子に美人、可愛らしいと評され、思わず照れてしまったことを覚えている。


 それから同じ“王の学徒”ということもあり、歓迎会の夕食は隣の席に座った。

 お互い好きな食べ物や、受験勉強の話で少し盛り上がったことを覚えている。


 それがジャスティンとの二度目の出会いだった。


 とはいえ……この時点では、私とジャスティンはそこまで仲が良いというわけではなかった。

 入学式の日に少し話しただけ……仲が良い知人、そんな程度の関係だ。


 私とジャスティンが親しくなった切っ掛けは……

 と、それを話す前に、入学してすぐに起きた、ちょっとした事件について語らなければなるまい。




 


「おい、ガリ勉女」


 その日、私が廊下を歩いていると、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべた二人組の男子に呼び止められた。

 ガリ勉女、というのは私に対する悪口の一つなので、私は足を止め返事をした。


「何ですか」

「お前、救貧院育ちの貧民って本当か?」

「特に否定しませんよ」

「じゃあ、父親いないってのも、母親が娼婦ってのも本当かよ!」

「……何が言いたいんですか?」


 私がそう言うと、ゲラゲラと笑ってから男子は言った。


「じゃあ、“王の学徒”になれたのも、カンニングしたからってのは本当か?」


 ニヤニヤと男子たちは笑った。

 気付くと周囲の生徒たちも、侮蔑の笑みを浮かべながら私を見ていた。

 

 彼らが最初から私を馬鹿にするつもりであることは明白だった。

 きっと、どのような反論をしたところで、揚げ足を取り、「カンニングを認めた」とバカ騒ぎされただろう。

 だから私は“反論”ではなく、“喧嘩”をすることにした。


 孤児院でも、小学校でも、私は何度も“喧嘩”をした経験があったため、自信があった。


「……すみません。もう一度、お願いします? 聞き取れなくて」


 私はわざとらしく、耳に手を当ててそう言った。

 すると男子は眉を上げた。


「だから、お前はカンニングしたんだろうって……」

「いやぁ、すみません。ちょっと、何を言っているか分からなくて……正しい発音で話してもらえません? あなたのその、汚い中流訛りが、上手く聞き取れなくて」


 私がそう言って笑うと……


「(っぷ……言い負けてやがるぜ。あの平民!)」

「(でも確かに……っふ、聞くに堪えない発音よねぇ)」

「(大食い女の方は、発音とテーブルマナーは完璧だからなぁ……こりゃあ、あの女の勝ちだ)」


 周囲の野次馬たちも揃って笑い声を漏らした。

 野次馬上流階級にとっては、私生児わたしと中流階級出身の男子、どちらかが恥を掻いても、愉快なことだったのだろう。


 一方、男子たちは顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。


「生まれは直せませんが、訛りと言葉遣いは直せます。頑張ってくださいね。応援しています」


 ……今にして思えば、少し言い過ぎた気もするが、その時は精神的な余裕がなかったこともあり、私はそう言ったのだ。


 私は言い勝ったと思い、その場を後にしようとした。

 その時だった。

 

「貧民のくせに、生意気なんだよ!!」


 男子の一人が、手を振り上げた。

 

 バチっと、高い音がした。

 強い衝撃で頭が揺さぶられ、後れて頬にヒリヒリとした痛み。

 口の中に鉄の味が広がった。


「ふ、ふん……」(貧民のくせに調子に乗るか……)


 私は拳で顔面を殴り返した。

 続けて腹に蹴りを、前のめりになったところで顎を拳で突きあげ、髪を掴み、引き寄せ、顔面に膝をめり込ませた。


 ふらふらと、男子は顔を抑えながら倒れ込む。


「ちょ、ちょっと叩いただけ……」

「誰に手を出したか、後悔させてやる!」


 私はそう怒鳴り、その男子に飛び掛かった。

 馬乗りになり、手を膝で押さえつけ、何度も何度もその顔を殴った。


 こういう時はどちらが上か、暴力で教え込んでやるのが一番……

 と言いたいところだが、実際のところ、この時はただただ頭に血が上っていた。


「おい! 何をしている、 離れなさい。やめなさい! こら、やめなさい!! やめなさいと言っているだろう!! やめろ!!!」


 気が付くと、私は教師に背後から羽交い絞めにされていた。


 一人の教師が男子を引っ張り、もう一人が私を引きずり。

 強引に引き剥がされるた。


 それでも私は怒りが収まらなかったし、殴り足りなかった。


「次に舐めた真似をしてみろ!! ぶっ殺してやる!! このファッキン野郎!!」


 私は教師に連行されながら、怒鳴り散らした。


 







 これが原因で、私はこの学校で孤立することになったのだ。

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